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夫不在の婚姻

見つけてくださりありがとうございます。

ゆったり毎週日曜日の午前10時に投稿を目指して執筆していきます。


楽しんで頂けたら嬉しいです!


「新婦ハーラニエール、神の御前へ参ることを許します。」



荘厳な教会の中央を、声がけに促されるような気持ちになりながら私は壇を目指して一歩踏み出した。


歩く私の片側には見知った親族達が落ち着かない様子で席を埋め、一方その反対側にはこれまた落ち着かない様子の男性が夫となる相手の親族として最前列の中程の位置に一人、座っている。


そんな親族の集まらなかった私の旦那様となるお方は、社交界で知らぬ人は居ないと言われているアンキス侯爵家の当主。


彼の手配によって侯爵家御用達の針子が仕立てたドレスは美しく、誰の目に触れても文句の付け所など無いだろう出来になっている。教会のステンドグラスによって彩られ降り注ぐ陽の光も、今日の日を祝福するようだ。


何もかも、男爵家の娘として生まれ育った私には到底手の届くはずのなかったものたち。



「新婦、壇上へ。」



神父の声がけで、辿り着いた壇に足をかける。ヴェールによって見えにくい視界の中で、ドレスが汚れることの無いよう気を遣いつつ、神の御前で夫婦が向かい合うための動きとして、片側へ横向きに立った。


私の目の前には、誰も居ない。



「…これより、婚姻の儀を始めます。」



この度の結婚式に立ち会ってくださる神父は、形式的に夫婦となる者たちと目を合わせることが癖になっているのだろう。私へ目配せし、私の向かいへ目を向け、表情を固くしたのが伝わってくる。


神父の誤魔化すような咳払いの後、開式の言葉によって新郎不在の結婚式が始まった。


聖典を捲り、説教をし、複数の決められた手順を熟す。そうした後に、神父は厳格な様子で私の名を呼ぶ。



「汝、ハーラニエール。貴女は、これから数多の困難が訪れようとも、夫と共に未来を歩むことを誓いますか。」



聞くところによると、この問いかけの文言は神父や神父が見届ける夫婦によって異なるらしい。それは本当のようで、以前見届けた兄の簡略化された儀式と今の言葉は違う内容が異なるようだった。


私は神父を見据え、教会の全体に響くように告げる。



「誓います。」



本来であれば、次は新郎に対する問いかけがある。


しかし目の前の空間は相変わらずで、片側の列に座っている私のある親族たちは不安の色を隠すことなく神父や私へ視線を送っている。そんな中で、神父は何やら別紙を取り出したかと思えば咳払いを一つしてそれを読み上げた。



「…誓いを代弁いたします。【我、アンキス侯爵家当主は、妻となるハーラニエールの願いを叶え、先々の茨を取り除くことで妻に寄り添うことを誓う。】」



新郎が不在な上の神父による誓いの代弁。流石に型破りが過ぎたらしく、私の親族たちが身を寄せて囁やき合い始めた。神父は冷や汗を自身のハンカチで拭う。


それらに私は心の中で謝って、けれどこれが私達の婚姻なのだと自分に言い聞かせる。


これで。これでいい。



「最後に誓いの証として、互いに指輪を…」



神父は気を取り直した様子で儀式を進行したけれど、結婚式が存命の新郎不在であった例などやはり無いのだろう。結婚式を行うにあたって決められた言葉や手順の殆どが二人へ向けられたものなのだ。神父が私の方を窺いながらも、教会の者を呼び寄せた。


この婚姻を見届ける手伝いをしてくれているのだろう、神父の声にトレイを手に持った幼い少年が私の前に立つ。


トレイには大小2つの指輪があり、その内の一つを取って薬指に嵌めると、大きさが合わず少し大きかった。


油断すると落としてしまいそうなそれに、眼の前でトレイを持って私の動きを待っていた少年が私の指に合っていない指輪に気づいたようだ。少し首を傾げる仕草が可愛い。



「コホン。…夫となるアンキス侯爵家当主は不在の為、指輪は新婦ハーラニエールが持ち帰るように。」



予め、侯爵が伝えていたのだろう。神父の読み上げた誓いもそうだが、計画的に思える新郎不在の結婚式に顔を上げられない。


私の嵌めたものよりも更に大きい指輪をさっさと手に取ると、トレイを持っていた少年は速やかに私の前から下がった。それを確認した神父も、本来ならば手順にある筈の祝福の言葉や説教などもなく「これにて、嘘偽りの無い婚姻が結ばれました。」と告げた。


突如終わった結婚式に絶句する様子の親族から拍手は当然無く、侯爵家側の親族として立ち会っていた男性は私が一人で教会から退室する最後まで深く項垂れるように頭を下げて居るのみだった。



「お嬢様、お疲れ様でございました。」


「キルシエ」



一人でどうにか扉を開き、ドレスを手繰り寄せようとした時、扉の向こうに居たらしい使用人のキルシエが私に変わって大きく扉を開いてくれる。


キルシエの方が細身で脚が長いのだから、このドレスを着たら私よりも似合うだろうな、というどうでもいいことをキルシエの纏う侍女のお仕着せに包まれた下肢を眺めて思いつつ、扉に挟まれぬよう後方に残ったトレーンの部分を引き抜いた。



「脱いだらすぐに出発するわ。」


「馬車も到着し、手筈は整っております。…しかし、本当に宜しいのですか?」



式の前に通された控室へ戻る私の後ろで、私が歩きやすいようトレーンを持ったキルシエが問う。


何がというと当然、異例ばかりの結婚式で親族を置き去りにすることだろう。けれど別れは既に済ませてあるし、相手の居ない結婚式も夫となった侯爵の差配だ。



「逃げるが勝ちよ!!」


「あ…はい。」



私の言葉に何もかもを悟ったらしい優秀な使用人、キルシエはそれ以上何も言わなかった。本来ならば身支度をした貸部屋で着替えるのだけれど、何時までもこのドレスで動いていては目立つことこの上ない。


キルシエの手を借りてさっさとドレスを脱ぎ、飾りも含めてトランクへ仕舞って…いえ、押し込んでもらう間に、私は髪を一纏めに結ぶ。



「お嬢様…仮にも侯爵夫人となったお方が、身支度をご自身でなど…」


「だって、時間が無いでしょう?」


「あんな式を執り行なえば当然かと。」


「それもそうね。」



言い合いのような、そうでもないような会話をしながら支度を整えていき、何時もの簡素な軽いドレスに着替え終えた私と、キルシエがドレスを仕舞い終えたのは同時だった。



「よし!行くわよ!」


「…本当に宜しいのですね?」



キルシエは私に、最後と言わんばかりに先程と同じ言葉で問いかけた。


何度も問うのは、キルシエがそれだけ私を心配してくれているからだ。既に別れは済ませたと言っても、“あんな”結婚式になるなど私側の親族は想像もしていなかっただろう。貴族家にとって婚姻とは政治も絡む場合のある大切な儀式。それを半身の不在で執り行うなど、社交界に知れ渡れば醜聞以外の何物でもない。私は母から『結婚式で転んでしまったら、死ぬまで言い続けられる』とも教わっては、いる。



「常識的には駄目だろうけど…良いの。」



一生を付いて回る儀式でも、私が侯爵にこの件についてなにか言うことはない。


侯爵と婚姻を結ぶに当たって、既に彼とは互いに多くのことを決めてある。約束事と言うには事務的で、どちらかといえば契約が正しいそれら。多くが彼の行動に対して私が極力意見しないというもので、今日の侯爵不在も私は間際まで知らされていなかったけれど、侯爵家の親族として席に座っていたあの一人の者に『旦那様はご多忙により出席は難しいと…その…』と申し訳無さそうな言葉を聞いている。


たとえ侯爵の予定に合わせて王都での挙式を計画していたとしても、多忙という急であるはずの出来事に侯爵家の親族の出席も無くなっていたとしても、侯爵が『出ない』と決めたなら私は何も言うつもりはない。



「本当に、愛の欠片もない婚姻ですね。」



何度が聞いたキルシエの取り繕いの何もない感想に、私は頷いて返す。


愛が少しでもあったなら、侯爵はもう少し結婚式へ出席する努力をしただろう。私も、それ以前に侯爵との決め事の見直しくらいはしたかもしれない。


けれど互いに情が僅か程も無いことは、初めて侯爵と会った時から変わることのなかった事実。



「まあ、私は嫌われているのでしょうし。」



侯爵と最後に顔を合わせた際の彼の表情を思いだして私は独り言ちた。



お読みいただきありがとうございます。


今作の投稿日が元日ということで…あけましておめでとうございます!!


この作品で初めましての方は他にも作品を書いているので、ご興味がありましたら覗いてみてください。全体的に賑やかな作品を目指して書いていこうと思っておりますので、お好みに合えば幸いです。


誤字脱字報告、感想など頂ければ喜びます。

これからよろしくお願いします!

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