<第五十四話>気持ちを伝える
「日曜日じゃなければ、もう少しゆっくりと出来たのに、残念です。
いやいや。今日は動物園を一緒に見て回れたし、夕食までご一緒できて、本当に楽しかったです。」
動物園を出た後、早めの夕食を取りながら、東山が明るく言った。
「お互いに久しぶりの動物園でしたよね。私は、大人になってからでもこんなに楽しいんだなって思いました。」
静も楽しそうに話していた。
「僕もです。久しぶりにワクワクしました。
そうだ!次回は、水族館にも一緒に行ってみませんか?」
「素敵ですね。どの水族館に行きましょうか?」
「しながわ水族館はいかがですか?イルカのショーや水槽の下を通るエスカレーターが有名なんですよ。」
「いいですね。ぜひ行ってみたいです。
私は、生まれてからずっと横浜に住んでいたので、都内にあまり遊びに来た事がないんです。
だから東山さんがお誘いして下さる場所は、初めてが多くて嬉しいです。」
静が喜んで答えた。
「それじゃあ、先日お引越しされた場所には、あまり長く住んでいなかったのですか?」
東山が不思議そうに聞いた。
「ええ…。実は、一年住んでいないです。
社会人になってから、残業が多くて会社の近くに引っ越してきたのですが、事故に遭ってしまったり、ご飯をちゃんと食べていないようだと母から怒られてしまったりで、結局自宅に戻る事になったんです。」
静は、東山に嘘を付きたくなかったので、話せる事を、ゆっくりと言葉を選ぶように話した。
「そうだったんですか。一人暮らしは、全部自分でやらなければいけないので、忙しい人が急に始めると、かえって体調を崩してしまったりするんですよね。
それは大変な経験をしましたね。自宅に戻って元気になるといいですね。
それに、通えるようなら自宅から通うに越したことは無いですからね。
僕は、大学の途中から一人暮らしを始めたんです。社会人になってからは、会社の独身寮に入っています。最近は、盆と正月にしか実家には帰っていないです。」
「ご実家はどちらなのですか?」
「千葉です。同じ関東なのですが、大学院は実験時間が長くて、終電に乗れないことが多くなってしまったんです。
だから院の途中から、都内に部屋を借りることにしたんです。でも、修論で忙しい時に一人暮らしを始めたりしたので、実は僕も最初体調を崩してしまったんですよ。
僕は卒業するまで続けましたが、さっきの西谷さんの話を聞いて、その頃の事を思い出しました。」
東山が懐かしそうに話してくれた。
「すみません、くだらない昔話までしてしまいましたね。
遅くなってしまったら、月曜が大変ですよね。そろそろ帰りましょう。」
食事を終えてもゆっくりと話していて、随分と時間が経っていた事に気づいた東山が少し慌てて言った。
店を出ると、二人で駅に向かってゆっくりと歩いていた。
「今日一日、時間があっという間に過ぎてしまいましたね。」
静が名残惜しそうに言った。
「そうですね。今日はありがとうございました。」
笑顔で東山が言った。
「こちらこそ、どうもありがとうございました。」
静もお礼を言った。
別々の電車に乗り、しばらくすると、静のスマホに連絡が届いた。
『今日は、ありがとうございました。
すぐに連絡してすみません。メッセージを送ってみたくて…。』
東山からだった。
(すごい!東山さんは、会った後すぐに連絡をくれるのだわ。
男の人って、そういう事をしないのだと思っていたわ。
…だって、明は、会った後に私から連絡を送っても、返事がこなかったから…。
だからそういう事は、いつの間にかしないようになっていたなぁ…。
え~い、何をウジウジしているの静!
男の人によるのよ。当たり前じゃない。
むしろ、東山さんが私の感覚に近い人で本当に良かったわ。
これからは、私もメッセージを送ろう。
次回会った時は、絶対に私から送るぞ!)
静は、少し落ち込みそうになった自分を情けなく思ってしまった。
しかし、ちゃんと新しく幸せな気持ちになってから、東山にお礼のメッセージを送った。




