数百年の眠り
「頼む、後のことは全て頼む」
そう俺は遺言のように友に託した。
「ああ、任せろ。お前が生き返るまで、俺がお前の全てを守ってやる」
それを聞いて、安心した。
と言って俺は処置室に入った。
ここで俺は冷凍睡眠に入る。
診断は半年ほど前。
今の世の中では処置することができない、いわゆる不治の病というやつだ。
そこで医者から提案されたのが冷凍睡眠だった。
人体を一定の極低温状態にし、不治の病が治療可能になった時点で起こすというものだった。
そのため、いつ起きれるのかはわからない。
なので、誰かを代理人としてたてる必要があった。
そこでお願いをしたのは、俺の一番の親友であった。
彼に頼めば、間違いはないだろうということである。
彼が死んでからも、信託財産という枠組みで続くということになっているが、どうなるかは彼自身が判断することだ。
念のため、ということもあり、精子バンクで精子も冷凍保存してもらう。
冷凍睡眠から目覚めた後に不妊となった際、この精子バンクから精子を提供してもらうことになっている。
処置というのは、簡単にいえば、冷凍睡眠で死なないようにするための処置だ。
体液をゆるやかに通常の血液から入れ替え、極低温でも凍らないようにする。
さらに、体温を下げていくことにより、意識がもうろうとし、そしてまるで電源が切られるようにフッと消えた。
目が覚めたのはいつなのかわからない。
「起きられましたか」
人、違う、ロボットだ。
女性の人とほとんど違いはない上半身をしているが、下半身には明らかに人として不自然な直方体の形をした装置が取り付けられている。
病院のようなところで、ここがどこか、と聞くよりも先に回復病院と呼ばれるところと教えてもらう。
「回復病院というのは、古代に冷凍睡眠に張った方々を目覚めさせるための専門の病院です。当時と現在では相当な差異があるため、その勉強と体力の回復を並行して実施していただきます」
「それって、俺が冷凍睡眠に入った時には直らなかった病気も、今じゃ治るっていうことですよね」
「そうです」
彼女はあっさりと肯定してくれる。
「そもそも、すでに治されました。貴方は体の全ての病気の要因となるものは取り除かれております。全くの健康体となります」
なにかよそよそしい感覚があるが、それよりも問題にしたいことがあった。
「お金は……」
「政府が支払うこととなっております。貴方からいただくことはありません。冷凍睡眠代についても、500年ほど前に法が制定され、以前から冷凍睡眠に入っておられる方々は生存率が著しく低かったということもあり、政府がその必要な費用を支払うこととして決着しております。貴方が代理人を通して設定されました財産は、それ以後については一切手を触れておりません」
「500年前……?じゃあ、俺が冷凍睡眠に入ったのは何年前になるんですか」
一瞬で情報は彼女の中で検索されたようで、回答を教えてくれる。
「811年3か月5日前になります。現時点で、最長期間の冷凍睡眠からの回復者となります」
それを聞いた瞬間、再び冷凍睡眠に入ったかのような印象があった。
約800年という時間はとてつもなく長く、知っている人らもとっくに死んでいて、それどころか、知っていた技術はほぼほぼ使われていなかった。
せいぜい電車が懐古趣味のように扱われている程度だ。
あの看護師ロボットは、いまでは看護師として活躍しており、医療分野で人間が関与できる余地は、せいぜい確定診断をする医者程度になっていた。
そのうえで、その医者ですらほぼロボットやAIが行っているため、遠からず将来にはなくなるだろうと言われているようだ。
人間は労働をせずとも暮らしていける世界となっているが、労働を行うことが好きだという一部の好事家らによって、労働者はまだ存在をしているようだ。
そんなふうにこれまでの資料を読み漁っていると面会者が来たという連絡を受けた。
誰だ、と首をひねっていたが、とにかく会うことにする。
「初めまして、小父さん」
初対面の女性に、唐突にそんなことを言われるとは、想像の範囲外だ。
面会室というものはなく、ソファや机が整頓されて置かれている食道のようなおtころでの面会となっていた。
「えっと、どちら様でしょうか」
思わず聞く。
「あなたが冷凍睡眠に入って以来、あなたの財産を一族で守ってきました。お返しするときが来たようです」
800年ほど前に、確かに描いた記憶がある書類を、この女性は見せてきた。
ラミネート保存されて、変色しないようになっており、本当に800年前の紙かどうか疑いたくなる。
「君は、親友の子孫だっていうことかい」
「そうです。私の18代前があなたの親友だった大仰知宏です。あなたの代理人の地位は長子である息子、あるいは娘に受け継がれてきました。私もその地位を承継し、貴方が目覚めるまで財産を守り続けてきましたが、ようやくそれも終わりになります」
今の法律では、代理人の承継が認められているようだ。
それも、本人の承諾なく。
「これが、現在の財団の管理財産です。どうぞご査収ください」
「ありがとうございます」
渡されたのは、透明な板だ。
今ではこれがパソコンの代わりになっていて、そこにすべての情報が提示される。
ちなみに、俺が調べていた資料も、同じ形式で掲載されている。
これによれば、預けていた財団資産は途中までは徐々に減っていたものの、500年ほど前からそれはなくなり、さらに300年ほど前からは上昇に転じていた。
「保管していた資料類につきましては、別途お送りします。それと、貴方が冷凍睡眠に入っていた間の精子の使用は28件ありました。これらについては、貴方の資産に対して手を出すことができないという承諾を受けておりますので、貴方に何らかの不利益が発生するということはありません」
そんなことは当時いわれていなかったが、800年も寝ていたら記憶もいい加減なものだ。
そのほか、諸々の諸手続き書類があり、他の説明を受けたうえで、面会はおおよそ1時間かかって終わった。
「……最後に、しばらく私はここに来させていただくことになっています。政府からの指示で、冷凍睡眠者の代理人が、現在の常識などを直接教えた方がいいだろうということで」
「そうなんですか、それではよろしくお願いします」
頭を下げる、それから彼女を見る。
「いえ、これも代理人としての務めですから」
彼女はそれだけ言って、笑っていた。