第一話
― 1 ―
薄汚れた壁。
雑居ビルの群れ。
曇天、昼下がり。
そこに、人だかりが出来ていた。
張られた黄色いテープ…。
そうか野次馬どもか。
どうやら俺は、それに関しての天性の才があるらしい。
こういう事件現場によく出くわす。
嗅覚、とでもいうのか、
犬のそれに近いものがあるのかもしれない。
その時、路地裏でがしゃあーんと音が。
生ごみを漁っていた野良犬がゴミ箱をひっくり返したのだ。
野良犬がこちらを見ていた。
まるで『俺らの鼻と人間とを同じにするなよ』というような感じで。
俺はくくくと笑ってしまった。
まもなく、控えめにクラクションを鳴らしつつも、
野次馬を蹴散らすかのようにして、濃紺色のワンボックスがやってくる。
中から鑑識と思しき数人が、
無表情のままバラバラと出てくる。
そしてテープをくぐり事件現場へと、ビル内へと消えてゆく。
特に何をするでもなくその一部始終をながめる俺。
幾度も見た光景だ。
それは昨日だったか、それとももっと前だったか。
いや、ひょっとしたらそれは、
テレビのニュースで、だったかもしれない。
あるいはテレビのドラマだったか。
そこまで来ると、俺の「天性の才」も危うくなる。
いやいや、そんなはずはない。
そう確か、あれは1週間ほど前。
そして場所は、ここからそう遠くない場所ではなかったか。
俺はふと辺りを見回した。
野次馬、張られたテープ、薄汚れた壁、そして曇天…。
既視感。
その既視感に、なぜか軽いめまいを覚えた。
同じような場所、同じような事件。
それに対する嫌悪感からか、それとももっと別の何かだったのか。
俺は視線を曇天から、再び現場のビルへと移す。
と、その時、
「保本刑事!」
呼び声が。
「保本刑事っ!」
その声の主はさらに呼ぶ。
「保本刑事っっ!」
その保本とかいう刑事は、なかなか気付かないのか、
その声の主は、止むことなく呼び続ける。
「やすもとけいじっっっ!」
俺は思わずびくりとして振り向いた。
なぜなら、その呼びかけが俺の耳元でされたからだ。
そこにはニヤニヤ笑いの中年、
というよりも、もうじき中年という風の男が立っていた。
悪い冗談だ。
俺はその場を立ち去ろうとする。
「わっ、と、おい待てよ、保本っ!いや、保本啓次!」
俺は再び振り向いた。
「おい、阿木島、俺はそういう冗談が嫌いなんだ」
「別に冗談じゃないさ、お前の名を呼んだだけさ」
「普段は下の名前までは呼ばないくせに、
そういうのが冗談だって言ってんだよ!」
まあまあ、と阿木島は俺の肩をポンポンと叩くと、
「面白い話があるんだ、ちょっと喫茶店でも」
「あいにく俺は忙しい」
そう言って俺は再び歩き出す。
「野次馬が何言ってやがる。まぁいい、なら歩きながら話そう」
そう言うと、阿木島は俺の後について歩き出した。