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絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
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第七話

俺は何だか頭がクラクラとしてきた。

思わず手帳を取り落としそうになる。


やれやれ、どうするか…。


俺の視線は漂うように手帳を離れると、

目の前に座るその男、沢辺氏を経由し、

さらにその上、天井へと行き着く。


薄茶色のしみ。


雨漏りの跡か、それともカビの跡なのか。

その全くもって原因不明の天上のしみを、

ただ意味もなく見つめ、そして思う。


さて、どうやって、『帰って頂こうか』、と。


よくある間違い、

いや、間違いと言うか、

勘違いと言った方が良いかも知れないが、

時折、探偵事務所を『何でも屋』と勘違いして訪れる人がいる。


何かを調べて欲しいだとか、探して欲しい、

という探偵への依頼の基本形からは到底かけ離れた、

意味不明の依頼を持ちかけてくる。


我が探偵事務所もご多分に漏れず、

今回のように、そんな依頼人がたまにやってくるのだ。


もちろん、俺はそのような場合、

丁重にお断りをして、お帰り頂いている。


そう、丁重に、だ。


俺はいつもそこで苦心する。


ただ「ウチではそのような依頼は引き受けていません」と、

突っぱねただけの返事で済むのなら苦労はいらない。


大抵、そのような意味不明、

かつ無理難題を押し付けてくるような依頼人というのは、

まあ若干の語弊があるかも知れないが、

ちょっとばかり浮世離れした感のある方々ばかりだ。


なので、ただ普通に「無理です」「出来ません」

のような通り一遍の返事では、到底納得してもらえない。


納得しないわけだから、帰ろうとしない。


帰らないばかりか、怒り出したり、泣き出したり、

挙句の果てには言うに事欠いて、訴えてやる、などと、

傍若無人にわめき散らす輩もいる。


そうならない為に、くれぐれも丁重に、

なぜ無理なのか、なぜ出来ないのかを、

依頼内容に応じてケースバイケース、

懇切丁寧に説明しなければならない。


そこで現れる、薄茶色のしみ。


視界にそのしみが現れると、

俺はいつも憂鬱になる。


この面会室のソファーで天上を見上げる時というのは、

思わず天を仰ぎたくなるような、

そういう依頼人が訪れた時だからだ。


さて、今回はどのように説明し、帰って頂こうか…。


確か絵が…、絵が動くとか何とか…。


絵…、絵…、絵の…男…。


絵の男!?


俺はそこでハッとして、視線を下へと落とす。


沢辺氏と目線が合う。


どうやら氏は、

俺が天上を見上げていた間中、

ずっとこちらを見つめていたらしい。


沢辺氏の顔は微かだが紅潮しているように見える。

「言えたぞ、やっと俺は言えたんだ!」

そういう心の声が聞こえてきそうな気がした。


ある種の達成感ともいえるその余韻に浸る沢辺氏から、

まだしばらくは話の続きは出てこないと思った俺は、

つい今しがた心に浮かんだその疑問をぶつけてみることにした。


「そうですか…、絵が動くんですか…、ふ~ん…なるほど…。 

 で、沢辺さん、ちょっとお聞きしたいんですが、

 以前にも、こういった探偵事務所を訪れたことってありますか?」


その質問に一体どういう意味があるのか、

とでも思ったのか、沢辺氏は軽く小首をかしげながらも、

案外素直に答える。


「ええ、あります、つい先日も…。

 阿木島という方の探偵事務所に…」


やはり。


阿木島の言っていた『絵の男』とは、

この男、沢辺氏のことだったのだ。


あいつめ、押し付けやがったな。


俺は目の前に座る絵の男をはばかるように、

密かに心の中で苦笑した。

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