表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜と星と初こいと《BL》  作者: 茶野森かのこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/64

桜と星と初こいと60


***



この三年間、(まき)は一度も日本に帰らなかった訳ではない。どれも咲良(さくら)の都合に合わせてだが、年に一度は日本に帰っていた。咲良はゆっくりしてきなと、槙を思って休暇を取るように言ってくれたが、その度に槙は予定の埋まったスケジュール帳を咲良に見せ、咲良の仕事を優先させてきた。


日本に帰っても、文人(ふみと)の墓参りに行ったり、母や恋矢(れんや)龍貴(たつき)に顔を見せるだけ。槙は、敢えて織人(おりと)に会わないようにしていた。

単純に、織人の邪魔をしたくないという思いもあるが、織人に会えば心が揺らいで、数年前の自分に戻ってしまいそうで怖かった。

まだ槙は、自分の示した答えに自信を持てていない。離れれば見えないものが見えてきて、見えてきた分、それは正しい事なのかと迷ってしまった。


だけど、今回の帰省は今までとは違う。数日の滞在ではないなら、織人に会わないようになんて、生活出来ないだろう。


織人に、どんな顔をして会えば良いだろう、織人はまだ、自分との約束を覚えていてくれてるだろうか。

好きで、いてくれてるだろうか。槙の不安の中心は、ただその思いでいっぱいだった。





日本に戻ると、槙はその足で、咲良と共に文人の墓へ向かった。これは、日本に帰国する時のお決まりだ。咲良にとっても、文人は恩師に変わりない。


文人の墓は、いつ来ても清らかだった。手入れが行き届き、田所の家族が来ていたのだろう、まだ瑞々しい花が手向けられていた。

はら、と、どこからともなく桜の花びらが舞い、槙の足元に落ちた。


「…先生、俺、生きてていいのかな」


思わず呟いた一言に、咲良は槙の頭を後ろから勢い良くはたいた。


「いって!」

「バカ言ってんな!先生の前で言う事じゃないだろ」

「…ごめん」

「先生だって不安になるだろ。先生が恨んでるとでも思ってんの?」


咲良の言葉に、槙は思わず視線を俯けた。


「例え槙ちゃんの事を苦にして…例えばだよ?実際は違うと思うから。でも、例えばそうだとして、それこそ先生は、槙ちゃんを恨んだりしないよ。そんな人じゃないから、好きになったんだろ?」

「……」

「先生がどう思っていたかは、あの日記以上の事は、もう分かんないよ。ペンダントを拾いに行って川で足を滑らせた時、死ぬって自分で思ったかどうかも分かんないけど、槙ちゃんのせいでって、槙ちゃんと出会わなければって、思うような人じゃないよ。そういう先生だったじゃん。そうだろ?」


それから、咲良は顔を上げて。


「忘れずに、生きていけばいいんだよ」


咲良はそう言って、槙の頭を後ろからくしゃくしゃと混ぜた。「車に戻ってる」と、柔らかな声に足音が遠退き、槙はその場に座り込んだ。

ひら、とまた一枚、桜の花が槙の元へやって来る。まるで慰めるみたいに膝の上に落ちて、槙は泣きそうになったのを唇を噛みしめて堪えた。

それから、大きく息を吐いて、鞄から文人の手紙を取り出した。


数年前、文人の日記に挟まれていた手紙。封筒に宛名はなく、中身を改めたのも咲良だけだ。咲良はこの手紙が、槙宛てだと言った。

槙はこの数年間、大事に持ちさえすれ、一度も封を開けた事がなかった。

この手紙を見る事、それは、槙の中では過去との決別のようで、自分と向き合う最終過程のようで、今までその勇気がどうしても持てなかった。


「……」


無意識に手が胸元に触れ、何も無い事に気づいて、その手を握りしめた。それから、不安に騒ぐ胸を落ち着けるように深呼吸をして、槙は意を決してその手紙を開いた。


便箋には、丁寧に綴られた文人の文字があった。その懐かしい筆跡に、文人と過ごした日々が甦ってくるようで、胸が苦しくなる。



その手紙には、槙への思いが綴られていた。



“槙、君の思いを知った時、僕は本当に嬉しかったんだ。気づけば、ただ君に恋をしていた。教師としては失格だけど、それでも君が欲しかった。

目が合って、手が触れて、君の隣にいた時間は幸せ以外の何物でも無かった。

けれど、君はもう僕と一緒にいない方が良いと思う。酷い奴だと憎み恨んでくれて構わない、君の未来に僕はきっと足枷にしかならない。今ならまだ引き返せる、一時の気の迷いだと、それがお互いの為なんだ。

明日から、僕達はただの教師と生徒だ。僕は君に出会えて幸せだった。君と過ごした時間は、今も僕を幸せにさせてくれる。でも、君の幸せの隣に、僕が居ては駄目なんだ。僕は君を不幸にはしたくないから。

僕はこの先も、君の幸せを、それだけを願ってる。”



「…なんだよ、それ」


呟きが手紙に皺を入れ、槙は手紙に顔を伏せた。

文人はこの手紙を、どうやって渡そうとしたのだろう。

別れると言いながら、人の幸せばかり願っている。自分より家族が大事だと気づいたんじゃないのか、自分の為に別れようと決意したのか。恨み言の一つくらい書いてくれたら良いのに、そうしたら救いもなく傷ついて泣けるのに。


天国へ行って尚、文人に背中を押された気がして、槙は顔を上げる事が出来なかった。

文人に愛されていた、槙の方が文人にとって枷でしかないと思っていたのに。


顔を伏せた手紙に、涙がぽたぽたと落ちてインクを滲ませていく。くしゃ、と握った手紙から文人の思いが溢れて、槙の心を包んでいくようで、涙が止まらなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ