第八話
「なるほど…、で、ここを紹介された、と」
しかしその問い対し沢辺氏は、
意外なことを聞いてくる、とでもいうような表情で、
「いえ…」
と言下に答える。
?
ふむ、阿木島ならやりかねんとも思ったが、
そうでもなかったか。
「ただ…」
「ただ?」
そう言うと沢辺氏は、
ごにょごにょと言いにくそうに、
そして口ごもるようにしながら続ける。
「ただ…、そこではけんもほろろ、門前払いといった感じで…。
それどころか、紹介は紹介でも、病院を紹介されたりと…」
語尾は消え入るように、そして後はうつむき、顔を隠した。
恥じているのか、それとも、
ここでも同じ目にあうのかと、恐れているのか。
俺はダンゴ虫のように背を丸めた沢辺氏から視線を離すと、
それを窓の外へと向けた。
鈍色をした、ビルの壁面が見える。
そうか、門前払いか。
それだけでなく病院までとは。
確かに、阿木島ならば、それはあるな。
やつの悪いところだ。
何でもかんでもストレートすぎる。
まあでも、
その性格が時に調査で大いに発揮されることもあるのだが、
どちらかと言えばそちらは稀で、
ほとんどはその言動、行動が原因による依頼者、
あるいは調査対象人とのトラブルが後を絶たない。
詳しくは聞いてないが、
それに関して今現在も幾つか係争中だったはずだ。
でも、いきなり病院、か。
全くあいつの無遠慮な物言いには、
伝聞であったとしても毎回ヒヤヒヤさせられる。
しかし、突然「絵が動く」とか何とか言われれば、
そう言いたくなる気持ちもわからなくもないが…。
俺はチラリと沢辺氏を見やる。
さて、人の話ばかりになったが、
俺も俺でそこまでストレートでなくとも、
何とかやんわりと上手く言って、
早々にお引き取り願いたいところだ。
しかしその為に、
もう少し話を聞いてみる必要があるな。
さすがに「絵が動く」と聞いただけでは、どうとも言えない。
俺はサラサラとペンを走らせ、
手帳に『絵の男』と書き込みを終えると、
軽く咳払いなどをしつつ顔を上げ、
組んだ指を所在なげにコネコネと動していた沢辺氏へ声をかけた。
「そうですか…、そこの事務所は本当にヒドイところですねぇ…。
でも、沢辺さん、ココではそんなマネはしませんから、
どうぞ、安心してお話し下さい」
その言葉に反応し、
顔を上げた沢辺氏の顔からは笑みこそ見られなかったが、
代わりに胸に手を当てホウッと一つ大きく息を吐いた。
そんな沢辺氏の様子を尻目にもちろん俺は、
『…話だけなら聞きますから』
そう心で付け加えることを忘れはしなかったが―。
と、まあこの段階では、
まだそんな風に軽い気持ちで考えていた。
『絵が動く』、そんなものは所詮ただの戯言に過ぎないと。
今思えば俺もこの時、
阿木島と同じくこの男を門前払いしておけば良かった、
話など聞くのではなかったと、そう後悔するのだ―。