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絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
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第五話

うなぎの寝床、とまでは言わないが、

どちらかといえば、この部屋は縦に長い。


なので部屋の半ばを、パーテーションでくぎり、

そこから手前を面会室、奥を事務室、としている。


俺は、その面会室にある2つ並びのソファーに男を勧めると、

少々お待ちを、と言い残し、奥の事務室へと入る。


入る、と言っても、完全な別室になっているわけではない。


その一応は部屋をくぎっているパーテーションも、

それほど大げさなものではなく、ようは『衝立』なのであって、

面会室からの目隠し程度のものでしかなかった。


だが、それで充分だ。

姿が見えなければ良いのだから。


俺は背広の内ポケットへと手を突っ込む。

そしてICレコーダーのスイッチを押した。


隠れてするのは、相手に余計な警戒心を抱かせない為。


元々、このような探偵事務所にやって来るような人間は、

もちろん何らかの秘密を抱えてやってくる。


そして秘密の暴露を行うわけだ。


だから、やはり声が録音されている、と思うと、

つい言葉を選んでしまいがちになる。


肝心な部分を言わなかったり、

言ったとしても内容をぼかして言ってみたり。


それは、後々の調査にとって大変不都合なことになる。


だから、盗み録り、をするのだ。


俺は、それがちゃんと録音状態になっていることを確認すると、

事務室のさらに奥、いわゆる突き当りにある、給湯室、というよりも、

壁にただ流し台を付けただけ、という粗末なものだが、

そこの流し台の脇にある食器棚から、出来るだけ綺麗そうなカップを2つ選び、

流し台に僅かばかりにあるスペースに置かれた安物のコーヒーメーカーから、

朝に作ってまだ残っていたコーヒーの残りをカップに注ぐと、

それを手に、足早に面会室へと戻った。


「お待たせしました」


俺はカップを男の前にあるガラステーブルの上に置くと、

自分もソファーに腰をかける。


男とはテーブルを挟んで向かい合わせだが、

こちらも2つ並びのソファー、男とは真正面の席にならないようにする、

余計な威圧を与えない為、これも基本だ。


俺はカップを手に取ると、


「あなたもどうぞ」


と、声をかけつつコーヒーをすする。


だが、男は「はあ、どうも」とは言ったものの、

うつむいたままで、カップには手を出さなかった。


見られているのが嫌なのかな?


そう思った俺は、左手の窓の方へと体をねじった。


その窓は、通りに面している。

先ほどこの男が行ったり来たりしていたあの通りだ。


窓と言っても決して見晴らしは良くない。


見えるのは向かいのビルの薄汚い壁だけ。

さらにその奥には、覆い被さるようにして、また別のビルが。


日照権、などという言葉が最早死語になったようなこの辺り一体には、

曇天とはいえ、まだ14時前だというのに、もう夕刻のような錯覚さえ抱かせた。


男がようやく、コーヒーをすする。


だが、すぐにカップをテーブルへと戻した。


不味かったかな?


いやいや、案外猫舌なのかも。


朝に作ったものではあったが、

保温のスイッチは入れっぱなしにしていたので、

自分のもそうだが、男のそれも充分に熱いはずであった。


俺も、もう一口だけコーヒーをすすると、

同じくカップをテーブルへと戻し、

おもむろに、背広の前ポケットから手帳を取り出す。


そして男の顔を一度チラリと見やってから、それを開いた。


「さて、では、そろそろ…」


男は依然うつむいたままだったが、

俺の言葉に反応するように、一瞬体を、ブルリと震わせたような気がした。

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