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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界を旅し世界を見つけ、─私─を探す

作者: 村本鹿波

短編リハビリです

 生まれてから少しして目覚めた自我。それは以前の、そう本来の体の持ち主である人物を食いつぶすようにして誕生した。いや、追い出したが正しいのかもしれない。


 以前の精神が、心がどうなったかはもうわからない。きっと消えてしまったのだろう。もう体の持ち主は自分だ。それに罪悪感を覚えるかと問われれば否だ。なぜならこの世界ではそんな人物であふれかえっているのだから。


 鳥のさえずりが朝の目覚めとなる。ベッドから体を起こし窓の外を眺めれば朝の光が村を照らしているのが良く見える。


「ライカー! おきなさーい!」


 階下から女性のよく通る声が自分を呼ぶ。


「おきてるよかあさん!」


 ベッドから下りて一階へと下りるとすぐさまリビングへとたどり着く。そこに併設されているキッチンでこちらに背を向けて料理にいそしむ母さんの姿を確認できる。下りてきたことに気づいたのかすこしだけ顔をこちらに向け笑顔を浮かべると


「おはようライカ! さあ顔を洗ってきなさい。今日は祭りの日だから忙しくなるわよ!」

「忙しくなるって今年はウチは何も役目ないだろ」

「何言ってんの! 楽しむって大事な役目があるでしょ! ほらしゃんとするために顔を洗って席についてご飯を食べる! スタート!」


 ぱん、と料理道具を置いて手を叩く。こうしたら母さんの言った行動をしなければならない。一つの決まり事だ。といっても無理難題に使ってくることはない。大人しく洗面台に向かう。


 鏡の付いた洗面台で顔を洗い鏡をじっと見る。そこに映るのはいつもと変わらない黒髪が短く切り揃えられた自分。最初は違和感が少しあったが今はもう自分は“ライカ”なのだと確信を持てる。


 この世界にはいわゆる転生者という前世の記憶を持つ人物がいる。俺もその一人の《記録保持者(レコーダー)》に該当する。この《記録保持者》はある日突然前世の人格が現れる。前世のことはあまり覚えておらず漠然と以前違う自分だったことがわかるだけだ。そしてさらにこの《記録保持者》になると魔力が増え国から重宝され将来的にそれぞれの国から中央の都市へ招待され栄光の道を歩むことになる。


……ずるいような気もするが選ばれた人間であることに優越感を覚えないわけではないが自分以外にもそれなりにいる。この小さな村にもライカ以外に5人いる。特別感はこの先大勢の彼らと出会うことで失うことは目に見えている。


「それでも将来が確約されているのはありがたい。母さんに楽させてあげられる」


《記録保持者》の家族も中央に招待されそこで安泰の生活を送ることができる。三人までだがそれでもありがたい制度だ。父さんは行商人としてあちこちを旅しているからほとんど女で一つで俺のことを育ててくれている。何か少しでも母さんに返したいのだ。


 タオルで水気を取りリビングに戻る。するとそこには既に料理が並んでいた。


「いい顔してんじゃん! 今日はいつもより張り切ったからね! さあ、朝ご飯の時間だよ!」

「はいはい」

 

 朝から元気な母さんに呆れながらも席に着けば満足げに胸を張り向かい合わせに席に着く。


「手を合わせて──いただきます!」

「──いただきます」


 元気な朝の始まりだ。





 朝食を食べ終え皿を洗う。片づけは俺の担当になっている。面倒なので魔法を使って泡立たせ水で流し乾燥もやってしまう。ちょうど選択で母さんがいないのでできる。これぐらいは魔法なしでやりなさいと言われ怒られる。確かにこれぐらい面倒がっちゃダメってのはわかるけど簡単だからどうしても使ってしまう。一通り終わったところで一息つく。ちょっと時間をおかないと魔法を使ったとバレるからだ。


「かあさーん、洗い終わったよ」


 外で洗濯物を干している所に向かう。


「本当!? いつもありがとうね。これから祭りの準備手伝いに行くんだっけ?」

「うん。ゴウキの家今年担当だからそこの手伝いに行ってくる」

「そうだったわゴウキくんの家が担当だった。保冷庫に昨日作った料理が余ってるからおすそ分けにもっていってあげて」

「りょうーかい」


 洗濯物を手早く干しながら指示を出す。やっぱりすごいと思う。ここまで早く干せない。それも喋りながらなんて。確かに母さんなら魔法いらずと思いながら家に戻り保冷庫を覗けば昨日の残りがあった。それを持って外に出る。


 いつもより人が活発に動く今日。祭りの設営準備に木材や布を運ぶ住人が行き来している。その横を挨拶をしながら通り抜け目的の家にたどり着く。ライカの家より広い家は大工として働く父親がいるからだろう。


 ドアノックで扉を叩く。少しして力強い返事と共に玄関が開く。そこにいたのは筋骨隆々の男性。ゴウキの父親でこの村の唯一の大工だ。


「ん? ライカくんじゃないか。どうしたって……ああ、手伝うと言っていたな。来てくれてありがとう」

「いえ、今年何も担当してないんで。ゴウキはどこに」

「ああ、あいつは祭りの方で設営に入っている。私はここで資材を運んでいる。まだゴウキでは多く持てないのでな」


 ゴウキも力持ちだがゴウキの父親は他と比べ物にならないほどだ。魔法でも使ってるかと思ったが使わずとのことで驚いたのを昨日のことのように覚えている。


「あ、そうだこれ昨日の残りです。ゴウキと昼か夜のご飯のお供に」

「ああ、いつもすまないな。フィオネさんにお礼を伝えておいてくれ」

「ちゃんと母さんに伝えておきます。それじゃ、俺ゴウキの手伝い行ってきます」


 頼まれたものも渡せたのでゴウキのいる神殿の方へと向かう。


 祭りで行うは神殿に住まうとされている女神さまへの感謝を伝える日。今年一年も元気でしたと楽しい風景をお届けするのだ。


 神殿に向かう参道では住人たちが屋台の設営にいそしんでいる。そこの一角でライカと同じくらいの年齢の襟足の長い茶髪の少年が軽々しく角材を嵌めていく。


「ゴウキ! 手伝いに来たぞ!」


 その少年、ゴウキに向かって声を張り上げる。するとこちらに気づくや否や快活な笑みを浮かべ白い歯が輝いてるのが良く見える。


「ライカ!──よっと。本当に手伝いに来てくれたんだな!」


 組みあがっていた角材から軽々と飛び降りるとライカの目の前までやってくる。服の上からでも鍛え上げられた体だとよくわかる。嬉しそうのライカの肩をばしばしと叩いてくる。本人にとっては軽くなのだろうがやられている側にとってはそれなりに衝撃が来るのでやめて欲しいが昔からなので慣れたものだ。


「今年は何もないからな。お前のところは他の所も手伝ったりして毎年時間かかってるだろ」

「ははは。まあそういう家だから仕方ない。骨組み手伝ってくれ」

「おうよ」


 角材に手を伸ばして肩に担ぎ角材を嵌めていく。接着剤などを用いず組み合わせにより強固な者へとしていく。ちょっとやそっとの衝撃では倒れない。よく揺れはするが。


 魔法でバランスを取って運ぶ。肉体自体を強化してもいいがそれだと角材を破壊しかねないのでできない。動きやすいように重さの調整だけで済ませる。


「よし、組み立て終わったな。俺の家はここだけだだ。他も手伝わねえとなあ」


 骨組みが完成した。あとは別の人がここに布をかけるだけになる。


「そういえばここは何の建物になるんだ?」

「ん? ああ、ここは奉納殿になる。祭りの時食べ物わすれんなよー」


 供物として何か食べ物を捧げることになっている。そして最後に供物で村人全員で料理を作る。


「ってなると、ここには台所が出来上がることになうわけだな……」

「そうだ。だからさっさと次に──」


 ライカが何かに気づくとゴウキが次の場所へと急かそうとしてくる。だが遅かった。


「ライちゃん! それにゴウキくん!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ライカの愛称に続きとんでもない音量でゴウキの名が呼ばれる。それにゴウキの顔がさあっと青ざめていく。ライカが声のする方を見れば青髪のショートカットの少女、クルリルがきらきらとした目をゴウキへと向けていた。


「クルリルもしかして今年の設備担当って……」

「ウチだよ! ゴウキくんが建ててアタシが内装をする! 完っ全に共同作業だよね! 結婚だね! 子供は何人がいいゴウキくん!」


 早口でゴウキへとまくし立てる彼女の通常運転。ゴウキ以外に対しては何ら問題はないのだが昔からゴウキ一筋でこの調子なのだ。


「あ、そうだライちゃん。今年はライちゃんのお父さんは帰ってくるの?」


 思い出したかのようにクルリルが訊ねてくる。この通りゴウキ以外に対してはなんら問題はない。自分から視線が外れたゴウキが胸をなでおろしている。


「あーどうだろう。いつ帰ってくるか俺らでもわからないからなあ。連絡の一つでも寄こせばいいのに」


 便りがないのは元気な証拠というがまじで何一つないのはどうかと思う。


「えー来ないのお? いつも帰ってくるとき珍しいもの売ってくれるから楽しみなんだよね。確か最後に帰ってきたのって」

「二年前の今日」

「そうそう! それで祭りの屋台が並ぶ中で一人だけキャラバンで使ってる荷台で出店してたもんね!」


 そうだ突然二年前帰ってきては家族におかえりを言う前に参道に並んで商売を始めたのだ。他の人から母さんと一緒に急いでそこに行って顔を見れば


『二人ともただいま』


 なんてのんきに言うもんで怒る気力がなくなったんだっけな。思い出すと腹が立ってきたな。


「クルリル! はやくこっち手伝いなさい!」


 先ほど二人が組み立てた中からクルリルを呼ぶ声がする。


「はーい! ママ今行く!」


 呼ばれたクルリルが骨組みの中へと消えて行ってしまう。


「はあ……本当あいつなんなんだよ。次行こう。いつまでもここにいたらあいついつかまる」

「ほんとお疲れ。もういっそのこと付き合えばいいだろ」


 悪くない提案だとおもうんだけど。しかしゴウキはそうは思っておらず腕をさする。まじでないから、とすたすたと次の場所へと行ってしまう。


「ああいう風に好意を向けられるなんて珍しいと思うんだけどな……」

「うん? 何か言ったか?」

「なんにも言ってない」


 確かな圧を感じた。そんなにいやなのか。まあ毎度あんな調子じゃ嫌にもなるか。憂いは去ったとばかりに軽い足取りのゴウキについて行く。それから作業はお昼過ぎまで続いた。完成した骨組みに布がかぶされ簡単な家にも満たない屋台がずらりと並ぶ。


「二人ともお疲れ。ほら水分をしっかりとれ」


ゴウキの父親が竹筒に入った水を渡してくれる。果汁が入っているのか甘酸っぱく疲れた体に染み渡る。これから夕方から祭りが始まる。そうすれば周辺の集落からも人がやってきて今より人が行き交うことになる。


「祭りもこれで最後か……」


 ぽつりとゴウキがこぼす。その言葉通り俺にゴウキそれとクルリルは今年15、来年で16となる。それと同時に中央に行くことになる。《記録保持者》として。寂しさはもちろんある。けれどそれ以上に母さんのためと思えばなんてことない。またこの村に戻ってくればいいだけの話だ。残りの飲み物を一気にあおる。


「最後なんだから目いっぱい楽しまないとな」

「……そうだな! 屋台の方はうちは出さないから一緒に遊び尽くすぞ!」


 湿っぽさが一瞬で吹き飛ぶ。ゴウキもここから去るのが嫌なのだろう。特に争いもなく穏やかなこの村は住んでいて心地がいい。沢山の物にあふれているわけでもないが波もなく危険もない。いつまでもここにいたいが国の決まりには逆らえないし悪いことばかりじゃないしな。


「俺一旦家に戻って母さんにお前と回ること伝えてくる」

「おうわかった」


 ゴウキと別れて神殿から離れ参道を歩く。神殿は村の外れにあるので家に戻るまでには少し時間がかかる。参道を抜け村の方に顔を向けた時

──ガサガサ

 すぐそばの林から生き物がいる音がする。ウサギがタヌキか匂いにつられてきたのかとさして気に留めることなく足を進めようとすると

──ガサガサガサガサ! バキバキバキバキ!

 ばっと振り返り構える。多少は魔法が使える。明らかにこの音は小動物のものではない。太い枝を踏み割る音が混じっている。ごくりと唾を飲み込む。まさかこんなところに凶暴な生き物がいるとは思えないが。つーと緊張で汗が顔を伝う。音がだんだんと大きくなるにしたがって影が見える。それは人と同じくらいの大きさだった。


「…………」


 何が来るかと待ち構える。影がそこまでせまり茂みから姿を──


「──ああ、よかった人がいた。すまない、君。今日ここで祭りがあるみたいなんだが案内してくれないかい?」


 現れたのは人だった。腰まである少しクセのあるくすんだ茶髪を持った長身の女性。そして何かを押して出てきたのだ。よく見ればそれは


「バイク?」

「おや? ここいらでこいつを知ってるなんて物知りだな。そうだ。魔力で走る乗り物だ」


 以前父さんの商品の中にあり訊ねたことがある。隣国で開発されたものでまだ国外まで流通が進んでいない珍しいものだ。ということはそこから観光でやって来た人なのだろうか。確かに服装もこっちでは見たことないものだ。それにしても


「どうして林の中から?」

「道すがらここで祭りがあると聞いてやって来たんだがどこから入ればいいか分からなくて。声のする方に行けばたどり着けるだろうと思って進んだがあってたみたいだな」


 うんうん、とあどけなく笑う姿にびっくりする。大人な雰囲気が突然少女のような幼さを醸し出してきたのだ。だがそれも一瞬ですぐさま律された顔つきになる。


「君はここの村の子かい?」

「そうですけど……」

「うん、今日は運がいい。さっきも言ったが祭りの案内を頼みたい。初めてここに来るのでね」


 怪しい。まず最初に出た感想はそれだ。突然林から出てきた他国の人間。物盗りの類で偶々見つかって適当な嘘をついてるのでは勘繰る。しかしそれにしてはあまりにも目立つ格好でもある。監視として案内をすればいいのではないかと思い至る。人の目があれば堂々とはできないだろうし。


「いいですよ。ちょうど今年の祭りの担当ではないですし」

「本当かい!? いや助かるよ! 君はいい子だな。こんな見ず知らずの人間に優しくするとは」


 またも先ほどと同じようにあどけなく笑う。不覚にもそれを可愛いと思ってしまい腹立たしい。


「ちょっと待ってもらっていいですか。今日一緒に回る友達にいけないって伝えるので」

「ああ、それは悪いことをした。あとで謝らなければな」


 素直に反省をする様子にさすがに悪人でないと気づき始める。しかし油断させるためもかもしれないと思うことにする。


 ゴウキの姿を思い浮かべる。上手くいくといいけど。


『──ゴウキ、ゴウキ』

『──ん? ライカか。突然通信してくるなんて誰かと思った。それで、どうした?』


 よし! 今日は上手くいった。魔力を使っての通信。中々安定しないが今日は調子がいいみたいだ。相手の声もはっきり聞こえる。


『祭り一緒に行けなくなった』

『まじか。まあいいよ。祭り自体に来れなくなった感じか?』

『いや、父さんの知り合いがちょうど来て案内を頼まれたからそれで一緒には行けない』

『おっけわかった。それにしても今日は上手くいってるな。くく。』

『うっせ』


 ぶちりと通信を止めて女性を方を見る。すると彼女は目を見開いてライカを見ていた。


「驚いたな。その年で魔法での会話ができるのか。君はもしかして《記録保持者》かい?」

「あ、ああ……」


 ずい、と寄ってきて顔を近づけてくる。そんな珍しいものでもないのにこの食いつきようはなんだ?


「ああ! やはり今日はついている!」

 

 たまらないとばかりに喜ぶ目の前の女性。


「なあ、祭りの案内の前でも後でも構わない。ぜひとも君の世界──前世を私に描かせてくれ」





 ひとまず女性を家へと連れて行く。バイクを持って祭りは邪魔でしかない。かといって放置できるものではないので父さんが返ってきたときのための荷台を置くための小屋、というより家だが一旦そこに置いてもらうことにした。

 母さんは夜の料理の準備をしているのか家から物音がする。


「行商人というだけあってやはり大きいな。ふむ、いろんなものが置いてあるな」


 小屋に置かれたよくわからないものを眺めてはふむふむと頷いている。触ってもいいかと聞かれ危ないものか確認して大丈夫なものだけ許可を出した。


「祭りに行くんだろ。ほら」

「そうだったそうだった。」


 既に敬語は消えていた。年上だろうがなんとも幼さを感じて友達に対する口調になってしまう。相手も特にそれを気にしている様子もないのでいいかとざっくばらんな言葉遣いになっている。


 村の中を二人で進んでいく。既に祭りは始まっている。他の集落からやってきた人も大勢やってきて道には沢山の人でせめぎ合い動きづらいことこの上ない。


「これは予想外の人の多さだな」


 群種の中では高い方の隣を歩く人物は遠くまで見渡しそう感想をもらす。まだ成長期途中だと恨めしそうに見上げる。ん、と気付くとあそこ少し人が少なそうだと親切に教えてくれる。


 人の流れに沿って神殿へと向かう。参道にたどり着けば昼間組み立てた骨組みたちに布がかぶされ屋台が立ち並んでいる。基本的にそれぞれに職業にちなんだものを販売したり簡易な遊び場を提供している。ご飯の類はつまめる軽いものばかり。夜に本番という晩餐があるのでそれまでに腹はしっかり空かしておかないと。


「あれはここら辺の食べ物か?」

「おやつに出されるもの。あんまり食べ過ぎるなよ。夜が本番だから」

「わかってる。だが安心してくれ。こう見えても食べ盛り育ち盛りでね、いくらでも食べれるさ」


 好奇心を抑えずに屋台へと並ぶ。これは注意しないと。一緒に並び順番が来た際は遮るようにしてライカが頼んでいく。後で訊けば想像の倍を田尾網としていたので恐怖でしかない。夜食べれなくなるところだと注意しても大丈夫だと変な自信を見せつけてくるばかりだった。それでもライカの言うことは素直に聞いてくれていた。


 一通り屋台をめぐり終えるとやっと満足したのか人の波から外れて休憩所で腰を下ろす。


「つっかれた……」

「すまない。こう初めて見るものばかりでついついはしゃいでしまったよ」


初めてということはこの国に来てまだ間もないということか。それにしてもまだ成人してそこまでしているわけでもないだろうにあちこちを旅、それも一人でなんて一体どういった理由なのか気になってきた。


「疲れているところ申し訳ないがぜひとも君の前世を教えて欲しい」


 きょろきょろと見渡すとライカの耳元へと顔を近づけてくる。見知らぬ女性に近くまで寄られたことないライカは固まる。


「──できれば人のいないところで」


 びくりと肩が跳ねる。吐息にかその発言にか。その両方か。


「わ、わかった……こっち」


 ライカが素直に人気のないところへと案内すれば彼女は嬉しそうに笑う。それは本当に無邪気で子供としか思えない。


 ライカが連れてきたのは神殿とは真逆の方にある広場の一角。ちょうど死角になっている場所があり隠れるのにはもってこいの場所。さらに祭りで人が来ることもない。そこに腰を下ろすとぱんぱんと女性が軽く手を叩いた。何が起こるのかドギマギしていると現れたのはスケッチブックと木炭だった。


「さあ! 君の前世のことを私に詳らかに教えてくれ!」


 意気揚々と声を上げる目の前の人物。スケッチブックを開き木炭を片手にライカに期待の眼差しを向けている。どうも様子がおかしい気がする。なんかこうもっとイケナイことでもするような感じだったのでは?


「どうした? 早く教えてくれ。待ちきれないんだ」

「あのさ……俺の前世の話聞いてどうするんだ?」

「どうするって、見ての通り絵を描くんだ。最初に言っただろう君の前世を描かせてくれと」


 何をいまさらと呆れた表情を向けられる。

 確かに! 確かに言ってたけど! 人のいないところとか言われたら期待するだろ!

 自分の勘違いにひたすら恥ずかしくなる。目線を下に向け顔を見られないようにする。暗くてよかった。絶対今真っ赤だ。


「……前世って前のことってわけだよな」

「そうだ。君達《記録保持者》が覚えていることなる記憶のことだ」

「そんなん聞いてどうするんだよ」


 聞いたところでなにもない。それに前世の記憶をそこまではっきり覚えている奴は少ない。なんとなくこんな記憶がある。確かこんな感じと曖昧なものだ。何かが得られるわけでもない。じっと相手を見ていると観念したかのように息を吐き話始める。


「──私も《記録保持者》でね。でも他と違って前世のことを何も覚えていないのさ。朧気とかではなく一切まったく、だ。」

「そういうこともあるんじゃないか?」


 もう昔のことで思い出せないという類かもしれない。


「いや、本当になにもわからない。自分が何者であるか。自分の核がないんだ。だがその代わりか。私はこの本来の持ち主とほんの一瞬邂逅した。そしてどこか遠くへとこの肉体を離れていってしまったんだ」

「本来の持ち主……」

「私は自分の前世を知るために色んな前世を聞いて回って自分の前世を探している。きっと同じ世界だったのがいるんじゃないかと。そしてこの世界を旅してこの体の持ち主を探している。きっとこの世界にいると。だって世界はこんなにも狭いのだから」


 そうしてスケッチブックをとんとんと叩く。


「……わかった話すよ。でももしかしたらこれは俺の妄想かもしれない」

「妄想? どういうことだい?」

「俺も他と違うんだ。俺の前世の記憶はある。けど人格はそのままの俺で何一つ変わってない。周りの同じ年の《記録保持者》の奴らは突然人が変わったのに俺だけ何も変わらなかった」


 ある日脳に焼き付く知らない場所。それと魔力だけを授けて終わったのだ。これが前世。だけども俺がライカであり何も変わってないということはすぐ気づいた。周りは何も気づかなかったからだ。だからそれから俺はできなかったことをするようになった。以前の自分ではできなかったことを。母さんに優しく。周りの手伝いを。困惑されたが喜ばれた。以前のライカとは大違いだと。


「俺は何も変わってない。ただ変わったように演じているだけで。だからきっと《記録保持者》じゃない……ごめん。期待外れで」


 期待に応えられないのが嫌だった。臆病者だった。きっと呆れられさっさとこの場から去るんだろうなと思うと顔を伏せて何も見ないようにする。


「……ふむ。そういうこともあるのだな。変わってないと、君は言ったが変わっているだろう。その通りならちゃんと変わる努力をした。以前と違うならそれは確かな変化だ。──優しいな君は」


 さも当然と言い切られる。表情に変化はなくただ彼女なりの分析により導き出した答えなのだろう。だから──その言葉に疑う余地がないのは。


「さあ、それで話してくれるのかい? いや話してくれ。他と違う君の記憶。ぜひとも私に描かせてくれ」

 

 一貫した態度。もういいだろうと待ちきれない様子だ。なんだか心が軽い。礼になるかわからないけど。


「わかった。話せる、覚えている範囲だけどな──」


──ここではないどこか。視界には一杯の植物が広がっていた。性別がなくそれぞれの植物が絡み合い支えるようにして存在している。


 そこまで話すと一旦待ってくれと言いものすごい勢いで木炭を走らせる。それに迷いはなく、おぼろげな景色の話だというのにライカが見た景色そのままを描いていく。まるで映像を見ているかのように。一呼吸で描き終えると顔を上げてライカを見る。その顔は瞳孔が開き薄く口を開く怪しく笑っていた。


「さあ、君の世界を見せてくれ──」


 風が吹く。一体どこからと巻き上がる前髪の感覚に下かと見ればそこは地上ではなかった。広がるのは広い大地にひしめく命を、意思を持った植物たち。そう、それは自分の前世──


「な、な、な」


 突然のことに言葉が出てこない。これはなんだと隣を見れば陽気な女性が眼下を楽しそうに眺めている。


「お、おい! これなんだよ!」


 絶対こいつのせいだと確信した。こいつが何かしでかしたに違いない。


「あはは! 驚くよな! これは私が使える唯一の魔法! 前世の記憶を頼りにそれをスケッチブックに描くことで他の者とその記憶を体験できるのさ!」


 両手を広げ誇らし気に宣言する。


 魔法だって? こんな魔法聞いたことがない。こんな世界を丸ごと作るような魔法。


 宙に浮く二人の下では今まさに生命がうごめいている。切り抜かれたワンシーンではなく映像、いや実際目の前でそれを認知している。


「さあ、君はどこにいるのか。下りるぞ」

「うわっ」


 腕を掴まれ下へと急降下する。ぐんぐんと地面へと近づいていく。このままでは死ぬと目を瞑るとふわりと体が浮き上がりゆっくりと地に足がつく。


「目を開けていいぞ」

「……おま! 何か言ったらどうだ!」


 きっと隣のやつを睨みつける。すまないすまないとさして気にもせず笑っている。こっちはまじで死ぬかと思ったのに。隣のやつは放っておき周りを見渡すと記憶通りの景色で今まさにあの頃に戻ったのではないかと錯覚してきてしまう。そういうえばあの記憶で俺はどんな姿だったんだろう。


「さて、君を探すと言ったがそんな必要もなくなったな」


 そんなこと言ってたな。必要がなくなったとはどういうことだろうか。もしかしてもう見つけたのか。


「君は確かに《記録保持者》だ。しかし、まあ……こんな可愛らしいものだったとは」


 可愛らしい一体どういうことだと首を傾げる。そこで視界に蔦が動きライカの顎に、いや枝に添えられる。異なる感触、動作になんだと下を見ようとすればガサガサと葉が擦れる音がする。見ればそこには幹があった自分の体があったところに。


「は……え?」


 理解が追いつかない。一体どういうことなんだと固まりながらもなぜか今の状態がしっくりくると感じてしまう。


「ふむ。君の前世は植物だったのか。ふむ……立派なうろがあるね」


 その言葉通りライカの体には人がすっぽりと収まる大きなうろがある。何もないただの空洞。本来今のライカであればそこは腹があった場所だ。何もないのが落ち着かない。


「そこに入れそうだな。私を運んでくれないかな。楽しそうだ」


とためらうことなくうろの中へと腰掛ける。


「あ、おい! 勝手に座るな!」


 慌てるがそんなことおかまいなしにさああっちに行こう! とどこかを指さす。その先には巨木が確認できる。それなりに距離があるが他の木々を優に越す巨大な樹だった。うろにはいるのは初めてだと、ぺたぺたと体を触られる。違和感があるもののどこか落ち着く感覚にライカは彼女の言葉通りにそちらへと根を動かしていった。


 まるでそうするのが当然のごとく進んでいく。ずるずると地面に線を描きながら進んでいく。


「いい眺めだな。それにひんやりしてとても気持ちい。眠れそうだ──」

「──寝るな!」

「うわ! 突然大きな声はおどろくじゃないか。眠気も飛んでしまった」


 なぜだか寝る、それにとてつもない恐怖を抱いた。もう二度と起きないと本能的に思ってしまった。少し不機嫌になりながらも進んでいく。なんでだろうか。あの大樹にたどり着きたいと足が自然と動くのだ。


 草木をかき分け大樹の元にたどり着き見上げる。遠くからでもわかるその大きさは目の前に立つことでその真価を如実に感じてしまう。


──なんて力強い、生命に満ち溢れているんだ。


 ただただ二人はその大きさと力に圧倒され言葉を失い口を開けていた。


「ん? まて、あそこに誰か──」


と指示した先には巨大な樹のうろ。そしてそこに何かを守るように蔦が張り巡らされていた。決して外から見えぬよう。決して傷つかぬよう。どうしてだろうか。それを見ると心がざわざわするのは。どうしてだろう今同じように自分のうろにいる人物を守ろうと思うのは。腕──枝を伸ばしてうろにいる彼女を隠そうとしたところで


 ぐらり、と視界が歪む。急速に地面から離れていき体が元の人の姿に戻り彼女と離れる。


「ああ、もう時間だったな。あはは、驚いているみたいだな。こんなのいつまでも維持していられるわけないだろう」


 快活にさも当然と言い放つ目の前の人物。


「──だからぁ……先に言え!!」


 空へと吸い込まれる木霊。さあ元の世界へと戻る時間だ。



 既に祭りの終幕に向かう時間。鼻腔に漂ってくる腹を空かせる匂い。真っ暗な場所に戻ってきていた。まず最初に自分の手足を見る。そこには間違いなく指があり動かせる。問題ないようだ。


「いやあいいものが見れた! ありがとう!」


 スケッチブックを閉じると立ち上がりライカを見下ろしながら満面の笑みでれを述べてくる。心底嬉しいという無邪気な表情に固まってしまいながらも喜んでもらえてよかったと胸をなでおろした。


「やはり君は《記録保持者》だ。君にとってっも収穫になっただろ? ふふ、植物だけの世界は初めてだった。やはり世界はたくさんあるのだな」


 夜空を見上げながらまだ見ぬ世界に思いをはせているのか。その顔は精悍でかっこよかった。


 


 そのあと祭りに戻り大料理を一緒に食べた。クルリルがゴウキにご飯を食べさせようとし断れ続けられる様子を見ながら村人全員で笑い合った。料理も食べ尽くせばそれぞれの家へと戻っていく。片づけは明日の朝から村で総出で行う。


「さて、私はもう去るとするよ。他の《記録保持者》とも話したいが……いや、しばらくは君だけで満足だ。うーんこんな心が満たされるのは初めてだ」


 村の入り口でバイクにまたがりながらゴーグルを装着をする。


「俺も……お前と会えてよかった。ちゃんと《記録保持者》だったんだな」


 心のつっかえが取れたのだ。きっと目の前の人物がいなかったら無理だった。


「確かにそうだ。でも忘れるな。変わったのは君が変わろうとしたからだ。前世の記憶による変化よりもすごいことだ。」


 前を向きハンドルを捻る。エンジンがけたたましい音を立て白い煙が漏れる。


「そうだ……名前、名前なんて言うんだ?」

「──名前か……あーそれは次会うことがあったら教えよう!」

「は? ちょ、まて──」

「ではまたな! ライカ!」


 ぶうんとさらにエンジンをふかすと大地を駆けぬけ一瞬で見えなくなってしまった。風邪かいや竜巻か。嵐のような勢いしかない人物はそうして目の前から消えてしまった。結局名前がわからないまま別れてしまった。

 まあ、あいつが言った通り世界は狭いんだ。きっといつか会うさ。



 そう思い一年が経った。中央の都市へとやってきた。ここで将来国に貢献するために《記録保持者》が集められた学園で様々なことを学ぶのだが──


「なんでつかまってんだよ!」

「やあライカ。身分を示す者がなくてな。そうだあの時次会ったら名前を教えると言ったな。あれは嘘だ。残念なことに私は自分の名前を憶えていないのだ!」


 両手を拘束されたいつかのあいつが変わらぬ笑顔でそう言い放つ。


「確かに世界は狭いけど! 狭すぎだろ!」


 中央の都市にライカの叫びが響く。さてこれから二人の関係はどうなるか。それを知るのは彼らの世界だけだ。

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