祭りの夜に (4)
屋敷はオフェリア主導で飾り付けられ、マリアの誕生日を祝うためのパーティー仕様にすっかり様変わりしていた。
シルビオが、なぜ客の俺まで飾り付けをやらされなくてはならないんだ、と愚痴をこぼしていたが、文句を言いながらもしっかり最後まで手伝っていた、ということをノアはマリアに暴露した――ノアもパーティーの準備は手伝ってくれていたようだ。
「お姉様、お誕生日おめでとう。もう、お誕生日はとっくに過ぎちゃったけど」
「ありがとう、オフェリア。今年はあなたが素敵なドレスを贈ってくれるのね」
マリアはオフェリアが縫ったドレスを着ていた。
去年の誕生日は伯爵がドレスを贈ってくれた。来年は誰だろうか、なんてこともちょっと考えてみたり。
「来年はウエディングドレスだね!」
「え」
マリアは思わず背筋が冷たくなった。
姉妹の会話を微笑ましく聞いていた一同――特にマリアと愛人関係にある男性陣が一瞬で不穏な空気をまとったような気がしたが、そっちはどうでもいい。妹には彼らとの関係を気付かれていないつもりだったのに。それを勘付かれたショックのほうが大きかった。
「だってお姉様、王子様の婚約者になったんでしょ?来年には結婚しちゃうんじゃないの?」
「ああ、そっち……」
オフェリアには気付かれていたというのは早とちりだったようだ。マリアはホッと胸をなでおろした。
「どうかしらね。チャールズ王子は私より年下だから、来年でもまだ結婚には早いという意見が出てるかもしれないわ」
それともさっさと私にお嫁に行ってほしい?と尋ねれば、「いやー!お姉様、お嫁に行かないでー!」とオフェリアが抱きついてくる。それを満面の笑顔で抱き返しながら、ふと皮肉な想いが胸に込み上げてきた。
「でも私のほうが、オフェリアの嫁入りを見送る立場になるのよね。やっぱり死んでもらえばよかったわ」
「……マリア。僕から視線を逸らさずに呟くの止めてくれないか」
ヒューバート王子は、殺意が込められたマリアの視線から目を逸らす。彼の従者となったマルセルは、そのやり取りを眉間にしわを寄せて眺めていた。
「あれが殿下の妃に……。不安しか感じない……」
「超絶可愛いオフェリア様に何の不満があるって言うのよ。トウモロコシ頭のくせに生意気な」
忠誠心の高いマルセルに劣らず主人大好きなベルダが目を吊り上げて反論する。バチバチ、と主人愛を巡ってなぜか二人も火花を散らし合っていた。
パーティーが始まってしばらく経ってから、おじはウォルトン副団長と共に屋敷へ帰って来た。二人は王立騎士団からの祝い酒を、工事に携わった者たちに配りに行っていたのだ。
酒臭い二人に、オフェリアがいやな顔をする。
「おじ様もレオン様もお酒臭い」
「すまん、すまん!さすがに立場上、乾杯を避けるわけにもいかなくてな」
ウォルトン副団長が陽気に笑う。普段から陽気な男なので、その明るさが酒に酔ったせいなのかどうかは分かりにくかった。
「いやー、領主殿には驚かされた。酔って気が大きくなった新米共が飲み比べ勝負を挑んできてな。けろっとした顔ですべて返り討ちにしていたよ」
「そういう家系なんです。両親も底なしに飲める体質だったみたいで」
おじは決まりが悪そうに言った。酒臭さはあるが、酔っているような素振りは微塵も感じさせない。
「羨ましいですね。僕は父が極端なぐらい酒に弱くて、兄も父ほどではないにしても強くないんですよ。だから僕もきっと弱いだろうと思って飲んだことはないんです」
メレディスが言えば、いまここで試してみようと副団長が酒を勧める。ドレイク卿が不愉快そうな声で異議を唱えた。
「酒など堕落のもとだ。貴殿の才能を潰すことになるやもしれぬ。やめておけ。ライオネル、無理強いするなら許さんぞ」
ドレイク卿は絵描きとしてのメレディスの支援者でもある。メレディスの才能が潰れてしまうようなことは、マリア以上に許せないはずだ。
ヒューバート王子が自分を見ているのに気付いて、シルビオが俺は普通に飲めるぞ、と答えた。
「このあと船を出す予定があるから飲まないだけだ。おまえこそ、飲めばいいだろう」
「一応療養という名目で来ているわけだから、僕もお酒はちょっと……。あの臭いもあまり好きじゃない。マルセルは?」
「人並みには飲めるかと。しかし酒で破滅した人間も数多く目にしてきましたから、必要がないのなら飲みたいとは思いません」
マリアは伯爵とノアを見た。伯爵はかなりの酒豪です、とノアが察したように言った。
「マリア様が嫌っていらっしゃるので控えているだけです」
「それはよろしいことですわね。お酒の飲み過ぎはよくありませんもの」
「そう思います。というわけで伯爵、これからも酒量は減らしていきましょう。酒で腹が出た姿になどなったりしたら、マリア様に見限られてしまいますよ」
相変わらず、ノアは伯爵に容赦がない時がある。伯爵は不快そうに眉をひそめていた。
オフェリア自信作のケーキを切り分けていると、バタバタと屋敷にデイビッド・リースが駆け込んでくる。騒がしいぞ、と伯爵が咎めたが、構わず青い顔をしたリースはマリアに詰め寄った。
「さ、さっき、ナタリアさんがアレン君と一緒に歩いている姿を見かけたんですが……!?」
「でしょうね。マスターズさん、ナタリアをお祭りに誘ってましたから。私も許可を出しましたし」
ナタリアに会いたくて、アレン・マスターズは休暇を取ってまでオルディス領に来てくれたのだ。それなのにサミュエル・プラントのことで彼を働かせてしまい、申し訳なく感じてはいた。
――まだやり残したことがあるので短い時間にはなってしまいますが、一緒に祭りへ行ってくれませんか。
そうナタリアを誘っているのを見て、マリアもナタリアに一緒に行ってくるよう声をかけた。むしろそれぐらいは一緒に行ってあげて、と。
マリアの誕生日パーティーを抜け出すことを気にしていたようだが、祭りは今日が最終日。帰って来てから祝ってくれればいい、とマリアにも言われ、ナタリアもマスターズに楽しんでもらうことを今回だけは優先した。
……といった事情を話すと、リースは項垂れてしまった。
「それほど落ち込むなら、君が先にナタリアを誘っておけばよかっただろう。仕事に夢中になって放置しておいたほうが悪い。ナタリアに理解があるとはいえ、君も少しは控えるべきだ」
「うう……。だって、マルセル君はヒューバート様に取られてしまいましたし……メレディス君は絵描きの仕事が増えてきて……クリス君もなかなか来てくれなくなったので、つい……」
伯爵にたしなめられ、リースが恨み事を炸裂させる。
僕が悪いのか?とマルセルは気まずい表情をしていたが、僕らがいたってこの人仕事ばっかりしてるよ、とメレディスが肩を叩いていた。
賑やかなパーティーはまだ続いていたが、マリアはこっそり自分の部屋に戻っていた。
ベッドに腰掛け、メレディスが描いてくれた絵をぼんやりと眺める。
それはマリアの絵ではなく、誕生日プレゼント代わりに貰ったオルディス領の風景画。美しい傑作は、このオルディスの屋敷に残していく。ここに飾られるのが、この絵にとって一番ふさわしい場所だろう。
「やれやれ、天才の本気には敵わんな。オフェリアには勝てぬだろうと最初から諦めていたが、メレディスにまで敗北することになるとは思わなかった」
部屋に入ってきた伯爵が、熱心に絵を見つめるマリアに向かって言った。マリアはクスクスと笑う。
「贈り物に勝ちも負けもないでしょうに」
だが、正直気持ちは分かる。
オフェリアの誕生日には、ヒューバート王子に負けないプレゼントを贈ろうと、きっとマリアもヤキモキしていることだろう。そしてその頃のマリアは……。
「間もなく王都に戻ることになります。城から呼び出されていますから」
正式な婚約者となったマリアは、今度こそチャールズ王子と対面することになる。以前は王子のわがままで対面の予定が流れてしまったが、今回ばかりはそんなわがままは許されない。
なにせ、他ならぬ王がマリアを何としてでも王子の妃にしたいのだ。王子の一存で勝手に変えられる問題ではない。
「君の浮気も、少しは自重せねばならんな」
伯爵がからかうように言い、マリアは苦笑する。浮気相手、という意味では伯爵もそれに含まれるのだが。
自分の隣に座る伯爵に、マリアはもたれかかった。
「……ヴィクトール様。これをお願いするのは少々心苦しいのですが、どなたか腕の立つ男性を私たちの護衛に見繕っていただけませんか」
王都にある屋敷には、男手がない。ナタリア、ベルダの侍女二人だけ。治安の良い区画であり、伯爵を始め男性が頻繁に通ってくれているので不安に感じることもなかったのだが、実を言えばずっと考えていた。
自分たちにも、専属の護衛役となってくれる男が必要だと。
特にオフェリア。
ベルダは信頼できるし女にしては力の強いほうだが、彼女に護衛の役割まで任せるのは不可能だ。
命を狙われるヒューバート王子の妻になるのなら、オフェリアには絶対に護衛が必要になって来る。
しかしこれを伯爵に頼むのはためらった。マリアたちのそばにずっと侍ることになる男を、伯爵に選んでもらう。さすがに悪趣味な趣向だ。
「探さぬわけにはいかないだろうと思っていたが、やはり私としても即答しかねる」
そう言って伯爵は、マリアを抱き寄せ髪に口付ける。
自分の愛人に、他の男をあえて近づけさせたくはないものだ。それはマリアもよく分かっていた。
「私よりもずっと長い時間、君の近くに他の男がいると思うと発狂しそうだ。その男が強引に口説いてきても、頑として拒むと誓ってくれるのなら安心できるのだが」
マリアは目を泳がせる。
ほだされやすい自分は、強引に迫られたらあっさり受け入れそうで。誓います、と誤魔化すことすらできなかった。
そんなマリアの反応に呆れ、伯爵が笑う。
「ノアを貸す。当分はそれで我慢してくれ。君も積極的に探そうとしないように」
「それは難しいです。私はともかく、オフェリアには絶対必要ですし」
「オフェリアのことを持ち出して免罪符にしようとするのは卑怯だぞ。ふむ……少し思い知らせておくべきか」
強く抱きしめられたと思ったら、そのままベッドに押し倒される。自分にのしかかってくる伯爵の頬に、マリアは手を伸ばした。
「……そうですね。戒めのために、思い知っておくべきかもしれません。自分が多くの人に支えられて、ようやく立ってることができているのだということを」
そしてチャールズ王子と結婚すれば、マリアはそれを取り上げられてしまうということを。
だからこの婚約は必ず解消する。
妹のためにも、自分のためにも。




