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桜と星と初こいと《BL》  作者: 茶野森かのこ


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桜と星と初こいと53


「な、何が?」


何が、なんて、分かりきった事だ。でも、それ位しか何も言葉が浮かばない。咄嗟に自分の気持ちを誤魔化そうとして、そんな自分に槙は動揺した。


カップを握る(まき)の手首に、咲良(さくら)の手が触れた。槙はびくりと手を震わせたが、それでも離れる事のない咲良の手の温かさに、次第に槙の手からは力が抜け、咲良の思いが、その手から槙へと伝ってくるようだった。

槙が咲良へ視線を向けると、咲良は泣きそうな、それでいて優しい表情をしていた。


「槙ちゃん、大丈夫だよ、ちゃんと歩けるよ。もう良いんだよ、自分の人生、生きてさ」


槙は何か言おうと口を開いたが、それは言葉にならず、こみ上げる涙の気配に、咄嗟に顔を俯けた。胸が詰まって苦しくて、カウンターに涙がぽた、と落ちれば、視界の隅に滲む星空が煌めいた。


文人(ふみと)とお揃いのペンダントが、胸元できらきらと優しく揺れている。


許しは救いで、その反面、痛みでもあるようだ。槙は救われるような思いを受けながらも、半身を手放すような気がしている自分に気づいた。

今まで罰を背負った気でいたけど、本当は文人の影を頼りに生きてきたのかもしれない。もし許されてしまったら、自分は何を支えに生きていくのだろう。


混乱のまま涙する槙を、咲良は震える肩が落ち着くまで、側にいてくれた。

咲良は、責任を感じているのかもしれない、文人の死の原因を知った時も、自分が知ろうとしたせいで槙を傷つけたと思っていたようだったし、仕事の誘いも、きっと槙を思っての事だ。

咲良は感じ取っているのだろう、槙の不安定な心の内を、槙自身も目を逸らしていた部分を。


槙だって、優しい友達の声に応えたい、なのに、心はその思いとは離れていくようで、自分がどうしたいのか、自分でも分からなくなっていた。




***




アトリエを出ると、槙は電車に揺られ、とある橋の上へとやってきた。


これ以上、咲良に迷惑を掛けてはいけないと、努めて明るく振る舞ってアトリエを出たは良いが、家に帰れば今度は母親に心配をかけそうで、どこへ行けば良いか分からず、足が自然とこの場所へ向かっていた。


ここは、文人がペンダントを探しに入った川の上で、文人が命を落とした場所だ。

日が暮れても、太陽に焼かれた橋の欄干はまだ少し熱く、川は月明かりに照らされ、流れも穏やかだった。


文人のペンダントはどこへ流れたのだろう、欄干に寄りかかりながらぼんやり考え、槙は胸元のペンダントを見つめた。


あんな物、渡さなければ。


そんな後悔が背中にのし掛かる度、何度川に飛び込もうと思ったかしれない。文人と同じ末路を辿れば許されるだろうかと、何度も川面に顔を映し、その度に、自分が楽になりたいが為に川に飛び込もうとしてると気づき、思い止まってきた。


最近は、ここに来る事もなかったのに。


槙は欄干に手をかけたまま、その場にしゃがみこんだ。


思い止まった側には、いつだってあの小さな手があった。大丈夫、そう織人(おりと)の手が背中を擦ったような気がして、ほっとして。

織人の小さな手は、家族や友人達の姿を次々と思い起こさせてくれた。まだ自分には側に居てくれる人がいて、自分は本当に幸せ者だと気づかされる。なのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。



「…先生、俺どうしたら良い?」


槙は震える声で呟いた。川面が揺れて、車の行き交う音が背後に聞こえる。ぽつ、ぽつ、と街灯が灯る静かな橋の上には人通りはなく、まるで見知らぬ世界に取り残された気分だった。

槙は立ち上がり、欄干に身を寄せた。ぽっかり浮かぶ月が川面に揺れている。もしここが鏡合わせの世界なら、月の向こうには文人の居る世界があるのだろうか。




「…何してんだよ」


不意に聞こえた低い声と共に、肩に手が触れた。

吸い込まれた世界から、現実に視点が重なる。

肩を掴む手は大きく逞しくなったのに、それでも、小さい頃と何も変わらないと思えるのが不思議だった。

優しい、温かな手。振り返らずとも分かる、それは、いつも槙を救ってくれた、織人の手だ。


「…なんで、ここが分かったんだよ」

「咲良に聞いた。ちょっと様子がおかしかったって、言い過ぎたかもって言ってて」


振り返ると、涼しげな声に反し、汗だくの織人がいた。少し見ない間に、肌は日に焼けて、体つきもどこか逞しくなった気がする。

こうして、自分の知らない内に大人になっていくのだなと槙はぼんやり思い、寂しさを誤魔化して視線を落とした。


「…川に飛びこんだりしないよなって、あいつ物騒なこと言ってたから焦った」

「はは、さすが咲良君だな」

「本気で考えてないよな?」

「…どうかな」

「は…」


目を丸くして固まる織人に、槙はそっと笑んだ。


「織人の事、思い出してた。小さい頃、よく慰めてくれてたでしょ?そしたらさ、飛び込んだり出来ないよ」

「あ、あぁ…そっか」


安心した様子で息を吐いた織人に、槙は何故か泣きたくなった。本当に心配してくれている。離さないと、熱く触れる手のひらが言っている気さえして、離れていくその手に縋ってしまいたくなった。


緩やかな夜風が、川面を蹴って月を揺らす。静かな夜に星はなく、槙の胸元に一番星が光っている。


「…俺さ、進路決めた」

「え?」


ふと織人が口を開き、槙の手を握った。突然の真面目な話題と織人の行動が結びつかず、槙はきょとんとして顔を上げた。

しかし、すぐにはっとする。

夜とはいえ、ここは外だ、どこに人目があるのか分からない。焦ってその手を離そうとしたけれど、織人の横顔が緊張しているように見えて、槙は離すタイミングを逃してしまった。


「…どうするの?」


それに、単に自分が触れていたかったのかもしれない。織人に尋ねながらもそう思えば、自分の気持ちを自覚した心臓が途端に騒ぎ始め、槙は落ち着かない思いのまま、揺らぐ月へと視線を戻した。

織人は小さく息を吐いて、槙に向き直った。



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