2 音速ストーカー
須藤さんが亡くなってから10日が経過した。
やはり、僕のことが好きであったことは学校では全く広まっておらず、須藤さんは心の中にしまったまま亡くなったようだった。
だが、僕としては何となく重い気持ちのまま日々を過ごしていた。
そんな中で週末は久しぶりに啓子とデートだ。
久しぶりに息を吹き返したように準備をした――その筈だった。
「……最近大丈夫? 何だか元気が無いようだけど……」
遊園地で長蛇の列で順番待ちをしている時に啓子から聞かれた。
やはり、自分の中では元気のつもりでも啓子には分かるようだった。
「ああ……実は何となく気持ち的に落ち着かないことがあって……」
「あたしに言えることなら言ってみて?」
「うん……」
周りをチラリと見ると僕の学校の人は居なさそうだから思い切って、須藤さんに告白されたこと、その後自殺されたこと。そして、葬儀の時に起きた怪奇現象について話してみることにした。
また、一緒に並んでいる人たちはそれぞれ“自分たちの世界“に入っているような気がしたので聞かれても多分大丈夫だろう。
「須藤さんに告白されていただなんて知らなかった……」
「あ、すぐに言わなくてゴメンね……」
「うんうん、あんな勉強もスポーツも出来る子よりあたしを選んでくれて嬉しい。
でも、お通夜の時に浮かび上がってきた遺書の血文字については気になるね……」
話した内容は荒唐無稽な話だが、啓子は信じてくれたようだ。
「ただの錯覚の可能性が高そうだけどね。存在しないはずの文字が浮かび上がるだなんてあり得ないことだし……」
「でも、須藤さんが亡くなる前の最期の行動が優太に告白したことだとなると……少し気になるよね」
「まさか、呪い……とか?」
「どうだろうね。どんな風に須藤さんが亡くなったのか、直前まで何をしていたのかも分からないし……ま、気にしないほうが良いんじゃないかな?
大丈夫だよ! あたしが付いているんだからさ!」
「ふぅ……何だか啓子に話して気が楽になったよ。話を聞いてくれてありがとう」
「彼女なんだから当たり前でしょ!」
だが、笑顔の啓子の肩の後ろ100メートルぐらいの所に、恐ろしいモノを見てしまった。
なんと、須藤さんに瓜二つの女性が立っているように見えたのだ。
彼女はニコッと笑った。狂気に満ち溢れた笑顔が本当によく似ている……。
「ど、どうしたの?」
啓子は僕の異変に気が付いて後ろを振り向いた。
「あ、あそこに……す、須藤さんが……!」
「え? 居ないけど……大丈夫?」
啓子が振り返ったタイミングで須藤さんに似た女性は消え去った。
「あ、あれ……居ない?」
「並んでいる時間も長いからね。疲れているんだよ。このアトラクションに乗った後に休憩しよう?」
「う、うん……」
僕はアトラクションに楽しんでいるように表面上で装いながら、その後遊園地のカフェで休んだ。
「ご、ゴメンね。もっと遊びたかったでしょ……?」
「本当はそうだけど……優太が本当に体調が悪そうだったから……」
結構素直に答えてくれるけど、僕に優しくすることを優先してくれる。啓子のこういうところが好きだ。
「スポーツドリンクを飲んだらちょっとは落ち着いたよ。心配してくれて本当にありがとう」
だが、周りが気になった。気が付けば須藤さんに似た人が近くにいないか警戒していた。
その後も、啓子はアトラクションに乗らなくとも楽しそうに過ごしてくれた。
僕もなるべく楽しそうに振舞ったが、恐らくは啓子には分っていただろう。
須藤さんの影が無いか僕が探していたことを……。
学校に向かう際に必ず通らなくてはいけない踏切がある。
そこで電車の通貨を待っていた時だった。
大体、上りと下りの2つの列車が通過する。ボーっと1つ目の列車を見送っていた時だった。
「!?!?」
踏切の向こう側に須藤さんがいたのだ。この間は気づかなかったが、彼女の首の周りにはロープの跡がある……恐らくは死んだ時についた跡だろう。
「こんにちは。あなたの事ずっと見ているから」
声は聞こえなかったが。確かにそう言ったような気がした。
ガタンゴトン! ガタンゴトン!
2つ目の列車が通過する。跡形もなく須藤さんは消えていた。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
動悸が激しくなってきたので思わずその場でうずくまり、心臓の辺りを強く抑えた。
「ちょ、ちょっと。アンタ大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です」
近くを通りかかるおばあさんに心配されるほどだった。
そうこうしているうちに次の踏切が降り始めようとしている。
急いで踏切を通過して学校に向かった。
須藤さんがどこから見ているのかそれだけが気になった。
明日は啓子の誕生日だ。
僕は啓子の誕生日プレゼントを買おうと、普段はあまり行かないデパートに出かけた。
最近はデパートに行く人も減っているのかかなり空いて余裕をもって買うことが出来た。
買った物は赤色のネックレスだ。
以前啓子がこれに似たものを物欲しげに見ているのを見て買ってあげようと思ったのだ。
その後は、デパートにどのようなものが売ってあるのかプラプラと歩いていこうと思った時だった。
――須藤さんだ。
青白い顔をして、首にはロープの跡がある。ニコリと笑う笑顔には狂気が今日も宿っている。
「ずっと見ているから」
そう口がまた動いた。
しかし、今日の須藤さんがこれまでと違うのは、徐々にこちらに迫ってきているような気がするのだ。
「え……」
思わず後ずさりする。すると、須藤さんも僕が下がっただけ迫って来る。
「あなたと一緒にいたい」
そう口が動いた。
僕は全身の毛が逆立つのが分かった。
須藤さんから身を翻して全力疾走で逃げ出した。
エスカレーターで躓きそうになるほどスピードを出して降りた。
1階に到達する時にカーブした時に後ろをついでに見たが、やはり須藤さんはついてきている。
「い、一体どうなってるんだ!」
デパートを出て2人だけの空間になると、僕以外の足音が聞こえる。当然須藤さんだ。
これはもはや幻覚ではない。確かに“あそこにいる”。そして差し迫ってきている。
「はぁ! はぁ! 何とか乗れた!」
駅に辿り着くと、ギリギリの列車に飛び乗る。僕と同じような速度で移動していたんだ……これでもう大丈夫だろう。
息を再び整えて最寄り駅に降りた。
そして――。
「お帰りなさい」
須藤さんが目の前に再びいた。
「うわあああああ!!!」
い、一体どうして目の前にいるんだ! そしてどうして、付き合うのを断っただけで自殺してしまった。
「死んでもなお、いつまでも付きまとってくるんだ!」
自宅の前に着くと周囲には須藤さんの姿は無かった。
「や、やっと振り切ったか……」
そう思って2階の自室のドアを開けた時だった。
「お帰りなさい。優太君」
首を吊った状態で須藤さんが迎えたのだ。目は剝ききっておりダランと手足は力を抜けている。
死んだ状態ながらも声はハッキリ聞こえた。
「バカな……」
動揺が足を縺れさせたのだろう。思わず階段を踏み外した。そしてそのまま真っ逆さまに――1階の床に頭を叩きつけられたのが最後の記憶だった。