<最終話>忘れられない一日
「希望、そろそろ出掛けないと遅刻よ。」
静が言った。
「すぐ出るよ、お母さん。
そんなに遅刻・遅刻って何回も言わなくったって、自分でも分かっているから。
大体、お母さんだって遅刻位したことあるでしょ。」
希望が少しイライラしながら答えた。
(あらあら、また怒らせちゃったわ。
はぁ~、中学三年生にもなると、反抗期に入るのかしらね?
最近すぐに口答えをしてくる回数が増えた気がするな・・・。
まぁ、もうすぐ受験だし、少しイライラしやすいのもしょうがないのかしらね。)
静は、声には出さずに、心の中でため息をつきながら答えていた。
結局娘を学校まで送る事になってしまった。
静の隣には、送迎ならば間に合うだろうともうご機嫌になった娘の横画があった。
車内で静は、先程の娘の問いに答えた。
「希望ちゃん、ちなみにそんな事ありませんからね。」
「何が?」
突然の回答に、何のことかとキョトンとした顔をしながら希望はたずねた。
「遅刻の事よ。
お母さんは遅刻をした経験なんて、無いわよ。」
「そっか、そうだったね。じゃあ、これはお父さんの血だ。」
娘はあっけらかんと答えた。
「パパもそんなに遅刻なんかしない人よ。」
静は、娘の意外な返答に少し驚いたような顔をしながら答えた。
「そんな事無いみたいだよ。
だってこの間、私を部活に送ってくれた時に言っていたもん。
昔、お母さんのお見舞いに行った時に、大事な会議に遅刻して、会社で怒られちゃったことがあったって。
だから、希望もちゃんと早く行くようにしないと駄目だぞって言っていたよ。」
希望は、説明するように言った。
「昇が遅刻?
しかも私のお見舞いでって言っていたの?
・・・そうか、分かったわ。
それは、きっとあの時の事ね。
お母さんに病室にまで連れて来られちゃったから、すごく慌てて帰った事があったわ。
希望、それはお母さんが事故に遭った時に、お父さんが心配して、忙しいのに無理やり時間を作ってくれた時の話。
あなたのように、こんなに頻繁に学校や部活に遅刻しそうになるのとは、ちょっと違う話よ。」
静が注意をするように言った。
「あー、その時の話なんだ。
あれでしょ、お父さんが頑張ってお母さんに会いに行った時の話ね。
可笑しいよね。元気になったのかが心配だったし、どうしても、もう一度会いたくって昼休みに会社を抜け出しちゃったんだって笑いながら言っていたよ。
一目ぼれをしたお父さんの恋心の仰天エピソードだよね。」
希望が笑いながら言った。
「いやだわ。お父さんは、そんな風に希望に話していたの。
もう、なんだか恥ずかしいわ。
でも、そうやって頑張って会いに来てくれていなかったら、もしかしたら、あなたはこの世に生まれて来なかったのかもしれないのよ。
だからパパにちゃあんと感謝しなきゃだからね。」
静も笑いながら答えた。
「は~い。その運命の出会いのエピソード全集は、二人からもう何回も聞いてます。
それからお母さんは、大好きなお仕事を、私が生まれて来る時に辞めちゃったんでしょ。
大事な娘の子育ての時期を、他人に預けてしまって成長していく姿が直接見られないのがもったいないからって、二人で相談して決めたって言っていたもんね。
分かっていますよ。
ラブラブの二人にちゃんと大事にされて、いっつも感謝していまーす。」
希望がふざけながら言った。
「ふふ、ありがとう。
でも本当に希望ちゃんが幸せな事が、今の私達の一番の幸せなんですからね。
ほら、着いたわよ。
ちゃんとなんとか間に合ったわ。
気を付けていってらっしゃい。」
そう言いながら、静は希望の学校の前で車を止めた。
「ありがとう!大好きよ、ママ。
行ってきま~す。」
笑顔で車から素早く降りると、娘は駆け足で校門に入っていった。
静と昇が出会ってから二年後、二人は結婚をした。
昇は、結婚してからも、ずっと変わらず私の事も家族の事も大切にしてくれている。
私の考えも予定も、いつもちゃんと聞いてくれて、お互いが納得のいくように調整をしてくれる。
今なら、『そんな事、当たり前じゃない。』と思うこの関係を、昇と出会うまで、恋人とは出来ていなかった。
子供が段々大きくなって、成長していく毎日を過ごしながら、そして、娘にそういう旦那さんになってくれるような人と、あなたもちゃんと出会うんだよって話せるようになった今ならもっと、しみじみそう思います。
『長い人生を、ずっと一緒に過ごす人に出会えた日』
(・・・今日は、忘れられない一日になるでしょう。)
あの時の占いの内容が、実はこんな素敵な日だったんだって、振り返る事が出来る今の自分が、とても幸せです。




