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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

冷血王と眠り姫

作者: 燦々SUN

 悲鳴と怒号が飛び交う貴族の邸宅。その中を、1人の男が数名の部下を連れて闊歩していた。

 その歩みに迷いはなく、屋敷の各所から聞こえる絶叫にも眉1つ動かすことはない。

 彼の名はレイル・リード。元はリード王家の末の王子だったのだが、側妃であった母親を貴族に謀殺され、12歳の時に失踪。7年の潜伏期間を経た今は、腐敗した王国を滅ぼすべく立ち上がった革命軍の盟主であり、その残酷さと苛烈さから人々に冷血王などと呼ばれる男だ。


「おのれ、冷血王ぉぉぉーーーぐぼっ!」

「お、お助け、ギャアァ!」

「いやぁ! 助け──あぁ!!」


 立ち向かう兵士、命乞いする使用人、逃げ惑うメイド。

 その全てを等しく容赦なく斬り捨て、レイルは進む。これこそが彼が冷血王と呼ばれる由縁。

 彼は、腐敗貴族の粛正に一切の容赦をしない。女子供はもちろん、屋敷に勤めている使用人ですら1人残らず殺すのだ。


 そうして辿り着いたこの屋敷──シュブレーズ伯爵家の主寝室に、レイルはずかずかと踏み入ると、その鋭い視線をじろりと室内に巡らせた。


「ふん、やはり逃げたか」

「レイル様! こちらのメイドが何か知っているようです!」


 人の気配がないことを確認して不快気に鼻を鳴らしたレイルの元へ、部下の1人が中年のメイドを連れてやって来た。


「女、シュブレーズ伯爵とその妻子はどこへ行った?」


 レイルが剣を突き付け、剣呑な声でそう問うと、メイドはガクガクと全身を震わせながら口を開いた。


「だ、旦那様は奥様方とご子息の皆様を連れて、今朝早くに屋敷を出られました」

「どこに行った?」

「そ、そこまでは……ほ、本当です! 私は、本当に何も──」

「そうか」


 ただ一言そう言って剣を振り上げたレイルに、メイドは必死に命乞いをする。


「ひっ! ど、どうかお許しを! 私はただのメイドでございます! ただ雇われただけの、使用人で──」

「関係ない。腐った貴族の下で働き、その生活を支え、その金で飯を食ったのであれば同罪だ」

「そ、そんな──ギャッ!!」


 冷淡に言い放つと、レイルは用済みになったメイドを斬り捨てる。


如何いかがいたしますか? レイル様」

「行き場所の見当は付いている。追いかけるぞ。付いてこい」

「はっ!!」


 レイルが腹心の部下を連れて伯爵とその家族を追おうとしたその時、また別の部下が部屋に駆け込んできた。


「レイル様! 少しよろしいでしょうか!」

「なんだ?」

「その、シュブレーズ伯爵の娘と思しき女性を発見したのですが……」

「なに? だったら今すぐこの場に連れてこい」

「そ、それが……実際に見ていただいた方が、早いと思われるのですが……」


 歯切れの悪い部下に眉をひそめつつ、レイルはその案内に従って屋敷を進んだ。

 辿り着いたのは、屋敷の離れにある一室。乱暴に扉を開けて中に踏み込むと、「ひっ!」という女性の引き攣った悲鳴が上がった。


 中にいたのは、20代半ばと思われる1人のメイドと、ベッドで眠る1人の少女。

 容姿からするに、ベッドの上の少女が伯爵の娘だろう。黄金を鋳溶かしたような見事な金髪が、伯爵にそっくりだ。

 だが、その肌は病的なまでに白く、全体的に酷く痩せ細っている。それに何より、この状況でも全く目を覚ます様子がない。


「この娘は?」


 少女を庇うようにベッドの前に立ちふさがるメイドにそう問い掛けると、メイドはごくりと固唾を飲んだ後に震える声で言った。


「シュブレーズ伯爵の四女、ヒルゼ様です。お、お嬢様は、伯爵様とは無関係です! 9歳の時に事故に遭われてから、もう6年も目を覚まさないでおられるのですから!!」


 そう言ってキッとレイルを睨むそのメイドに、レイルはすっと目を細める。

 そこに、腹心の部下がレイルの耳元でそっと囁いた。


「そういえば……シュブレーズ伯爵には、もう何年も前に誤って落馬して以来、ずっと寝たきりになっている娘がいるとか……」


 彼は腐敗貴族の陰謀によって家族を処刑された元貴族なので、その情報には信頼が置ける。


(お荷物にしかならない娘は見捨てられたという訳か)


 そう察してますます伯爵への不快感を高まらせるレイルに、更にメイドが言い募った。


「レイル・リード様。どうかお嬢様をお見逃しください。それとも、このような意識のない女性をしいすることが、貴方様の正義なのですか?」

「女! 身の程を弁えろ!」

「メイド風情が、レイル様に意見するか!!」


 怒声を上げる部下達を手で制し、レイルは一歩前に出ると、じろりとメイドを見下ろした。


「女、名はなんという?」

「……アンナ。アンナと、申します」

「そうか、アンナよ。この娘の世話はお前がしているのか?」

「はい……幼少の頃より、わたくしがお世話させていただいております」

「なるほど。ではアンナよ。たしかに、いくら伯爵の娘とはいえ、意識のない女性を殺すのは私の主義に反する」

「で、では──っ!」


 喜色が滲んだアンナの表情が、次の言葉で一気に凍り付いた。


「よって、目覚めてから。目覚めてから、自らの罪深さを十分認識させた上で殺すことにしよう」

「そ、そんな……」

「お前はこの娘が目覚めるまで、今まで通り世話を続けるがいい。くれぐれも死なないようにすることだ。もし死なせれば、お前にはその娘の分も苦しんで死んでもらう」

「なっ──」

「行くぞ。その2人はひとまずここに閉じ込めておけ」

「はっ!」

「お、お待ちください! どうか──」


 叫ぶアンナを無視し、レイルは部屋を出た。そして、中庭に集められていた生き残りの使用人を1人残らず撫で斬りにすると、逃げた伯爵達を追って屋敷を後にした。



* * * * * * *



 それから、3年の歳月が流れた。

 あれからもレイルは次々と腐敗貴族達を粛正していき、半年前、遂に革命を成功させ、父王を追い落として自らが王位に就いた。

 そして、その後半年掛けて国内の安定化に努めた結果、徐々に王国内は落ち着きを取り戻し始めていた。



「……まだ、目覚めんのか」

「はい、変わらずです。陛下」


 王城の離宮。本来なら王族が住まうはずのそこには、今はたった2人の人間が住んでいる。

 粛清されたシュブレーズ伯爵の娘であるヒルゼと、そのメイドのアンナである。

 レイルの粛正の最後の生き残りとも言えるこの2人は、ヒルゼが目覚めないことを理由に、革命から半年が経過した今でもまだ、王城の一角でひっそりと生かされていた。


 そして、その2人の元……正確にはヒルゼの元に、レイルはここ最近割と頻繁に足を運んでいた。

 最初は、革命の最後のやり残しとも言えるこの2人のさっさと処分したくて、時々様子を見に来ていただけだった。

 だが、革命から半年も経つと……レイル自身、当時のある種狂的なまでの熱が冷めてしまったのか、だんだんと「本当に、この娘を処刑する必要があるのか?」と思うようになってきてしまった。


(アンナの言う通り、この娘……ヒルゼは、9歳の頃から眠ったままなのだ。いくら伯爵が領民に重税を課し、民から搾り取った血税で私腹を肥やしていたとはいえ、それに加担していたわけでも、その恩恵に与っていたわけでもない少女を殺すのは……)


 そんな迷いが生じる度に、レイルは自分自身でその考えを否定する。


(……関係ない。伯爵の金で生かされていた時点で、この娘も同罪だ。これまでもそうしてきただろう)


 そう自分に言い聞かせ、レイルはベッド脇のサイドテーブルに視線を落とす。

 そこには、食べ掛けの食事が残されていた。食器の大きさと量から見るに、これはヒルゼのものだろう。

 自分で食事が出来ないヒルゼには、アンナが咀嚼したものを口移しで与えているのだ。そうして何年も根気強く食事を与えることで、ヒルゼは辛うじて命を保っていた。


「……これからも、ヒルゼが目覚めるよう全力を尽くせ。お前達に与えられているこの麦も、野菜も、全て国民の血税によってまかなわれていることを忘れるな」

「……はい」


 つまり、早いところ目覚めてその命であがなえということ。

 その言葉に込められた真意にまでしっかりと気付いたアンナは、ただ静かに頭を下げた。



* * * * * * *



「……陛下、つかぬことをお伺いしますが、本日は陛下の誕生を祝すパーティーのはずでは?」

「最低限の挨拶を済ませて抜けてきた。あとは残っている者で勝手に盛り上がるだろう」

「……左様ですか」


 更に半年後、革命から1年の歳月が過ぎた。

 この頃、レイルは2日と空けずにヒルゼの元に通うようになっていた。


 別に、何をするわけでもない。今までと変わらず、様子を見ているだけ。

 ただ、変わらずベッドで眠り続けるヒルゼの寝姿を、じっと見詰め続けるだけ。


「……少し、血色がよくなったか?」

「っ! そう、かもしれません。最近、お嬢様は少しだけ食べる量が増えましたので」

「……たしかに、そのようだな」


 サイドテーブルの食器が少し大きなサイズのものに変えられているのを見て、レイルが頷く。

 そして、再びじっとベッドで眠るヒルゼの顔を見詰め始めた。


 会話もなく、ただただ静かな時間が流れる。

 だが、レイルはこの時間に居心地の良さを感じていた。

 政務に忙殺される毎日の中で、ここにいる時だけが心休まる。彼女が粛清の対象であることなど、もはやレイルの中でどうでもいいことになっていた。


「……陛下、そろそろお戻りになられた方がよろしいのではないでしょうか?」

「む……」


 気付くと、もうかれこれ1時間近く経っていた。

 だが、レイルは会場に戻る気が起こらなかった。なぜなら、今夜のパーティーは未だ婚約者すらいないレイルのお見合いを兼ねているからだ。

 会場に戻れば、また王妃の座を狙う令嬢達に次から次に声を掛けられ、ダンスを申し込まれるに違いない。そう思うと、どうしても戻る気になれなかった。


 誰も彼もが香水と化粧のにおいをぷんぷんさせながら、不自然なほどにこやかな笑みを浮かべてすり寄って来る。

 元来、王城でも側妃が生んだ末の王子として肩身が狭い思いをしていたレイルには、周囲のそんな態度がどうにも気持ち悪くて仕方なかった。


 一方で、この離宮はとても落ち着く。

 この部屋では香水のにおいも化粧のにおいもしない。ただ、うっすらと花の香りがする。

 その中でヒルゼの寝姿を見ていると、先程までいたパーティー会場のことを思い出しながら、ふと、彼女にはどんなドレスが似合うだろうかなんてことを考えてしまう。


(派手なものは似合わなそうだ……シンプルなデザインの、色は……彼女の目の色に合わせた青色がいいだろう。だが、青色と言っても色々ある……一体、どんな色なのだろうか)


 それは、ここ最近よく考えることだった。

 アンナからヒルゼの目の色が青色であることは聞いたが、実際にそれを見たことはない。


 見たい。彼女が目を開けた姿が見たい。

 声が聞きたい。一体、彼女はどんな声で話すのだろうか。

 笑顔が見たい。彼女はどう笑うのだろう。花咲くように明るく笑うのだろうか。控えめにそっと笑みをこぼすのだろうか。


 そんな想像を巡らせる度に、彼女に早く目覚めて欲しいと思い……反面、彼女が目覚めた時の反応を恐ろしくも思う。

 なにしろ、レイルは革命の際に彼女の家族を皆殺しにしているのだ。

 そのこと自体を後悔している訳ではないが……それを知った時、彼女が見せるであろう表情を思うと、恐ろしくて堪らなくなる。


 早く目覚めて欲しいと思う一方で、永遠に目覚めないで欲しいとも思う。

 相反する思いに翻弄されながら、それでも彼女の元に通うことをやめられない。


「……これからも、ヒルゼが目覚めるよう全力を尽くせ」

「はい」


 そして、今日もいつも通りの命令を告げ、レイルは離宮を後にする。

 今まで他で感じたことのない複雑な感情に、その身を焦がしながら。



* * * * * * *



「……行った?」

「……そのようです」

「はあぁぁぁーーーつらかった!」


 レイルが去った後の部屋に、ヒルゼの疲れ切った声が響いた。

 ヒルゼが意識を取り戻したのは今から半月前のこと。その場でアンナから事情を聴いたヒルゼは、それ以来、レイルが来る度に寝たふりを続けているのであった。


「もう! なんであの人こんなにしょっちゅうここに来るの!? しかも何も言わずにずーっとわたしの顔見てるし! もう無理! こんなの耐え切れる気がしない!」

「お嬢様、お気持ちは分かりますがもう少しお静かに」

「あう、ごめんなさい……」


 9歳で時が止まっているヒルゼの言動は、その外見に反して幼い。

 パッと口元を押さえて周囲を見回すヒルゼに、アンナが声を潜めて言った。


「恐らく……陛下もお嬢様が本当にお目覚めになっておられないのか疑っているのでしょう。だからこそ、お嬢様がボロを出されないか頻繁に見に来ているのだと思います」

「……もし起きてるのがバレたら、やっぱり殺されちゃうのかなぁ」

「ええ、間違いなく」

「うぅ……やだよぉ。死にたくないよぉ」

「それはわたくしもです。お嬢様がお目覚めになったと知られれば、わたくしも一緒に処刑されるでしょうから」

「うぅ~~……」


 顔を覆って泣き始めてしまったヒルゼの肩を、アンナが力強くつかむ。


「大丈夫です! わたくしが、必ずお嬢様を逃がしてみせます!」

「アンナ……」

「わたくしにお任せください。既に逃走経路は目星をつけています。ですから、今は逃げられるようにお嬢様の体を作りましょう。陛下に気付かれない程度に少しずつ食べる量を増やして、体力をつけて……そうですね、そろそろ歩く練習もしましょうか」

「うん……分かった……」

「大丈夫です。絶対に逃げられますから」



 そして、その2か月後。レイルが公務で王城を離れるのを見計らって、2人は脱走計画を実行に移した。

 王城に帰還し、2人が逃げ出したことを知ったレイルは、未だかつてないほど動揺し、胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感にしばし自失した。

 その後、我に返るや否やすぐさま全軍に伝令。2人を捜索し、発見し次第丁重に城へと連れ帰るよう触れを出すのだった。

 しかし、そんなことは知らない2人はというと、当然のように捕まったら殺されると判断。文字通り死に物狂いで追手から逃げるのであった。


 全力ですれ違う両者の全力の追いかけっこは、やがて王国全土を巻き込む逃走劇へと発展するのだが……その結末がどうなるのかは、まだ誰も知らない。

この先どうなるかは、読者の皆様のご想像にお任せします。今後作者が続きを書いて正解を出すことはありません。

ただ1つ言えることは、たとえレイルが自らの想いを自覚してそれをヒルゼに伝えることが出来たとして、精神年齢9歳であるヒルゼにとってレイルからの求愛はいろんな意味で恐怖でしかないということです。

それすらも乗り越えて、2人が結ばれるのか。それともレイルがこっぴどくフラれるのか。はたまたヒルゼとアンナが逃亡を成功させてヒーロー置いてけぼりの百合エンドになるのか(え?)

あとは皆様が妄想で補完してください。それがこの短編の正しい楽しみ方です。

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― 新着の感想 ―
うん、目覚めているのはなんとなく分かった。 むしろ寝たふりに気づかないレイルがちょっと………。 ふとしたイタズラ心で、コヨリで鼻をくすぐっていたら、それだけでバレていただろうし、寝ている時と起きている…
[一言] ひえ、冷血ガチロリコン怖い
[一言] レイルがこっぴどく振られた上での百合エンドに一票。レイルエンドは難易度が高すぎた...
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