<第九話> 庶 務
会議室から庶務に戻ってくると、既に東さんから他の方へ、私の異動の話が伝えられていた。
私にとって、初めての異動。
どうすればいいのかと戸惑うより先に、これから異動する日まで、どのように動けばいいのかを、伊藤さんが説明してくれた。
新しく庶務に入る女性への仕事の引継ぎは、伊藤さんがして下さることになった。そして、私が今やっている仕事を確認してくれて、それを先輩達が引き受けて下さる事になった。
通常は、業務の引継ぎは本人が行うものだが、庶務は基本的に共同作業をしているし、私の庶務の在籍期間が短くて、まだ主担当の仕事が無かったから、今回はこれで大丈夫なのだそうだ。
「入社して半年、仕事を覚えてきて、ようやく少しは皆さんのお役に立てるようになってきた気がしていたのに、異動することになって、寂しいです。」
引継ぎの話をして下さると、異動の実感が湧いてきて、寂しくなってしまい、私は、先輩や係長にそう話した。
「おいおい、もう挨拶するのか?送別会は、ちゃんとやるから、その時までちゃんととっておきなさい。」
東さんが笑いながら言った。
伊藤さんは、私の言った挨拶に答えるように、
「西谷さんは、疑問に思った事やポイントをきちんと確認してくれたから、仕事の覚えが早かったわ。そんな新人さんだから、企画に異動になったのでしょうね。新しい部署でも、持ち前の明るさで頑張ってね。
そうそう、送別会のお店を決めたいの。西谷さん、お料理の好き嫌いってあるかしら?」
と言って下さった。
東さんのいつも通りののんびりとした発言、更に伊藤さんが自分の仕事ぶりを評価してくれていた事まで聞けた事をどちらも嬉しく思った。
「送別会、ありがとうございます。楽しみにしています。はい、新しい部署でも頑張ります。
伊藤さん、私は食べ物に好き嫌いはないです。どんなものでも大好きです。」
私が笑顔で答えると、
「そうみたいね。残業の時に、お菓子を食べている時も、いつも嬉しそうにしているもんね。」
ともう一人の庶務の小川さんが、笑いながら言った。
会議室を出た時は、自分の異動を単純に喜んでいただけだったが、席に戻って来て、この仲間と仕事をするのがあと少しだと実感すると、こんなにも寂しい気持ちが湧いてくるものなんだなとしみじみ思った。
伊藤さんが、
「企画にいる私の同期が、いつも男性と同じ位残っていると言っていたから、あなたもあっちへ行ったら、きっと今よりもっと残業が増えると思うの。
だから、東さんからの提案なのだけれど、今日から異動するまでの間は、定時で上がって、出来るだけ体を休めて、ゆっくりしたらどうかしら?」
と聞いてきた。
「そんな、皆さんが帰らないのに、私だけ先に帰る訳にはいきません。一緒に最後までお仕事をさせて下さい。」
私は、疲れていても、そんな提案を受ける事がとても申し訳がなくて、そう答えていた。
「西谷君、体を休めるのも仕事だよ。新人さんが半年も働くと、学生の時と生活スタイルも随分変わるし、ちょうど疲れが貯まっているものなんだから。
異動先では、また新しく仕事も覚えなきゃいけないし、気遣いだってあるだろう。今のうちにちゃんと休んで元気になっておきなさい。」
東さんが優しくそう言ってくれた。
こうして、異動先に着任する三日後まで、私は定時退社をすることになった。




