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<第七話>事件発生⁈


 「事件」


 そう、私には大事件だったのだ。

 入社してから半年、私は庶務として働いていた。

よく「庶務さん」と呼ばれるこの仕事の内容は、部署の方々の仕事が円滑になるようにお世話をするのがその内容。消耗品の管理や、勤務情報の人事への連絡、コピー機の用紙補給、交通費の精算等々…。

『誰に聞けばいいの?と思う仕事も、とりあえず庶務さんに相談しよう。そうすれば、解決策を考えてくれる。』そういう職場のお母さんのような仕事であった。


 こうした仕事をこなして過ごしている庶務係長が、その日、こう言ってきたのだ。


 「ねぇ、西谷さん。岩下さん、産休の申請だって。いつまでも仕事を続けようなんて思わないで、さっくり辞めて、家庭に入ればいいのにね。彼女は一般職なんだし、しかも旦那さんは、うちで働いているから、何も共働きしなくても、ちゃんと生活できる位の給料を旦那さんが稼いでいるよね。

 最近、総合職でもない人の為に産休・育休と色々手続きをする機会が増えて、面倒だよね。」


 「何を言っているんですか?庶務係長なのに、そんな事をおっしゃるんですか?

随分前から一般職にも制度としてちゃんと産休も育休もあるって言うのに。

 そもそも仕事は、生活費を稼ぐ為だけに続けている訳じゃないと思います。仕事が好きだから、続けたいと思っている人だっていると思います。

 係長のような考え方をする人が多いから、制度を利用する女性が、あんなに申し訳なさそうに、申請しに来なきゃいけない雰囲気になってしまうのではないですか?」

思わず反射で言い返してしまっていた。


 庶務係長からの言葉には、いつも従順に、そして黙々と仕事をこなす女性が多い庶務の中で、この態度は、係長本人だけではなく、周囲で仕事をしていた人達をも、とても驚かせてしまったようだった。


 そして庶務係長からは、

「何を言っているんだ、君は!」

と私が庶務係長に反論してしまった態度に対する怒りを、そのままぶつけられてしまっていた。


 その後、私たちの言い争う様子を見た総務課長が、慌てて私達二人を会議室に連れて行き、状況の説明を求めてきた。

 

 私達の説明が終わると、課長は、庶務係長を会議室から先に退出させ、仕事に戻らせた。


 それから、私の方を向き、

 「西谷さん、確かに君が怒るのは、もっともだ。あずま君の発言は、庶務係長として、言ってはいけなかったと私も思うよ。」

と静かに話し始めた。


 「そして、先日 伊藤いとうさんから東君の最近の勤務態度についての相談も聞いている。だから、西谷さんもつい怒ってしまったのかな?とも思っている。」


 (えっ!?伊藤さんが相談。やっぱり係長が最近自宅を購入してバタバタしている事?係長が、その関係の連絡を勤務時間中にも頻繁にしているから、業務が滞りがちになっているんだよな。そういえば、『このままじゃ、私達の業務が増えるだけじゃなく、課員の方々の事務処理に支障が出てしまうかもしれないから、対策を考えてみるわね。』っておっしゃっていたな。まさか、それを課長に相談して下さっていたなんて!?全然知らなかった。)


 「あのう、その相談は、係長が自宅を購入して、お忙しそうになさっている事でしょうか?」

課長に伊藤さんの相談内容を確認した。


 「そうだよ。彼女は、東君の下で庶務の女性達を取りまとめてくれている立場の女性ひとだからね。君達の負担が増してしまっていると、心配していたよ。だから、私から東君にも、その件については、勤務時間中は控えるようにと昨日注意したばかりなんだよ。

 でもね、例えそういう状況であったとしても、職場で勤務時間中に、上司に向かって怒りを直接ぶつけてしまうのは、とても良くない態度だったという事は、分かって欲しい。

 あの時君には、若い女性が、庶務係長を怒っている姿を見た職場の人間が、それをどう思うかを冷静に考えてから行動して欲しかったんだ。


 実際に話の内容をきちんと聞けるのは、こうした会議室だろ。

職場では、異常事態が起きているという光景にしかならないのだよ。

 それは、君の今後の仕事をしていく上で、決してプラスの印象になることではないよね。

 仕事に戻りなさい。そして、まず庶務係長にきちんと謝りなさい。」

課長が静かに、そして丁寧に説明して下さった。


「課長、本当に申し訳ありませんでした。確かに、職場で怒ってしまい、皆さんを驚かせてしまったことは申し訳なく思っています。でも、庶務係長の発言内容に対して、謝ることは出来ません。」


「そうか。うん、分かった。

それじゃあ、『先程は、大声を出してしまって申し訳ありませんでした。』と正直に謝ればいいんじゃないか?そうしよう。」

課長は、穏やかにすぐ助言をしてくれた。


「はい、おっしゃる通りです。すぐにそうします。申し訳ありませんでした。」

課長の言う通りで、自分のしてしまった行為を、ずっと反省していたのだが、係長の発言内容には謝りたくないというジレンマを抱いていた私に、あっさりとその解決策を提示して下さった課長の機転と配慮の深さに感動して、少し嬉しくなってしまっていた。


「納得してくれてよかった。それじゃあ、この後もしっかり頑張りなさい。」

私の笑顔の返事を見て、課長は優しくそう言ってくれた。


 会議室を出て、係長に謝り、私達は業務を再開したが、やはり何となく気まずい雰囲気が漂ってしまっていた。


 夕方になると、係長が、

「最近忙しい日が続いているから、全員今日は早めに上がろうな。」

と声掛けをしてくれた。


 その場の雰囲気に気遣いをして下さった内容に、自分のした行動に対する反省の波がまたグッときてしまい、すっかり落ち込んでしまった。


 だから明に『ちょっと落ち込んでいて、今日、少しだけでもいいから会えないかな?』と連絡を入れていた。


 でも、『残業があるから、わざわざ火曜日からそんな少しだけ会う為に、静の家に寄るのは無理だな。』とあっさり断られてしまった。

 結局その明とのやりとりで、更に気持ちが落ち込んでしまっていた。

 

 こうして、上司と揉めてしまうという大事件を経験した私は、傷心のまま、その日の業務を終えて、一人暮らしになった寂しい家に帰宅したのであった。




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