<第五十六話>車に乗って
「いやぁ、驚きました。お母さんまで挨拶に出て来て下さるとは思いませんでした。」
「うん、私も二人が出て来たのには、ちょっと驚いた。
ごめんね、フレンドリーな家族で。今日昇さんが迎えに来るって聞いて、久しぶりに会いたくなったのかもしれないね。
でも、昇さんが家に来るのは初めてなのに、既に二人とも会ったことがあるなんて、考えてみたら少し珍しい話だよね。」
「そうですね、そう言われると不思議なご縁を感じますよね。」
それにしても、やっぱり何かお土産の一つでも持ってこればよかったですね。単なるお迎えのつもりだったので、手ぶらで来てしまいました。すみません、静さん。
そうだ!八景島で豪華なお土産を買いますから、持って帰って下さいね。」
東山が一人で解決して言ってきた。
「お土産を買うのなら、それは車を返しに行く時の、自分の実家用に持って帰った方がいいと思うの。
私の家の分は、私が何か買うから、それでいいと思うよ。わざわざ昇さんが買わなくても大丈夫だよ。」
静が楽しそうに答えた。
「おー、自分の実家の分か!それも忘れていました。ありがとう、じゃあもう1つ買います。」
東山が真面目に答える。
「増えている、増えている!違うよ、お互いに1つ買おうって言ったんだよ。」
静が笑いながら答えた。
「さっきの挨拶、もしもお父さんまで来ていたら、いきなり家族コンプリートだったね。」
静が言った。
「えっ、お父さんも家にいたのですか?」
東山が少し驚いて聞いた。
「うん、いたよ。でもお父さんは、わざわざ出て来なかったみたいね。」
静が楽しそうに言った。
「お父さんの気持ち、わかる気がします。きっと、出て来られなかったんですよ…。
僕がお父さんの立場だったなら、多分僕も出て行けなかったですからね。」
東山がしみじみ言った。
「えっ、どうして?」
静が聞いた。
「見たくないんですよ。どうしてって聞かれると、答えにくいんですけれど…。
そうだなぁ、現実世界で娘の彼氏の姿を認識したくないという感じですかね。」
東山が答えた。
「お父さんも、昇の事はちゃんと知っているのに、そう思うものなんだ。」
静が不思議そうに聞いた。
「話で聞くだけと、現実にその姿を見るって事は、違うんですよね。うん。」
「昇さんの答えている話が、既にお父さんの側になっているよ。何だかおかしい。」
静が答えた。
「そうですね、結婚して、ちゃんと娘が出来てから心配することにします。はい。」
東山が答えた。
(結婚して…。私達の事なんだよなぁ。なんだかくすぐったい気持ちになっちゃう。
東山さん、付き合い始める時、言ってくれたものね。『一生幸せにします。僕と付き合って下さい。』って。最初は、いきなりプロポーズをされるのかと思って、驚いたんですもの。
でもそれ以来、今日までずっと変わらず優しくって…。
幸せなお付き合いってこういう事を言うんだろうなぁって初めて実感したのよね。)
「どうしました?なんだかニコニコ笑顔で僕の事を見ていますね。
もしかしてパパに向いていないですか、僕?」
東山が笑いながら言った。
「ううん、向いていると思うよ。でも、娘にお嫁さんに行って欲しくなさそうだなぁって。」
「そんな、お嫁さんに行くことを反対はしないですよ、多分…。
普通の人なら応援します。でも変な人なら絶対反対ですね。」
「そっか、やっぱりクリア基準があるんだね。」
「そりゃあお父さんですから。」
二人で笑いながら話していた。
「あのね、八景島って小さい頃の数年間は、家族で年間パスポートを持っていたんだよ。
遊園地のバイキングには、私達姉妹で10回位連続で乗って、親に感心されたりもしたんだよ。」
静が言った。
「それはすごい。そんなにベテランさんなら、今日は静ガイドで回りましょう。」
「それでは館内では、ガイドの指示にきちんと従って下さいね。」
「了解しました、ガイドさん。」
渋滞もなく、順調に八景島までのドライブを二人で楽しみながら移動していた。




