第12話 異世界☆歯科衛生士⑤ やっぱりラポルトに乗った女子はスゴかった件。
そう言っていた矢先、診療室のドアがノックされる。
「どうぞ」
仲谷さんが応答すると、初老の女性が入ってきた。私はカルテを見る。
「えっと、エージテさんですね。その後、お加減は如何ですか? また、お口の中を拝見させてください」
仲谷さんの光魔法が ピカッと光る。交換したグローブが滅菌されていく。
「これは‥‥‥‥!?」
七道さんがカルテを覗き込む。本来、患者さんの情報は第三者に開示しちゃあダメなんだけど、この3人は治療行為に加わる人だから、OK。
「そうなんです。この村のご高齢の方々は、すでに歯を欠損していて。義歯が必要なんです」
私は3人に訴えた。
「義歯、って、入れ歯の事だろ? この世界に、入れ歯を作る技術とかは無いのか?」
「うん。『木床義歯』っていう、柘植の木的な木材で作る技術はあるんだけど、やっぱりちゃんと口の状態に合わせるのって、至難の業なのよ。――――で、必要なのが七道さんの【スキル】!」
「【光学印象】か」
「でも、それだけじゃ無いの」
「え?」
「七道さんの、機械的なセンスというか、勘、というか。それが欲しい。入れ歯は、サイズがピッタリなだけじゃダメで、ちゃんと食事を噛めるように機能的でないと、意味がないの」
七道さん達3人は、互いに顔を見合わせる。
「入れ歯って、紘国では歯科技工士っていう専門の国家資格の人が作るんだけど、人間が物を噛むって、口腔内ですごく複雑な動きをするのね。それに、見てもらえばわかるけど、1本1本の歯って、それぞれ微妙に形が違うし」
ああ、と頷いた七道さんの次のセリフは、私を驚かせた。
「思い出したぜ。姫の沢も知っての通り、私ら海軍中等工科学校だろ? いたんだよ。ものづくり系女子の中。私のツレに」
「え? 何が?」
「わチャ検(若人チャレンジ試験※本編参照)で、「準歯科技工士」取ったヤツ」
私はエージテさんの口腔内を診終わった。
「前回より、すごく良くなってます。歯みがきもしっかりできてて。少し磨き残しがあるので、そこをもう一度ご案内するのと、入れ歯の件ですね。‥‥‥‥如何でしょうか?」
エージテさんは品の良い感じのご婦人だ。
にっこりと笑いながら、首肯してくれた。
「‥‥‥‥じゃあ、お願いします。七道さん」
「おうよ」
七道さんの両手が、エージテさんの顔をはさみこむと、その中央に光の玉ができる。
それを両手で動かしながら、光玉の中心がちょうどエージテさんの口腔内に来るようにしていった。
「そっか。噛めるようでないと意味ないんだな。‥‥あんまりそこまで考えた事無かったけど、‥‥そっか。そうだよなあ、実際」
そう言いながら、患者さんの三次元口腔データを取り込んでいく。
「アイツ言ってたなあ。『中心位』がどうとか、『カンペル平面』がどうとか、『歯牙の配列』、『対合歯』、『咬合高径』、『インサイザルピン』‥‥‥‥ま、解剖学的な事は逢初の十八番か。私ら凡人の出番じゃね~な!」
そう呟きながら、【光学印象】は終わった。
いやいや、七道さん無茶苦茶スゴイよ。友達が資格持ちだからって、あんなに専門用語知ってるって!?
そしてその七道さんをして「凡人」と言わしめる逢初愛依さん。どんだけ規格外なの?
「ラポルトにも、『光学印象』する装置があったからな。CADや3Dプリンターの基になるやつだ。それと基本同じだ。――じゃあ、私が義歯の形態を設計して、イメージ化したこのデータを、網代に渡せばいいんだな?」
七道さんは網代さんと、手をつなごうとしたけれど。
「‥‥‥‥。おばあちゃんの入れ歯、こうなってた」
その手を取ったのは、多賀さんだった。
「‥‥‥‥。師匠。まず私。おばあちゃんの入れ歯には、金属の骨組みが必要だったから」
そう。私が多賀さんにお願いしていた。このおばあちゃんの義歯は、レジンだけでは無理っぽい。その素材だけでは強度が心配なのよ。
キュイイィィン。ガ~~。ガ~~。
多賀さんの【スキル】、【切削形成】が発動する。
彼女がポケットから出したのは金属の塊。それに両手をかざすと、空間から切削器具、ドリルみたいなのが生えてきて、多賀さんの思い通りに削り出してくれる。
今回みたいに七道さんがイメージデータを持っていれば、それと【リンク】する事で、その通りに削り出してくれるんだよ。
「まんま、CAD/CAMだよな」
七道さんが、金属が削れていく様を見ながら、そう言っていた。
そうなんだよね。多賀さんの得意魔法は【水系】。要所要所で水を生み出して、インゴットが蓄熱しないように注水していった。
「はい。ちーちゃん」
「あい~~」
削りだした金属片が、網代さんの手に渡る。多賀さんは、網代さんの肘に触れて、【リンク】、情報の受け渡しをする。
あとは、オートウム村で見た通りだ。金属片の骨組みに、みるみる、樹脂がまとわりついて、形を成していった。
「ほい。完成~」
網代さんが出来上がりを私に渡そうとしたのを、今度は七道さんが邪魔をした。
「待て待て千晴。造形が荒いぞ? これ、クチに入れていいレベルか? 姫の沢?」
言われて私もはっとする。【スキル】は本人のその日の調子とかで、出来が変わる。あくまで精神系の技術だからね。魔法って。
「‥‥‥‥。聞くまでもね~な。別に千晴や柚月の仕事を責めてんじゃね~ぞ? ‥‥‥‥ただ、こっから先も私らの領域だろがよ!!」
彼女ら、「メンテ3人組」の瞳が輝いていた。彼女達は、どこにしまってあったのか、工具セットをそれぞれ持ち出す。細かなレベルでバリがあったり、義歯の表面がガサガサしてたんだね。それを工具や紙ヤスリで、あっという間に滑沢にしていく。
私の手に乗せられた時には、その義歯は宝石の様にピカピカときらめいていた。
「うんそうだよ。実際の義歯もそう。患者さんが痛がるし、雑菌の巣になってもいけないから、入れ歯ってピカピカに研磨されるんだった! ――――そっか。DMTの装甲は複合樹脂。そういうのの扱いこそ専門なんだね!」
3人は腕を組んで胸を反らして、雑誌の表紙の様なポーズをとる。
おもっこそドヤ顔だった。
けど、いい笑顔。最高の笑顔だよ。きっと、この異世界で彼女達なりに、研磨剤とか研磨する道具を探していた成果なんだろう。
エージテさんも大満足だった。人生初の義歯で、戸惑うかとも思ったし、本当は口に入れた状態でドクターが最終調整しないといけないんだけど、それは咬合紙という道具を用意しておいた私が、何とかやったよ。入れ歯を使うにあたっての心構えとか注意点にも、最大限心を砕いたつもり。
上手く機能してくれているようだし、大切にずっと使って欲しい。噛めないと食事って楽しめないもんね。
この日、こんな感じで3人の大活躍もあり、義歯の患者さんの診療が進んだ。
そして、私の予想通り、――――それが、村にある変化を起こす。




