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桜と星と初こいと《BL》  作者: 茶野森かのこ


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桜と星と初こいと58



***



時は流れ、あれから三年が過ぎた。

(まき)は紙袋いっぱいに食材を買い込んで、とあるアパルトマンにやって来た。


パリにある、とある通り。五階建ての白っぽい壁の建物が、通りの両脇にズラリと並んでいる。隙間を嫌うように建ち並ぶ建物、格子の入ったフレンチ窓が規則正しく並び、その外観の美しさは、まるで絵画の中に飛び込んだ気分にさせられる。


槙が向かう部屋は、五階にある。残念ながらこのアパルトマンにはエレベーターがないので、階段を使わなければならない。階段は螺旋階段で、黒い階段と壁の下半分の青色の色彩がお洒落に塗装されている。だが、毎回五階まで階段で上がるのは、なかなかである。荷物を持っているのもあるだろうが、とにかく足にくる。


五階にたどり着くと、思わず溜め息を吐いた。軽く息を整え、槙は部屋のドアを開けた。

一見、外観からは中が狭そうにも感じるが、部屋の中は想像よりも広々として感じられる。


「ただいまー。咲良(さくら)くーん?」


部屋に居るであろう咲良に声を掛けるが、反応がない。もう時刻は昼近いが、まだ寝てるのだろうか、そんな考えを巡らせながら、槙は抱えていた紙袋をキッチンのシンクに置いた。開け放しの窓からは風が柔らかに入り、絵の具の匂いがふわりと香ってくる。


この部屋は、仕事の依頼者が貸してくれたものだ。依頼の絵が完成するまで、この部屋を自由に使って良いと言ってくれている、報酬の一部だ。


広いフロアには、イーゼルに絵が立て掛けられてある、何が描いてあるのか分からないが、咲良にはこれの完成形が見えているのだろう、やはり天才の頭の中は分からないなと、槙は窓に手を掛けた。向かいにはオレンジの屋根が、テラスにはお茶をしているカップル、通りに沿って視線を向ければ、緑の多い庭園の姿がある、どこまでもキレイな街並みだ。


小さく深呼吸をして、槙は部屋の中に目を向けた。そこには、壁に掛けられた小ぶりな絵がある。織人が描いた、決して上手とは言えないネモフィラの絵だ。

さすがに沢山は持ってこれなかったので、一番小さな絵を持ってきた。どこにいてもこの絵は、槙のお守りで、支えである。


軽く窓を閉め、それからソファーに目を向けると、うつ伏せになっている咲良がいた。その様子は、寝ているというより、倒れているに近かった。


「何も掛けないと、風邪引くぞ」


まったく、と肩を下ろしながら、槙はその体を揺さぶった。


こうやって、咲良は依頼された絵を描き上げたら、また気ままに旅を繰り返し、またとある国に立ち止まって絵を描く。

槙にしてみれば慣れない外国暮らし、異国の文化に触れるのは新鮮で、そんな風に楽しんでいられるのも束の間、仕事の他、ほとんどやってこなかった家事に悪戦苦闘していたら、一年なんてあっという間で、気づいたら三年も過ぎていた。


「咲良君、そろそろ起きて」


槙が咲良の肩を軽く叩いて声を掛けると、咲良はむずかるように目を擦るり、ぼんやりと目を開けた。


「ん、朝か?」

「もう昼だよ」

「もう昼かー」


のんびりとした返事は、言葉の意味が分かっているのかいないのか、咲良は、ぐんと伸びをしてから体を起こした。


「何か食べる?」

「そういや腹減ったな…」


槙がキッチンに向かえば、咲良は重そうな腰を上げて、テーブルの方へ移動した。それから食材をシンクに並べ始めた槙を見て、咲良は微笑ましそうに表情を緩めた。


「また、いっぱい買ったなー」

「うん、少し滞在するんでしょ?料理も練習しようかなって」

「ふーん、最近色々やってんね」

「んー、…そうかな?」


何か含みのある言い方に、槙は少々瞳を泳がせつつ答えた。咲良は、うーんと考える素振りを見せながら、指折り数える。


「料理に、料理に…料理?」

「料理ばっかじゃん」

「あと、レストランやカフェに行って、よく写真とかメモ取ってるよな」

「…うん、料理や店の外観もきれいだからね」

「あ、パソコンで何か書いてるよね、小説?」


その言葉に、思わず槙は振り返った。危うく手にした林檎を落としそうになった。


「な、なんで知ってんの!」

「パソコン開いたまま、うたた寝してんのが悪い」

「くっ…」


自分の失態ではあるが、そこは見ないで欲しかった。恥ずかしくなって、槙は林檎を抱えてシンクに踞った。咲良は面白そうに頬杖をついて笑ってる。


「料理は織人(おりと)の為だろ?槙ちゃんは、小説家に目覚めたの?」

「お、織人の為って訳じゃないから!た、たまたま興味あるだけ!それに小説なんか書いてないし!」

「ふーん」

「…信じてないな」

「そりゃ、見ちゃったから。じゃあ、何だったの?あれ」


槙は気まずそうに視線を彷徨わせた後、観念したように口を開いた。咲良にはどうしても逆らえない気がするのは、学生の頃からの憧れ故だろうか。


「…咲良君の絵を見てたら、俺もなんか創作してみたくなって。でも、書いてたらなんか…」

「おとぎ話みたいなの書いてたな」

「読んだの!?」

「だって、開いてるから」

「最悪…」

「いいじゃん別に。あ、絵本?なら俺、挿し絵描いたげよっか?」


乗り気で身を乗り出す咲良に、槙はようやく、林檎をシンクに置いた。



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