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絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
3/62

第三話

― 2 ―


その男は先ほどから、

あるビルの前を行ったり来たりしている。


ただ行ったり来たりしているのではない。

そのビルの様子を通りざまに、チラリチラリと確認している。


他に通行人が来ると立ち止まり、

ポケットやらカバンやらをごそごそとやり、

スマホやタバコ等を取り出し、手に持ったりする。


しかし、それは何も、実際に電話を使用したり、

タバコを吸う為ではない。


その場に立ち止まることの「理由」の為だ。


その証拠に通行人をやり過ごすと、

男は再びそれらをポケットやカバンにしまい込み、

また行ったり来たりを始める。


わかりやすい。


なぜ、人のああいう行動はわかりやすいのか。


大抵の場合、

やっている本人はごく自然にしているつもりなのだろうが、

他から見て、絶対にそうは見えない。


演じられている、とでもいうのか。


映画や舞台でのしゃべり方、リアクションなどを、

もし現実の世界でやったならば、

明らかに周囲から浮いて見えるだろう、というのと原理は一緒だ。


その男は、明らかに演じている、のだ。


それもかなりのダイコンだ。


そしてあまりにも実直すぎる。


俺は見ていて少々居た堪れなくなってきた。


普段ならば人間観察のつもりで、もう少し眺めていたりもするのだが…。

俺は一つため息を付くと、身を潜めていた電柱の陰より歩み出た。


その歩み出る俺の姿を、

ちょうど横を通りがかった、またもやおばさんに、

ぎょっとした様子で見られてしまった。


そうか。他者から見れば、俺も演じているんだ。


俺は諧謔じみた様子で頭を2、3回軽く掻いた。


所詮俺も他から見ればあの男のように、

無様に演じているただの一人に過ぎないのかもしれない―。


そんなことを考えながら、俺はその男にゆっくりと近づいた。


俺の気配に気付いた男は、

例のごとくその場に立ち止まり、ポケットをゴソゴソとやり始める。


ポケットからスマホを取り出すと、

何やら画面を指で必死にタップしたりしている。

しかしそれは「空タップ」とでもいうのか、

「タップ」という行為の為だけの、意味のない「タップ」に違いない。


俺は男の斜め後ろまで来て、一旦立ち止まったあと、


「こんにちは」


挨拶をする。


その挨拶に、特に感情は込めない。


変に馴れ馴れしくしたりすると、

かえって相手に警戒心を与えかねないからだ。


出し抜けに背後から聞こえた挨拶に、

男は瞬間的にピクリと反応したが、振り向くことはなかった。


当然だ。


これは何も振り向かす為にした挨拶ではないし、それを期待したものでもない。

これから続ける言葉の、いわば「前置き」のようなものだ。


俺は続ける。


「どうぞ、事務所は2階です。

 詳しい内容は、そこでお聞きしましょう」


男は今度も瞬間的にピクリと反応したが、やはり振り向くことはなかった。


しかし今回は、微かだが首を縦に動かすと、

口や喉が渇ききっているのか、搾り出すようにして、


「はい…、お願いします」


と、小さく答えたのであった。

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