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【短編】邪神が死んだ世界に勇者は用済みだと言って追放されました

作者: 兵器っ

https://ncode.syosetu.com/n8797gq/

連載版はこちらからどうぞ。

 平民出身でありながら、聖剣に選ばれて勇者になった俺――アルスは、長きにわたる旅の末、邪神の討伐に成功した。

 歓喜とともに王都に帰還した俺に待ち受けていたのは、フロンディア王国の国王ガルフェンによる驚くべき宣告だった。



「邪神を討伐した今、邪神をも超える勇者という存在は、民にとって新たなる恐怖を生み出すだけ。よって勇者アルスをこの世界から追放する!」



 勲章授与の場になるはずだったその場所で、ガルフェン王は高らかにそう告げた。


「な……っ!」


 驚愕とともに、俺は周囲を見渡す。

 だが、既にこの話を知っていたのが、ここにいる貴族たちに動揺は見られなかった。


「どういうことですか? なぜ、私が追放されなければならないのですか?」


 尋ねると、国王は歪な笑みを浮かべる。



「今言ったことが理解できなかったか? 邪神を上回る実力を誇る貴様は、邪神以上の災厄をこの世界にもたらす可能性があるということだ。そんな状況では民が安心して日々を送ることができない。それは我が国にとって、いや、世界中全ての人々にとって望むことではない!」



 すると、この場に参列していた周辺国家の貴族たちも含めた全員が、そうだそうだと賛成の意を示す。

 俺を追放することは、ここにいる彼ら全員の願いらしい。


 その光景はさながら、共通の敵を排除しようとする者たちの主張にも見えた。


 ああ……そういうことか。

 それを見て、俺はようやく理解した。

 彼らが守りたいのは民ではなく、自分自身の立場なのだろう。


 邪神は、およそ200年周期でこの世界に現れる。

 そのたびに新しい勇者が誕生し、邪神を倒してきたのだ。

 邪神討伐後、勇者は世界の英雄として、世界中の誰よりも大きな権力と名声が与えられてきた。


 俺は平民の出。聖剣に選ばれていなければ、そもそも彼らと話すことさえ許されない存在。

 そんな俺が彼らより上の存在になることは、とても許せることではないらしい。


 さて……問題はここから、俺がどうするかだ。


 10秒もあればここにいる奴らを全員粉くずに変え、その後世界を支配することもできるだろうが、それだとこいつらが危惧していた通りの未来になってしまう。

 さすがにそれは避けたいところだ。


 なら、素直に追放を受け入れる?

 正直に言って、俺はもう疲れた。

 人々のために勇者として必死に戦い、無事に戻ってきたと思えばこの仕打ち。

 俺を知っている人が誰もいない世界に行ってみたい、という気持ちは確かにある。


 だけど――



「お言葉ですが、私がいなくなれば邪神がすぐに復活すると思います。というのも――」 

「ええい、しつこいぞ! 次に邪神が現れるとすれば、200年以上先の未来、それは確定した事実だ! 無駄な足掻きはやめろ!」



 ――1つだけ大きな問題があることを忠告しようとしたのだが、それすらガルフェン王によって止められる。


 ここにきて本当に、この世界のためにこれ以上何かをしてやる気持ちが消え失せた。


 俺の無言を、了承の意と捉えたのだろうか。

 ガルフェン王は薄汚い笑みを浮かべると、満足げに言った。


「ふむ、理解してくれたようだな。それではさっそく転移魔法を発動しよう。と、その前に……」


 ガルフェン王の従者が俺に近付き、地面に置いていた聖剣を取っていく。


「この聖剣は我が国に伝わる秘宝ゆえに返してもらうぞ。仮に貴様が言ったように、邪神がすぐにでも復活するようなことがあれば、新たな勇者が現れて討伐してくれるであろう。安心するといい!」


 もはや俺には反論する気もなかった。

 その後、俺を中心として巨大な魔法陣が出現する。


「世界中の人々から魔力を集めて使用する、我が国に伝わる最大の魔法である。それでは発動せよ!」


 ガルフェン王の言葉に応じるように、魔法陣が眩い光を放つ。

 そして、俺はこの世界ではない、別の世界に転移するのだった――――。



 ◇◆◇



「……ここはいったい」


 目を開けると、俺は森の中にいた。

 それ以外には何も情報がない。


 ひとまず、転移には成功したようだ。

 軽く体を動かしながら、状況を整理する。


 まずはこの世界のマナ事情からか。

 意識を集中し、大気のマナを調べる。



 ちなみにマナには大きく二種類が存在し、魔力と神聖力がある。

 向こうの世界では大気中に魔力が9、神聖力が1といった割合で存在していた。

 邪神も含めて、多くの生物は魔力しか扱うことができない。

 神聖力を扱えるのは、勇者である俺を含めたごくわずかな存在のみ。



 神聖力は邪悪なものを消滅させる力を有しており、戦闘に特化している。

 対して魔力は、多種多様な効果を持つ魔法に利用できるので、日常生活を送る上ではこちらがある方が便利だ。


 結果はすぐに出た。


「ふむ……こっちの世界には魔力しかないのか」


 神聖力がないのは正直残念だ。

 これでは自分の体内で生成される分でしか、神聖力を蓄えることはできない。


 ただ、魔力がないよりは何倍もマシか。

 そう考え、気を取り直すことにする。


「ん、待てよ。この感覚はまさか……」


 そこで俺は、とある違和感を覚えた。

 まさかとは思いながらも、体の中心からそれ(・・)を引き出すように意識した。

 すると――


「――マジか」


 次の瞬間、俺の手には聖剣が握られていた。



 一説によると、勇者と聖剣は一心同体の存在であるとされている。

 勇者は聖剣を体内に収納することが可能であり、さらには遠くにあったとしても引き寄せることができるのだ。

 まさか異世界の壁を乗り越えてまで、着いてきてくれるとは思ってもみなかった。



 ガルフェン王たちは、今頃消えた聖剣の行方を追ってあたふたとでもしているのだろうか。


「まあ、そんなことはもうどうでもいいか。それよりも――」


 感知の魔法を使ってみるものの、半径一キロ以内に人の気配はない。

 少なくともこの森は、普段から人が生息しているというわけではなさそうだ。

 もっとも、そもそもこの世界に人がいるのかどうかすら不明なんだけどな。


 一度、人里に降りてみて情報を探ってみるか?

 言語理解の魔法があるため話は通じるはずだが……


「いや、やめておくか」


 俺のような異世界からやってきた人間がいると分かれば、この世界に混乱をもたらす恐れがある。

 それは俺の望むことじゃない。


 じゃあ何をするか。

 う~んと悩んだのち、俺は一つの答えに至った。


「これまでは俺は、勇者としてずっと戦い続けてきた。一度でもいいから、ゆったりとした時間を過ごしてみたかったんだ。ここでならそれができる!」


 ありがたいことに、この場所は自然に溢れている。

 生活するための資源は事足りそうだ。


 もう少し辺りを散策し、自分が暮らすのによさそうな場所を見つけることができたら、そこに家を造ったりするとしよう。


「そうと決まれば、さっそく行動だな!」


 俺は新たな目標を抱くとともに、これから始まる新しい日々に想いをはせるのだった。



 ◇◆◇



 それからおよそ一週間が経過した。

 俺は充実感に溢れた毎日の中にいた。


 森の中を歩く途中、地面から生える山菜を摘み取っていく。


「おっ、これは確か数日前に食って美味かったやつだな。今日はこれを中心に煮込んだものを食べるか」


 この一週間でこの辺りに生える食材はほとんど口にした。

 山菜の種類や栄養素は分からず、毒がある可能性もあるのだが、俺には毒耐性があるためそれを気にする必要はない。


 食材を集めた俺は、自分の家に戻る。

 森の中にふっと現れる、木々のない開かれた空間。

 そこにはポツンと小さな小屋が立っていた。


 この小屋は、周囲の木々を使って、俺の手で自ら作り上げたものだ。

 邪神討伐の遠征で野宿には慣れているが、さすがにずっと地べたで眠るというわけにもいかないため、造ってみたというわけだ。


 小屋の周囲に常時展開している、雨風や獣の襲撃を防ぐ結界を抜けた後、俺は小屋の中に入る。

 こちらもまた急造の鍋を取り出すと、小さく唱えた。


「ウォーター、ファイア」



 そして、沸騰した鍋に今日取ってきた山菜を入れる。

 グツグツという音とともに煮込まれていき、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。

 調味料とかは特にないが、こちらに生えている山菜は、向こうの世界にある魔草なんかよりよっぽど旨い。

 俺にとってはごちそうだった。



「よし、できたな」



 出来上がった料理を木皿によそい、木のスプーンで食べていく。

 もちろん、木皿もスプーンも俺が手ずから作り上げた。

 この一週間で、だいぶ物を作ることにも慣れたというものだ。


 料理自体も期待通りかなり美味かった。

 舌に残るピリリとした感覚が、なんとも言えないアクセントとなっている。


「ふー、食った食った」


 食後、腹を撫でながらそう言った。

 人と話したりする機会はないが、誰かに気を使う必要もない、ゆったりとした平和な時間。


 それを堪能していた、次の瞬間だった。



「――――ッ、これは!」



 研ぎ澄まされた俺の感覚が、その存在を捉えた。

 ここから南方に1キロ。

 感知範囲に、魔獣が存在していることを把握した。


 魔獣、それは邪神と同様、悪意の込められた魔力が集結して生み出された災厄。

 邪神に比べれば脅威度は低いが、それでも戦闘訓練をしていない者が倒すことはできない程の強さだ。


「まさか、この世界にも魔獣がいるとはな。いや、魔力があるんだからそれ自体は不思議じゃないか」


 なんにせよ、さすがに放置というわけにはいかないだろう。


「久々の出陣だな」


 そう呟いた後、俺は強く地面を蹴り駆け出した。

 そして十秒後、現地に到着する。


 そこで俺は驚くべき光景を目にした。


「あれは、女の子か……?」


 人の体ほどの高さを誇る漆黒の魔獣の前には、年齢が俺と同じか少し下くらいの少女がいて、尻餅をついていた。

 彼女が纏うオーラが小さかったため、遠くからでは気付けなかったようだ。


 理解できるのは、彼女が今、魔獣に襲われて危機に瀕していること。

 極力この世界の人間にかかわるつもりはなかったが、ここで見捨てるのも寝覚めが悪い。


『ガルゥゥゥゥゥ!』

「きゃあっ!」


 襲い掛かる魔獣と、悲鳴を上げる少女。

 それを見て俺は、素早く聖剣を召喚し――振るった。


 純白の剣閃が空を走り、魔獣の体を一刀両断する。

 それと同時に、魔獣は黒色の靄となって消滅していった。


 ……うん、やっぱり邪神と比べたら雑魚だった。

 たぶんデコピンでも倒せたな。


「……って、あれ? 妖魔(ようま)は?」


 少女は突然の出来事に、目を丸くしながら周囲を見渡していた。

 まずい、このままだと俺の存在がバレるかもしれない。


「あっ、あそこに人影が。待ってください、話を――!」


 やばい、気付かれた。

 俺を引き留めようとする少女の声を振り払うようにして、俺はその場から立ち去るのだった。



 ◇◆◇



 数分前。


「くっ、なんて強さ……!」


 目の前に現れた巨大な妖魔によって、一ノ瀬(いちのせ) 紫音(しおん)は窮地に追いやられていた。

 一ノ瀬家は、代々優秀な魔術師を輩出する名門であり、紫音もまた将来を期待された若手であった。

 魔術師のうち、約二割しか到達できない二級魔術師の座に、弱冠16歳で到達した天才中の天才。


 しかしそんな天才であったとしても、一級指定妖魔を相手にするのは、さすがに荷が重かった。


(魔力の波長から、出現したのは下二級指定妖魔だと言われていたのに、実際に現れたのは一級。こんなの、勝てるわけがありません……)


 絶望に打ちひしがれる紫音。

 その直後、妖魔が彼女を襲った。


『ガルゥゥゥゥゥ!』

「きゃあっ!」


 もうやられる。

 そう思った次の瞬間、驚くようなことが起きた。


 目の前に光の線が走ったかと思えば、妖魔が一瞬で消滅した。

 戸惑いながら周囲を見渡すと、一振りの剣を握った男の姿が見えた。


 彼が妖魔を倒したと言うのだろうか?

 咄嗟に呼び止めようとするも、男は目に見えない身のこなしで消えていく。


「お嬢様、大丈夫ですか!?」


 そのまま呆気に取られていると、森の入り口で三級指定以下の妖魔を相手にしてくれていた千代(ちよ)がやってくる。


「大きな怪我はありませんね。魔力の気配的に、もしや一級の妖魔が出たのかと思いましたが、それすらも倒すとはさすがお嬢様です!」

「……わたくしではありません」

「えっ?」


 ぐっと、紫音は千代の腕を掴んだ。


「妖魔を倒したのは、見知らぬ男性の方でした。一撃で一級妖魔を倒せるほどの力を持った者を私は知りません。特徴を教えますので、探してくれませんか? ぜひお礼がしたいのです」

「は、はい、かしこまりました」


 千代に彼の特徴を伝えながら、紫音は思った。

 彼を探してもらう理由として、礼がしたいと述べたのは事実。

 だが――


 それとは別に、胸の鼓動が早まり、純粋にもう一度彼に会いたいと。

 そう思っているのも事実だった。



 ◇◆◇



 フロンディア王国、王城。

 そこにはガルフェンと複数の貴族が集まり、にやにやと笑いながら会話を交わしていた。



「勇者を異世界に追放するという陛下のご判断、とても素晴らしいものでございました。勇者がいなくなったおかげで、私たちの地位は侵されず、本来であれば勇者の凱旋パレードなどに使用される予定だった金も、私たちの懐に入れることができました」

「ふむ、めったなことを言うものではないぞ。勇者は邪神討伐とともに、その命が尽きた――と世間には伝えているのだからな」

「ええ、そうでしたね、大変申し訳ありません」



 意地の悪い笑みを浮かべるガルフェンと、それ以外の貴族たち。

 だが、彼らには大きな見落としが存在していた。


 それが、邪神と魔獣の発生原因について。

 魔獣は悪意の込められた魔力が集まることによって生まれ、魔獣同士が融合することによってさらなる力を得る。

 その末に、邪神と呼ばれる圧倒的な存在が生まれるのである。


 そのため、邪神を生み出さないためには、どれだけ弱い魔獣であったとしても早めに消滅させておく必要がある。

 しかし、ガルフェンたちの頭の中にその発想はなかった。



 その理由が、勇者の持つ力である。

 勇者には大気から吸収した神聖力を、何十何百倍ものエネルギーに増幅させ、大地に返還するという特殊能力がある。

 その能力によって世界中には強力な神聖力が満ち、勇者のいる時代には一定以下の魔力を持った魔獣が発生することはなかった。


 そのためガルフェンたちは低級の魔獣の存在すら知らず、極稀に現れる強力な魔獣だけを、騎士団を派遣することによって討伐すればいいと考えていた。

 それだけならば勇者がいなくても可能だと思っていたのである。


 ガルフェンたちは知らない。

 勇者がいなくなったことにより、世界中で既に大量の魔獣が出現しているということを。

 魔獣たちは恐るべき速度で融合を繰り返し、成長し続けていることを。

 そして邪神に対抗するための唯一の手段である聖剣が、宝物庫から消えてしまっていることを。



 彼らの愚かな選択によって、世界は滅亡への道を歩み始めた。

 その前兆として、地方に派遣した騎士団が魔獣によって全滅したという知らせが届くのは、それから3日後のことだった。

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