<第十話>晩ごはん
昼過ぎ。
『今日、早く帰れるから静の部屋に行くね。』
と明から連絡が入った。
この連絡を見て、(おお、ナイスタイミング。)と思った。
どうして?ですって。それは、異動の話をすぐに明にも教えたかったけれど、これは大切な話だから、やっぱり直接会って話したいなと考えていたから。
(そうだ、今晩は、夕食を作ってみよう。
最近、明から『会いたい』と連絡が入っても、ほとんど彼より早く帰ることは出来ていなかった。だから、大体彼はコンビニ弁当を先に食べて待っていた。よし、決めた。がんばるぞ。)
夕食は、肉じゃがにチャレンジしてみた。具を大きめに切ってしまったようで、なかなか火が通らないとバタバタしていた時、明が部屋に着いた。
「静、早いね。おっ!?しかも手料理を作っているの?珍しいじゃん。」
そう言いながら、部屋に上がった。
「おかえりなさい、明。」
私が料理をしながら挨拶した。
「じゃあ、僕の買ってきた弁当、明日の朝食にでも食べて。はい、あげる。」
とマーボー丼弁当をお土産に渡してくれた。
「お弁当ありがとう。明、もうちょっとだから、先に座って休んでいて。」
お弁当を受け取り、明に麦茶を入れて、テレビの前のテーブルに持って行った。
「気が利くねぇ。ありがと。」
明が笑顔で言った。
少し待たせてしまったが、準備が出来て、一緒に肉じゃがを食べ始めた。
そして、夕食を食べながら、私は異動が決まった話をした。
しかし、これから新しい仕事の内容を話そうとした時、彼はその前に話した他のポイントが気になっていたようだった。
「何?新しい仕事って、今より残業がさらに増えるの?」
明が聞いてきた。
「うん、そうみたい。実際にまだ仕事をしていないから、もしかしたら多少は違うかもしれないけれど、そういう忙しい部署だって言われたよ。だから、異動までの間、残業をしないでゆっくり休みなさいって今日は早く帰してくれたんだ。」
私は、明にそう答えた。
「そうか、上司が配慮してくれたから、早かっただけなんだ。静、いつも『今日は、彼氏と会うから』って残業を断らないのに、どうして今日は早いのかな?って不思議に思っていたんだ。うちの一般職の子は、普通にみんなそうしてるのにな。」
明が、少し意地悪そうに言った。
「えっ⁈ 明、私の残業の事、そんな風に思っていたの?うちの会社では、突然デートだからって帰るような人、私の周りにはいないんだよ。」
「それって、自分の会社は一流だから、そんな仕事に不真面目な人はいませんって言ってる?周りに彼氏がいない人しかいないだけじゃない?」
今日は時間が有るからなのか、明の話が止まらない。
「そんな風に言っていないよ。それに、彼氏じゃないけれど、小川さんは、新婚さんだよ。だからきっと、旦那さんとの予定が入って、私のように本当は早く帰りたい日もあると思うよ。でも、そうする人がいないって話しただけだよ。それに、事前に話せばちゃんと帰れるよって話して、会う約束をしたこともあるじゃない。」
答えてはいたが、なんだか空しくなってきていた。
私のグループには、確かに彼氏がいるのは、私だけだった。その話を明にしたこともある。でも明に残業の事やグループの皆の事をそんな風に思われていたとは考えたことが無かったからだ。
でも、せっかく珍しく明に早い時間から会えているのに、こんな気分のままでいたくなくて、話題を変えることにした。
「そうそう私ね、会議室に呼び出された時、実は、すんごい落ち込んでいたんだよ。どうしてかと言うとね、…」
でも勘違いだったのって落ちの笑い話をするつもりだった。明もそれを笑ってくれると思っていた。
ところが、明は、係長と口論になってしまった事が、話の中の重要なポイントとなったみたいだった。
「えっ、職場で上司に怒ったの?その一週間後に異動だなんて、静が思った通り、それはどう考えたって左遷だな。だから、残業も増えちゃうんだ。」
明の反応は、びっくりする位冷たかった。
「ううん、違うんだって。だからね、私も最初は左遷なのかな?って思って落ち込んでいたんだけれど、発令を言ってくれた課長が、私の性格に合う仕事に異動にしたんだって言ってくれたんだよ。前からちゃんと考えていてくれた話だったんだって。」
私は、明に課長から言われた言葉をもう一度ちゃんと伝えた。
「そりゃあ、面と向かって左遷かって聞いてくる人間に、ズバリそうですって言う上司がいる訳ないじゃん。それは社交辞令だよ。一般職が総合職に逆らうなんて、静君、きみの会社人生は、これで終わったなぁ。」
明は言った。
「なんでそんな風に変に茶化したりするの?私が企画に異動になった事って、明は本当に左遷だって思うの?そもそも企画って、確かに忙しいけれど、うちの花形部署なんだよ。左遷された人が行くような部署なんかじゃないよ。」
「ほら、すぐにそうやって言い返してくる。そういう所が庶務係長の逆鱗に触れて、異動になったのに、反省の色が見られないね。」 冗談で言っているのかもしれなかったが、明は、もう私の話をちゃんとは聞いてくれなかった。




