第12話 異世界☆歯科衛生士⑥ 私やっぱり、モデルより女優より!衛生士になりたい!
私達、姫の沢ゆめと仲谷春さんが、このヤナーアッラーヤ村を訪れた、2日目の夕方。
ある民家の、奥の部屋に通されていた。
そこにはベッドが一つあり、老人が臥せっていた。
「‥‥‥‥いわゆる、寝たきり、っちゅうヤツで。わしらも困っとるんだ。ばあさまはだんだん弱って、今じゃ足腰も立たなくなっちまって。――ばあさまには悪いが、わしらもつきっきりっちゅうワケにもいかんから。‥‥‥‥なあ」
息子と思われる、その家のご主人が言っていた。
――そう。この異世界では比較的に裕福なこの村でも、社会制度がしっかりしている訳じゃないし、生きてくために働かなければならない。
寝たきりの老人を多く抱えるこの村は、その繁盛ゆえにまだ大問題にはなってないけれど、こんな静かな悩みを抱えていた。
「ばあさまに、まさかまた働けるように、までとは言わんけど、せめて起きあがれるようになってくれれば‥‥‥‥」
その帰り道。
「これは、政治の問題ですね」
仲谷さんは、空を見上げながら、自分に言いきかせるようにつぶやいていた。
「絋国でもそうでしたが、老人が笑って過ごせる国、というのは理想の国です。この世界でできる事は少ないですが、周辺国に侮られぬよう、姫様の代にはこういった問題も解決していかなければ」
私は、返事をしなかった。そう。確かに、個人で解決できる問題じゃあないのよね。
でも、政治が動いたとしても、予算がついたとしても、「現場」に的確な方策が無ければ、それは「ムダ金」に終わる。
院長先生、よくそんな事を言ってたなあ。たしか。
私はまだよくわかんないけど、院長先生が色々な講習会に出させてくれたから、肌で感じる事はある。
――――きっと、「今」が、私の学んだ事を生かす「場」なんだと。
*****
このヤナーアッラーヤ村を再訪して、数日が経っていた。
私と仲谷さんは相変わらず毎日村のご老人の口腔内を診て、必要に応じて、七道さん達が義歯を作製してくれた。
そんな頃、ちらほらと聞こえてきた。
「ウチの寝込んでたばあさまが、立って動けるようになった」
「じいさまが、野良仕事を手伝うようになった」
などなど。
キタ~~~♡!!!
私と仲谷さんは、またもやハイタッチをする。
私達の診療室(もうみんなそう呼んでくれてる!)には、ひっきりなしに村の人がお礼を言いに来てくれる。
「どういうこった? 何が起こってるんだ?」
原因究明と解決が性癖のものづくり女子、七道さん達がむちゃくちゃ食いついてきた。――そうだ。ちょうど今から来る患者さんが適応症例の人だから、そこで説明しちゃおう。
「すみません。お願いします」
ご家族に付き添われて入ってきたのは、やはり70歳以上のご年齢であろう、老婦人だった。
早速口腔内をチェックする。
「‥‥‥‥。良好ですね。歯のお手入れもちゃんとできてて。歯肉の状態もいいみたいです」
「ありがとうございます! 先生」
「‥‥‥‥いえいえ。私は準歯科衛生士です。先生がいないから、止むを得ず診療みたいな事をしてるだけで。――厳密には、私の故郷では違法なんですよ」
私が苦笑すると、となりの助手役の仲谷さんもくすりと笑った。
「‥‥‥‥でも、母が、この頃食が太くなって、自力で立てるようになったんです。あちらの方々に入れ歯を作ってもらってから」
七道さん達が一斉にこっちを向く。ご家族の方は、その視線に向かってお礼の会釈をする。
「良かったですね。歯みがき習慣の復活。プロポリス歯みがきの効能。そして、噛める入れ歯が入った事で、咀嚼能力の回復。もちろん他の要素もあるんですが、お母様は、生きるチカラをご自分で取り戻してます」
わたしのこの言葉で、診察は終わった。
*****
「『サルコペニア』って知ってる?」
「いいや。それが姫の沢がやってる事のカラクリか」
患者さんが帰った後、七道さん達の質問攻めにあう。
「口腔環境が悪い → 歯を失う → 食べれなくなる → 低栄養状態 → 筋肉も落ちる → 寝たきりになる――これが、『サルコペニア』、『サルコペディア』とも」
「――これだけが原因じゃ無いかもだし、すごい乱暴な言い方なんだけど。こんなサイクルで、実は本当は健康な人が、寝たきりになったりしてるんだよ?」
「ほ~~ん。本当に意外だわ」
「‥‥‥‥。ウチおばあちゃんいるから、わかる気がする」
「やるじゃね~か。姫の沢。もういいだろ? 解説しろ」
彼女にそう促がされて、私は こほん、と咳をひとつ。
「『サルコペニア』は病名、で、低栄養状態で体が弱っていってしまう事よ。絋国だったら点滴とか色々手段があるけど、この世界じゃあね。で、患者さんの口腔衛生状態を回復すると共に、口腔機能の回復も目指したの。――その切り札が、義歯」
「ほえ~。あ~しらはそれに一役かったワケだ」
「うん。七道さん達がオートウム村にいるかも、って聞いてから、ずっと構想してたんだ。3人の【スキル】なら、口腔補綴物が作れるんじゃないかなあ、って」
「‥‥‥‥。その『ほてつぶつ』、つまり入れ歯を作って、あのおばあさんが自分で噛めるようになったら――」
「――自然と体力もついて、起き上がれるようになると。な~~る」
多賀さんと網代さんも感心してくれてる。
「この村は、歯周病の方が多くて。そういう感じで歯槽骨や歯牙の欠損が多かったのね。で、噛めなくなってみんな動けなくなっていって。やっぱり、ちゃんとした噛める入れ歯となると、今の技術では無理だったの。ホント、助かったよ」
「いや姫の沢。私らも感動してる。正直、こっちじゃ機械モノの修理とかで食いつないできたし、私らの【スキル】も修理部品作り出すタメのもんだとばっかり。まさか医療に関われるとは。‥‥‥‥で、まだ聞いてなかったな。その、クチに問題があって寝込んじまう病は、なんて名前なんだ?」
七道さんの問いかけに、わたしは思わず喉を上下させる。――そうだ。それをまだ言ってなかった‥‥‥‥!!
「えっと、コホン! ‥‥‥‥それはね‥‥」
「あちらの世界では、この症状を総称して口腔弱者、『オーラル・フレイル』、と言うのだそうです」
「え? 仲谷さん!?」
まさかの、仲谷さん!
一番いい所を取られて、唖然とする私。
今までずっと静かだった仲谷さんの、突然の割り込み! ‥‥あ、わざとだ。してやったり、って顔してる。
「あっ! ひど~~~い!! 仲谷さん! それ私のセリフなのに~~!!」
‥‥‥‥既視感。なんか前にもセリフ取られたような気がする。
村の問題は見事解決! 七道さん達にも感心してもらったけど、最後の最後で私には何か、もやもやが残った。




