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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第四部01 春を待つ雪解け
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祭りの夜に (2)

マリアはシルビオ、ノア、そしてヒューバート王子と共にムスタファに指示された館にいた。

ノアはヒューバート王子の姿を見て、ポーカーフェイスのまましばらく硬直していた。


「……なぜヒューバート王子がここに」

「僕が連れていってほしいって頼み込んだ。足は引っ張らないようにする。オフェリアたちの弟を死に追いやった相手と知って、何もせず待っているなんてできない。お願いだ」


懇願する王子を前に、ノアが黙り込む。

その姿はマリアにも見覚えがあった――傍目には何の変化もないポーカーフェイスだが。マリアがワガママを言った時、だいたいノアはああなる。


「ノア様。面倒くさい相手が増えたな、とか思ってない?」

「まさかそのような失礼なこと。ちらりと思っただけですよ」


これ見よがしにノアは溜息をつくが、ヒューバート王子の同行を許すしかないと判断したようだ。


オルディス領とプラント領のほぼ境目に存在する館――ムスタファが、そこへガスパルを連れて来る手筈になっている。

ガスパルは腕の立つ護衛を複数雇っているので、しっかり武装しておくように。

ムスタファからそのような警告を受け、シルビオもノアも戦闘態勢は完璧だ。ヒューバート王子は、なるべくノアより前に出ないことを固く約束させられていた。

マリアはほぼ無防備。

仕方がない。この衣装では、武器を隠せない。


「足が丸出しになるのは構わないけど、おへそが出てるのは気になるわ」


ベリーダンスという、チャコ帝国では伝統ある踊りの衣装らしい。長いスカートが足にまとわりついて邪魔そうな気がしたが、大きくスリットが入っているので見た目ほど動きを制限されなくて済みそうだ。

男を誘惑して油断を誘えると同時に、フェイスベールで顔を隠していても何の違和感もない、という実用的な理由によりこの衣装が選ばれたのだが……。


衣装を用意してくれた伯爵からは渋られたし、この恰好をした途端シルビオに上から下まで舐めまわすように凝視された。

そして、二人揃って同じことをマリアは言われた。


「なぜ他の男を喜ばすために、そんな格好をさせなくてはならないのやら」


知ったことか。

どうせすぐ脱がすのだから、衣装なんかどうでもいいじゃない。というマリアの反論は流された。


館内にある寝室のベッドの上で、マリアは待機することになった。

――護衛のほうを先に片付けるから、ガスパルにそれを気付かれないよう、なんとかして注意を引いとけ。

シルビオから物凄く雑な指示を出されたが、マリアは頷いておいた。奴を確実に捕えるためなら仕方がない、我慢はするが……なるべく最悪の事態になるまでに片付けてほしいものだ。


やがて、男の話し声が聞こえてきた。声の主はムスタファ。誰かに話しかけている。


「……せっかくの頂きものなのですが、私には生憎、興味のないものでしてねぇ。無駄にするのもどうかと思ったので、ガスパル殿にお裾分けをしようかと……」


ムスタファと共に、男が入ってきた。背丈は小柄なムスタファとあまり変わらないが、横幅は倍以上だ。脂肪と筋肉の両方がたっぷりとついている。

男の顔は、かすかに見覚えがある。幼い頃キシリアの王城で会った。ガスパルだ。間違いない。

ガスパルはベッドに座り込むマリアを見下ろし、にやーっといやらしい笑みを浮かべた。


「いや、これはなかなか良い品だ。喜んでご相伴に預からせてもらおう」

「気に入ってもらえたのなら何より」


ムスタファは筋金入りの少年愛好家。女を他の男に譲ることを、ガスパルは何の疑問にも感じていない。

ムスタファが寝室を出ていくと、ガスパルが邪な感情を隠すことなくマリアに近付いてくる。

マリアは怯えるふりをして、彼から離れた。時間を稼がなくてはならないし、顔を隠すヴェールを取られないようにしなくてもいけない。


ベッドの上を這って逃げるマリアに、ガスパルが笑う。


「ははは、これはいい。兎狩りか」


ガスパルはわざと散漫とした動きで追いかけてくる。マリアの無駄な抵抗を気に入ったらしい。

この男の注意を引き、多少の時間稼ぎにもなる。ガスパルが追い付きそうなギリギリの距離で、マリアは部屋の中を逃げ回った。


「愉快、愉快……だが、そろそろ味見ぐらいはさせてもらおうかのう」


脇をすり抜けようとしたマリアの長いスカートを、ガスパルが掴む。やはり恰幅の良さは見せかけではない。掴んだスカートを強引に引っ張られ、マリアはベッドへ放り投げられてしまった。

すかさず覆い被さってきたガスパルが、ベッドに倒れ込んだマリアの足を撫でる。ゾッとする感覚も、この腕を確実に切り落とすための我慢だとマリアは自分に言い聞かせた。


そろそろ諦めて捕まるべきか、もう少し逃げ回って時間を稼ぐべきか。徐々に上へとのぼってくるガスパルの手を振り払いたくなる衝動を堪え、マリアは考える。

この男を絶対に逃さないようにするためなら、体を穢されるぐらいどうってことはない。ただ、興奮したこの男がマリアのフェイスヴェールを剥ぎ取ってしまわないかということが不安だった。顔を見られてしまったら、命が危うい。


ガスパルの手がスリットから覗くマリアの太ももまで這い上がってきた時、部屋の外がにわかに騒がしくなった。武装した男たちが部屋に飛び込んでくる。


「ご主人様!敵です!ムスタファの奴が謀りました!」


ガスパルが驚愕に目を見開いた。

マリアも、そっちが失敗するのか、とシルビオたちに心の中で悪態を吐いた。


「ご主人様を捕えるために、ムスタファはキシリア王と手を組んだのです!敵の中に、シルビオがいました!」


ガスパルの護衛が主人に報告をしている間にも、部屋の外がまた騒がしくなる。護衛を追いかけ、シルビオたちが――いや、ヒューバート王子が駆け込んできた。

マリアを助けに来てくれた気持ちは有難いのだが、よりにもよって一番助けにならなさそうな男が来てしまった。護衛の半数が剣を抜き、王子に斬りかかる。王子はなんとか敵の剣を凌いでいたが、明らかに圧されている。

残りの半数がガスパルを逃がそうとしていた。ベッドに押し倒した女のことなんか忘れ去り、自分に無防備に背を晒すガスパルにマリアは静かに近づく……。


「貴様!」


護衛がマリアの動きに気付くよりも先に、マリアはガスパルに飛びついてその首に毒針を突き刺した。

装身具のひとつである指輪は、毒針が仕込まれた特別なものであった。

ただ、この指輪を用意してくれた伯爵が想定したように、以前この指輪を使用した時ほどの効果は期待できない――指輪についている程度の毒針では、ガスパルのように恰幅のある人間は肉の壁に阻まれてしまう。即効性の致死毒ならまだしも、生かしたまま体の自由を奪う毒は効きにくい、と。

ほんの短い間の足止めにしかならない、あくまで最終手段と考えて、使用は控えるように。

そう警告されていた。


一瞬足止めできればそれでいい。

ガスパルが逃げ出すまでの時間稼ぎ。そして護衛の注意をマリアに引きつけるための陽動……。

主人を攻撃されたことで護衛の関心がヒューバート王子からマリアに逸れた。その刹那の隙は、ノアとシルビオにとって絶好の機会となった。駆けつけた二人が、容赦なく護衛を斬り捨てていく。


ほとんどすべての護衛がノア、シルビオを倒しにかかっていた時、部屋に次の男が姿を現した。


「マルセル、その女を殺せ!そいつもグルだ!」


マルセル・ド・ルナール。

ここで出て来るか。マリアは青年を睨んだ。


ガーランド商会の事務所で見せた愛想の良さは欠片もない。冷たい顔をしたマルセルは、細い剣を抜いて静かにマリアに近づく……。


「マリア!」


マルセルが剣を振り下ろすとほぼ同時に、ヒューバート王子がマリアを庇った。

――しかし、マルセルが刃を向けた相手はマリアでも王子でもなく。

マルセルは、マリアのそばで毒のダメージを受けうずくまるガスパルの、足を斬った。


「待って、殺さないで!すぐ楽にしてしまうなんてそんなこと!」


痛みに悲鳴を上げるガスパルを、今度はマリアが庇った。

この男は生かしてキシリアへ連れていく。そしてキシリア王の怒りと、マリアの憎しみを思い知るのだ。キシリアでこの男は惨たらしい罰を受ける――シルビオは必ずそうすると約束した。だから自らの手でガスパルを八つ裂きにするということは諦めたのだ。

ここであっさりと命を落とすなんてそんなこと、絶対に許せない。


「足の腱を切っただけだ――逃げられないように。止血をすれば、これぐらいで死んだりはしない」


話す声も表情に負けず冷たいが、マルセルはマリアの心情を察してくれているようだった。


「貴様っ……貴様も裏切り者か!」


マリアが何か言う前に、マルセルの反逆に気付いた護衛が斬りかかって来る。マルセルがそれを返り討ちにして――ガスパルの護衛はそれで最後だった。気付いてみれば護衛はすべて倒れ、ガスパルだけが生き残っていた。

剣を収めたマルセルが、ヒューバート王子を見る。


「殿下、私にお尋ねになりたいことがあるのは承知しております。しかしその前にムスタファのもとへ向かってください。プラント侯爵は自身の間者を、ムスタファの部下に紛れこませております。今回の罠が早く発覚したのはそのせいです」


マリアはノアとシルビオを見た。ノアとシルビオも互いに目配せし、シルビオが頷く。


「俺がガスパルを見張っておく。早く行って来い」


マルセルに先導され、ノアとヒューバート王子、マリアはムスタファのもとへ急いだ。ノアがちらりと、あなたは大人しく待ってるべきです、と言いたげな視線を送ってきたが、気付かなかったふりを決め込むことにした。


マルセルが危惧したとおり、ムスタファはプラント侯爵の間者に襲われていた。ムスタファの護衛らしき男たちの死体が転がっており、その先にはムスタファを狙う間者と、それに対峙するもう一人の男がいた――その男はエンジェリク人だ。

間者は、マルセルたちが駆けつけてきたのを見て逃げ出そうとした。それを素早くノアが追いかけて斬りつける。柱の陰に隠れて腰を抜かしていたムスタファが、這うようにしてマリアのもとへやってきた。


「た、助かりました……。まさか、私のほうを狙ってくるとは」


ひいひいと怯えたように息をするムスタファに、ご無事で何よりです、とマリアは言った。

殺されても寝覚めが悪いというのもあったし、ムスタファには武器流出の一件でキシリア王に証言してもらうという大事な役割が残っている。死なせるわけにはいかない。


「大丈夫かセドリック」


マルセルがムスタファを守っていたエンジェリク人に声をかけた。

セドリックと呼ばれた男は真っ直ぐマリアの前にやってきて会釈する。


「オルディス公、まだプラント侯爵にはガスパル襲撃の一件を知られていません。二、三日なら誤魔化せます。サミュエルを始末してしまうのなら、なるべく早くお願いします」


どういうことか、とマリアは視線でマルセルに問いかけた。


「この男はセドリック。プラント侯爵の息子だ。といっても、侯爵が召使いに生ませた子で、侯爵は息子としては認めていない。僕は彼と手を組んでいた。侯爵とその一族の横暴さを何とかできないかと――プラント侯爵領には、そう考える人間も多い」

「それで、私たちの計画に協力したということ?」

「そうだ。シルビオ・デ・ベラルダのことは僕も気付いていた。もしかしたらキシリア人のガスパルを捕まえに来るのではないかと。それでガスパルの動向を見張っていたら、今夜の一件を嗅ぎつけたというわけだ」

「そう……。正直に言えば助かったわ」


ガスパルは捕えられただろうが、今夜のことを間者によって侯爵に報告されるところだった。そうなれば、サミュエル・プラントを始末できない。そしてムスタファも殺され、キシリアへの武器流出は永遠に真相を闇の中に葬られるところだった。


「僕も便乗しただけだ。礼を言われるほどではない」


そう言うと、マルセルはヒューバート王子の前に膝をつき、恭しく頭を下げる。


「ヒューバート殿下。私の本当の名はマルセル・ド・ルナール。ルナール家は、代々ラプラス王家にお仕えし、お守りして参りました。殿下をお助けできたこと、私には何よりの栄誉です」


マルセルに頭を下げられた王子は戸惑い、少し後ずさりながら困惑した視線をマリアに送った。


「マルセル、殿下と話をするのは後にして、おまえたちはさっさとこの館を出たほうがいい。後始末は俺がしておく。長居されるとかえって面倒だ」


セドリックに忠告され、マリアたちはガスパルと共に待つシルビオのもとへ行き、引き上げることになった。

寝室に戻ってみれば、ガスパルは足を手当てされた状態で眠りこけている。シルビオの仕業なのは聞くまでもない。キシリアへ生きたまま連れて帰るのだから、足の傷を放置しておくわけにはいかないし、確実に捕縛しておけるよう眠り薬は最初から用意してあった。


「少し離れた場所ではありますが、宿を取ってあります。マルセル君、ついてくるというのであれば念のため腕を拘束させてもらいますよ。ガスパルを連れていては、あなたが何かした時に対応できませんから」


シルビオと共にガスパルを厳重に縛ったノアが、余りのロープを持ってマルセルに言った。マルセルは抵抗することなく両手を縛られていた。ロープの先はノアが持ち、ガスパルをシルビオ、ヒューバート王子の三人で引きずる。


「ガスパルを捕えた以上、なるべく早くキシリアへ帰りたい。船の手配を頼めるか」


シルビオがノアに向かって言った。


「すでに伯爵が手配してあります。明日には出港できるはずです」

「準備がいいな。そんなに俺をマリアの前から追い払いたいのか」


冗談めかしてシルビオは言ったが、実はそういった思惑もあるでしょうね、とノアが同意する。シルビオは笑い、マリアに振り返った。


「俺のエンジェリク観光もこれで終わりだ。明日にはキシリアへ帰るためオルディスを出ることになる。そういうわけだから、マリア、今夜はその格好のまま俺の部屋に来い」

「だめです。伯爵から、その格好のマリア様を絶対自分のもとへ連れて来いと私も言いつけられておりますので」

「知るか。キシリアへ帰る俺が優先だ。ホールデン伯爵のほうは後日改めてマリアに着せればいいだろう」


バチバチと火花を散らし合うシルビオとノアにヒューバート王子は苦笑し、マルセルから、お前が関係を持っている男は伯爵だけじゃなかったのか、と言いたげな視線を投げかけられてしまう。

とりあえずマリアがどちらへ行くのかは、二人で夕陽の見える丘で殴り合いでもして決めればいいと思う。

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