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桜と星と初こいと《BL》  作者: 茶野森かのこ


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桜と星と初こいと29




自転車を押すと申し出てくれた織人に、半ば強引に自転車を奪われ、槙は手持ち無沙汰になるのが落ち着かず、代わりに口を動かすばかりだ。授業の事や、明日に控えた体育祭の事、今晩の煮込みハンバーグの隠し味の事。落ち着かない心とは対照的に、頭は良く回り、口は滑らかで、まるで他人のものみたいだった。

そんな中、槙の胸の中では、不安と安堵が行ったり来たりしている。落ち着かないのはどうしてだろう、少し前を歩いていた織人の背中を見ていられなくて、槙は自然と一歩前に出た。



カラカラと自転車のタイヤが回る音、街灯がチカチカと点滅して、どこかの家からは笑い声が聞こえてくる。夜風は少し肌寒い。


「そういやお前さ、」


と、槙が声を掛けた時だ、不意に織人に手を握られ、槙は驚いて手を払った。


「おい!」

「何だよ、夜だし誰も見てないよ」

「いや、そういう問題じゃないだろ!」


触れられた手を抱きしめて怒れば、ちぇっと、可愛い舌打ちが聞こえた。

なんだそれ可愛いな、とは思っても、口には出すまい。槙は困った様子を顔に貼りつけて、織人から自転車を受け取ると、その背中をぐいと押した。ちょうど分かれ道だ。


「ほら、お前はあっちだろ。気をつけて帰れよ」


だが、押した体が動かない。それならばと、力を込めて背中を押すが、悔しいかな、織人の体はよろける事もなく、織人は不機嫌なまま振り返った。


「…あんたの家に泊まる」

「…明日は体育祭本番だろ、今日は自分ん家に帰れ」

「どうせ誰もいないし」

「え、おばさんは?」

「今日は夜中まで仕事」


相変わらず、大変なんだな…。思わず体を押す力を緩めれば、織人はずいとこちらに一歩踏み出してくるので、槙は焦って再び腕に力を込めた。いけない、情に流されるところだった。


「…朝早いだろ!」

「いつも俺の方が早く起きてるじゃん」


朝は得意だと言いたいのだろう。実際、織人は朝が得意のようだった。槙の部屋に泊まっても、槙が起きる頃にはいつも織人の姿はない。母親と顔を合わせられるのは朝くらいなので、それに合わせて帰っているようだった。


「…まだダメ?」


このまま逃げられないようにか、織人は自転車のハンドルを握る槙の手に、上から被せるようにその手を握った。その手が、まるで離さないでと、側にいてと言っているみたいで、槙は思わず胸をどきりと跳ねさせ、今度はその手を振り払えずに俯いた。


まだダメ、なんて、その問いかけに対する答えを揺らしはしない、そう決めているのに。

もしかして、距離を置かれたのは駆け引きのつもりだったのだろうか。それなら、半分成功で、半分失敗だ。

槙は、織人の手の下で、ハンドルをぎゅっと握りしめた。


織人を拠り所にしていると気づいた時、自分の不誠実さに嫌気がさしたんだ。だからと、槙は顔を上げた。


「…普通ダメなんだよ、先生ん家だし」

「幼なじみの家だろ」


ああ言えばこう言う。でも、一番厄介なのは、この手を払えない自分自身だ。槙は縋るように空いた手で服の上から胸元を押さえた。その指先には、ペンダントヘッドが触れている。不安に渦巻く胸が苦しくて、織人の手を握り返す自分を想像してしまい、槙は唇を噛み締めた。


「お前といると、困るんだ」

「なんで困るんだよ、あんたん家に行ったって、あんた楽して寝るだけじゃん」

「そうだけど、」

「…槙」


そっと名前を呼ばれ、織人が顔を覗き込む気配がした。槙はそれには応じず、俯いたまま固く目を閉じた。目を閉じれば、手が触れる感覚は敏感になり、耳は織人の様子を感じ取ろうと躍起になる。

頑なな槙の様子に、織人は呆れただろうか。

やがて織人の唇からは、小さな溜め息が漏れ聞こえた。


「…わかった、今日は帰る」


織人の手が離れていく。

冷たい夜風が手の甲を滑り、胸に冷たい空気が針のように刺さった気がした。

はっとして顔を上げたが、織人は既に踵を返していて、遠退く背中を見れば、また言い様のない不安に襲われた。


「じゃ、じゃあな!気をつけて帰れよ!」


思わず掛けた声に、織人は少し遅れて振り返った。暗がりで顔はよく見えなかったが、きょとんとしていたように思う。軽く手を上げた姿に安心して、織人の姿が建物に隠れて見えなくなるまで、槙はその場から動けなかった。



再び、カラカラと音を立てて自転車を押す。

離れるのが懸命な判断だ。揺れる心の行方は、見なかった事にする。そうでなければ、甘えてしまう。

織人を利用してしまう。


槙が織人を頼って拠り所にする理由は、文人(ふみと)への思いを抱えている事が辛くなってしまったからだ。

傷を軽くする為に、織人を利用するなんて。その傷すら、望んで背負った筈なのに。


忘れて楽して良い筈がない、文人を死に追いやったのは、自分だ。





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