気高く咲く花は美しく
マリア・オルディス公爵――エンジェリク王グレゴリーの愛妾。キシリアより到来した魔女に、真面目が取り柄の王は籠絡され、虜となった。
「そんな女をベッドに引きずり込む。期限は一週間以内。どうだ。乗ってみないか?」
男たちは、ニヤリと笑ってシリルを見る。ゆったりと椅子に腰かけ、足を組んでいたシリルも、ニヤっと笑った。
「いいだろう。最近は、退屈して仕方がなかった。王の愛妾……狙うには悪くない」
「いいのか?失敗したら、おまえは破滅だぞ。グレゴリー陛下は彼女を盲愛しているからな」
「構わんさ――そういう終わり方も一興だ」
シリル・ダフィード子爵。数年前にダフィード子爵家を継いだ放蕩息子。
先代子爵が築いた財の上にあぐらをかき、贅沢を享受してろくに働かない。十代の頃から、彼が意欲的に行ってきたことと言えば、美しく地位のある女を口説いて、一夜を共にし……あっさりと捨てる。
……何もかも、面白くないのだ。退屈で。落ちる前はあれほど魅力的に見えた女も、一晩経てば色褪せて見える……。
そんなシリルの性格を利用し、男たちは賭けを持ち出した。
生意気なキシリア女を引きずり落とすチャンス。失敗しても構わない。王との関係に波風を立てられれば。
美しい顔立ちをした若い男。そんな男が愛しい花の周りを飛び回れば、それだけでも王は大いに機嫌を損ねるに違いない。
翌日からさっそくオルディス公爵を口説きにかかったシリルを、賭け仲間たちは密かにほくそ笑みながら眺めていた。
そして――どうしてこうなった?
「おい、それは……何のギャグだ?」
一週間後。賭けの結果を報告し合う予定であったが、シリルの恰好に、男たちは目を丸くするしかなかった。
いつもは髪も適当に流したまま、美しい衣装も着崩して。数寄者のような振る舞いをしたがるシリルが、今日は髪をビシッと整え、衣装もしっかり着こんでいる。
この男は昨日、オルディス公爵の屋敷に招かれる約束を取り付けていたはずだが。
「賭けは俺の勝ちだ。今朝はオルディス公爵からの屋敷から朝帰り――話はそれだけか?悪いが、忙しいんだ……」
手短に言い捨てて、シリルは仕事へ向かう。
先代ダフィード子爵から受け継ぎ、シリルもこの城で役職に就いている。名ばかりで、一度もまともに働いたことなどなかったのに。思いもかけぬ人の出勤に、同部署の同僚たちも驚いていたぐらいで。
「まさか……。出世でもするつもりか?オルディス公爵のために」
冗談のつもりで言ったが、ああ、とシリルは真面目な表情で頷く。
「彼女を手に入れられるなら……。可能性は低いが、愛人の一人ぐらいには選ばれたいんだ。そのためには、力がいる。彼女が頼りたくなるような力が……」
「そんなにあの女は良かったのか」
賭け仲間の一人が嘲るように言ったが、シリルは平然とまた頷いた。
「世界がひっくり返るというのは、こういうことを言うんだろうな――笑いたきゃ笑ってろ。俺は忙しい」
それきり、シリルは仕事に取り掛かり、仲間たちとの雑談にも応じなくなってしまった。
……そんなに、あの女は良いのか……。
薄暗い王の私室にて、うつぶせの状態で王に組み敷かれたマリアは、シーツを握り締め抗議の声を上げた。
「グレゴリー様……今日は、なんだか乱暴ですわ」
「心当たりはあるだろう」
いささか険を含んだ声で言えば、マリアはくすくすと笑う。
なんのことでしょう、とうそぶく彼女を罰するように、マリアの肩に噛みついた。
「ダフィード、ブレイジャー、マーカム、スピアリング……どれもこれも、社交界では悪名高い色男たち。そんな男たちに群がられ、まんざらでもない顔で笑っておったそうだな」
「私、皆様が思っているよりずっと俗っぽい女ですよ。ハンサムな男性が、私の気を引こうと熱心に口説いてくる――悪い気はしません」
「抜け抜けと」
王の愛妾でありながら他の男にまで色目を使う女に、王は罰を与える。
でも、マリアはにっこりと笑っていた。
「グレゴリー様だって。そういう私がお気に入りなくせに。私に群がる男たちを眺めながら、自分のものだとアピールするのがお好きなんでしょう」
「まったく……。遊び惚けるばかりのバカ息子共がまともに働くようになったと、ニコラスは愉快そうに言っておったわ。みな、そなたを手に入れるために新たな野心を燃やし始めたらしい」
「大変よろしいことではありませんか。彼らが真面目に働いてくれれば、グレゴリー様もサボりやすくなって、私と一緒にいる時間が増えますわよ」
城の男たちに狙われるのは、よくあること――羨望の眼差しで見られるのは悪くないが、ベッドに入れば自分のものになると思い込んでいるのは苛立つ。
なぜ、当たり前のように、女がかしずくと思っているのか。かしずくことになるのは、男のほうかもしれない――それを思い知らせてやっただけ。
ついでに、何か別方面でもやる気を出すようになってくれる。ありがたいことだ。
いずれ妹の夫が王位を継ぐのだから、優秀な人材は何人いたって困らない。
マリア・オルディス公爵。キシリアより到来した魔女。
美しく咲く花に男たちは群がり……けれど、結局その花が誰かのものになることはない。
手に入れたくてもがくけれど、花は美しく微笑むばかりで男たちを翻弄し続けていた。




