評価と応援
書きかけのエッセイがあったりするんですが、最新の一つ前で、ここ二年ばかりエッセイ作品の平均的なポイント付与率が上がった、100pt超える作品が増えて、0ptの作品が減った、という事を書いていました。
それに対して、感想で「ポイント付与の方法が変更されたのが影響しているのではないか」という意見を寄せていただきました。確かに、その時期にポイント制度の変更がありました。うなずける意見です。
10の☆による評価が、5つの☆によるポイントに変更になりました。連載は、途中でもポイントを付けられるようになりました。しかし、それ以上にポリシーが変わったのではないかと。すなわち、以前はポイントは「評価」だったのですが、今のポイントは「応援」だという事になっています。これはパラダイムの転換では。
実は、以前は投稿が始まったばかりの連載小説にポイントが何千もついて、ランキングに載るのが変だと思っていたんですよね。1話や2話じゃあ、それが良い小説かどうかなんて判らない。なのになんでみんなそんなに簡単にポイントつけるんだろう、って。
でも、それが応援というなら。別に完結したりある程度話が見えてきたりする前でも、して構わないじゃないですか。むしろ、投稿が始まったらさっそく応援、ってありうるじゃないですか。
読み手の場合、もうそれは推し活なんですね。読み手が推しを推すのを止める権利なんて誰にもない。極端な話、それがハチャメチャな文章でも、話がねじれていても、それが好きだという人が推すならそれに文句を言う権利はない。別にあなたが推さなければいいだけの話。
では、書き手ならどうか。まあ、クラスタだのっていうのは現実的ではないでしょうが、お友達ポイントって言うのは有りうる話。でも、これっていけないこと? 知り合いだから、推す。それは別に作者であっても良いんじゃないでしょうか。まあ、自分に見返りが来ることを前提に推すのはちょっとなんだけれど。
それでも、「今は忙しいから読めないけれど、この人の作品は好きだし推したいから、とりあえず読まんでも☆五」ってしても、それは必ずしも非難すべきではないんじゃないのかな、と。
要するに、現在のポイントの結果としてのランキング、っていうのは「より優れた作品を載せる」ためのものじゃなくて、「より推しを集められる作者の作品」を載せるためのものなんじゃないかと。まあ、もちろん良い作品を書かないと推してくれる人は集まらないだろうし、無名作家さんでも、作品が良ければ一発、人でなくその作品を推してくれる人が出てくるかもしれない。
でもね、基本的にはやっぱり。逆お気に入りユーザーとか、推してくれる可能性が高い人を沢山持っている人が強いのは当たり前ですよね。Twitterとか割烹とか? 推してくれる人を集める作業っていうのは、その意味で決して外れた行動ではない。
だからもう、ランキングが作品の巧拙を表している、という考えは捨ててしまった方が楽になれるんじゃないでしょうか。自分の作品のポイントが付かないのは、評価されないのではなくて推してくれる人がいないだけなのだ、と。他の作品より内容は良いのに、と思うのは無駄な考えなんじゃないかと。
読み手としても、ランキングに載っているのに面白くない、っていうのは言ってもしようがないんですよ。面白い作品を載せるためのランキングではないのだから。そう思って諦めてしまった方がストレスなく過ごせるのじゃないかと。
かく最近思い始めたわけです。
今まで個人的には、☆4と☆5を使い分けていたんですよね。基本☆4で、かなり来た作品、あるいは完結見えて満足させてくれた作品に☆5と。でもこれって、やっぱり評価の感覚が入っているんですね。☆が応援のためというなら。全部☆5にしている多くの方の考えも、普通なんじゃないかと。
もういっそ、大きな星が一つあって、押したら10ptつく、というのでもいいんじゃないか、と思う今日この頃でした。




