少女
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
話はスローテンポで進んでいきます。
シャロン様、シャロン様。
頭の中で声が聞こえたような気がした。
そうだ俺はシャロンという名前だったな。
長い眠りの為か、自分の名前でも再度確認しなければならないほど、まだ頭は正常には動いてはいないようだ。
懐かしい響きと共に様々なことを思い出した。
俺は《人類再生計画》の為にコロニーの中で眠りに着いた。そして、未来の地球が人類にとって住みやすい環境になってから目が覚める手筈である。
目の前の少女は一体誰なのだ?
それにしても、なんてみすぼらしい格好なんだ。コロニー内にはもっとまともな服がないのか。
そのようなことを逡巡しているとふと、おかしな点に気づいたのだった。
なんだ、あの頭に生えてる角のような物は?
以前に歴史書で見た事のある、悪魔と呼ばれる怪奇な伝承の生物に似ている角。
それが、見た目14歳程の少女の頭から生えていたのだ。
「君、その格好は一体なんの真似だ?」
咄嗟に俺は質問した。
「ッア ……」
少女は口をもごもごさせながら聞こえないような声で何かを話している。
まぁ、突然に機械から人が全裸で出てきたら驚きもするか。
そのようなことを考えながら、生命維持装置に備え付けてあるロッカーから服を取り出そうとした。
えっ?
今まで、目が覚めたことによる混乱と頭が働いていなかった状況から気が付かなかったが自分が入っていたであろうコールドスリープ装置が部屋の奥に叩きつけられるような形で置かれていたことに気がついた。
急いで辺りを見回してみる。
すると、なんということだ。他の人達が入っているであろ装置が何者かによって荒らされたのか、自然災害にでも見舞われたのだろうかと言うほどぐちゃぐちゃに散乱しているのである。
俺はひとまず、近くにあった装置を急いで覗いて見た。
幸いにもその装置は既に解放済みであり、中に人はいなかった。
そして、周りにある装置も全て解放済みであることにも気づいた。
俺はコロニーいる同胞が怪我をしていなかったことに安堵した。
装置の下敷きになっていたロッカーから自分の衣服とT-230のコアチップを取り出し見に付ける。
そして、先程から放置していた少女にもう一度話しかけた。
「君は一体、いつ目覚めたんだい?ここにいた人達はどこにいるのか知っているか?そもそも、何で角なんてつけているんだ」
畳み掛けるようにいくつか質問を投げかけた。
「……。」
少女は何も喋らない。
俺は少しの苛立ちと共にこの空間が妙におかしいのではないかと感じていた。
「君、なんか返事でもしたらどうなんだい?」
更に少女へと問いかける。
「------!」
少女は少し大きめな声で喋った。
しかし、俺には何を言っているのか全く理解することが出来なかった。
「あれ?おかしいな。自動翻訳機能がこのコロニー内でも使えるはずだったのに、長い時間が経ちすぎて故障でもしたのか」
「------!」
少女が続けざまに何かを話しているが、言葉を理解出来ない俺は何も返すことが出来ない。
「分かった。分かった。とりあえず、このコロニーにいる他の人達を探そう。もしかしたら、自動翻訳装置が使える場所があるかもしれない」
少女にジェスチャー混じりで話しかけると俺はセントラルホールの方へと歩みを進めた。
----○○○○----
セントラルホールに来てみたが、人の気配も感じられない。
中央にある大型モニターには現在の時刻と室内の温度・湿度といった表示がしっかりとされていた。コロニー内のエネルギーも問題はないようだ。
人間がナノクロームと共に永久機関を発明したおかげで電力、水、火といったエネルギーが切れる心配も無くなった。
永久機関の名前はヒューズシステムという。
空気内に素粒子よりも小さな物質として流れている。
それを様々な媒体が取り込むことにより、エネルギー変換を行い、電力などを生み出している。
ヒューズシステムの源は宇宙空間にあるスペースステーションから絶えず送られ続けている。枯渇することはない。
エネルギーの無事を確認した俺は後ろを振り向いた。
先程の少女が裸足でぺたぺたと歩きながら俺の後ろを付いてきていた。
見たことも無い世界でもあるのか、彼女はキョロキョロと周りに目を動かしている。
「そんなに、珍しいか?元々の地上にだって同じような施設はごまんとあっただろうに。まるで別世界を見るようにそんなキョロキョロしなくても」
俺の声にビクッと肩を強ばらせ、こちらを見つめてくる。
その時、
ぎゅるるる
という音が小さい女の子から鳴り響いた。
少女は顔を赤らめながらお腹をおさえてしゃがみ込んだ。
そういえば、目覚めてから何も口にしていなかったよな。
そう思いながら、少女に近いづいてしゃがみながら話しかけた。
「お腹、空いたのか?ちょうど俺も腹減ってるところだから何か食べにでも行くか」
少女の頭を手でポンポンと叩くと俺は少女の手を取り、セントラルホールを後にした。
向かった先はキッチンホール。
無機質な白と銀を基調とした机と椅子がいくつも並んでいる。
中央には巨大な機械があり、AIがこちらの存在に気がつくと話しかけてきた。
『いらっしゃいませ、シャロン様。ご注文が決まりましたら、タッチパネルを操作してタッチしてください。』
「俺の名前、よく分かったな」
『このコロニーに入植されました皆様は既にデータベース上で登録、管理致しております』
なるほど、既に情報は中央政府のビックデータから転送済みってわけね。
「ちなみに今日のオススメはなんだ?」
『等コロニーで栽培された野菜を使用致しました野菜と豚肉のソテーがオススメです』
「へー、地上にいた頃はクソまずいレーションとかしかなかったのにな。じゃ、俺はそれで。お前は何にする?」
喋る機械に驚きながら、俺の後ろに引っ付いてる少女に問いかけた。余程、怖いのだろうか、目をつぶって全然動かない。
「おーい、見なきゃ選べないだろ。これとかどうだ?フルーツのサンドイッチだってよ。こんなもん、俺がここに来る前は食べれなかったやつだぞ」
少女に3Dで浮かび上がった、メニュー表から選んだ食べ物を目の前にスライドさせて持ってくる。
彼女の目の前でゆっくりとクルクル回るサンドイッチが浮かんでいた。
「っ!」
少女が目を開けた瞬間、サンドイッチを手に取ろうとして口に入れた。
残念ながらただの映像だったため、何も掴めていなかったのだがな。
「おいおい、食い意地はりすぎだぞ」
俺は少しおかしくて笑ってしまった。
映像を食べようとするなんて、普通はしないぞ。この子も地上にいた頃の記憶が混濁しているのだろうか。
「それじゃ、フルーツサンドイッチを追加で1つ頼むよ」
『分かりました。シャロン様……』
AIは何か言いたげな様子だ。
「ん?どうした?」
『シャロン様のIDはデータベースに登録されていますが、その子は該当致しません。よってご注文はシャロン様のみとなります』
「え?んーじゃ、とりあえず、俺が2つ食べるから用意してくれ」
『承知致しました。すぐにお持ち致します』
俺は少女を連れて、席に着いた。
この子がデータベースに載っていないだと?
そんなことがあるのだろうか。我々人類は政府によって統括管理されていた。
中央政府のビックデータは絶対だ。
統計での漏れはないはずなのだが……。
目の前の少女は椅子に座りながらも、尚忙しない様子で辺りを見回している。
この子もそうだが、このコロニーもおかしい。
セントラルホールからキッチンホールまで歩いてきたが人がいた気配が感じられない。
このコロニーにいる人数は1000人程だ。
誰一人としてすれ違わないのは不思議である。
そして、今まで会った人物は目の前の少女、しかも、ビックデータには登録されていない……。
色々なことがありすぎていて、頭の中での整理が追いついていない。パンクしそうだ。
『お待たせ致しました。ご注文の料理でございます』
食事配達用のアンドロイドが先程注文した料理を持って来た。
「あぁ、ありがとう」
とりあえず、ご飯だ。脳に栄養が行っていないから、頭の中がぐちゃぐちゃになるんだ。
自分にそう言い聞かせると、目の前に運ばれた料理に視線が行く。
鼻腔をくすぐる、出来たての肉とスパイスの香りが今までの考えごとを吹き飛ばすかのように刺激してくる。
彼女のことを言えないな。
俺もお腹から大きな音が鳴った。
目の前の料理に感動しているのは俺だけではない。少女も自分の前に置かれたフルーツサンドイッチに目を奪われている。
地上世界にいた頃はこんな料理を食べる機会なんてなかったからな、当然といえば当然か。
俺はフォークとナイフを使いながら、料理を食べる。
少女はずっとこちら見て何かを気にしているようだった。
「ほら、どうした食べないのか?」
手で食べるようジェスチャーすると彼女は椅子の上に立ち上がり皿に顔を近ずけ、獣のように手を使わないで食べようとした。
「おいおいおい!どんな食べ方をするんだ。ほら、こう手でいいから持って食べなさい」
一体、少女の親はどういった教育をしたんだ。
少女はサンドイッチを手で持つと、大口を開いてパクリと口にした。
その瞬間、手と足をばたつかせて、ぴょんぴょんとおしり浮かせていた。
はぁ、落ち着いて食事をしたかったな。
そう思いながら、一先ずこの少女のことは置いておいて自分の食事に専念しよと思ったのだった。
○セントラルホール
コロニーの中央にある広場。
上部には360°パノラマになっているスクリーンがあり、施設の情報を映し出している。
○キッチンホール
コロニー内の食事を提供している施設。
中央にタッチパネル、3Dホログラム投影を可能とする機械が設置されており注文を行う。
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