語るその人の名は
「そして生まれたのが、あなたなのよね。クリスティアン!」
「はい――まったく。母の波乱万丈ぶりには、いまさらながらに驚かされます」
一度こうと決めた時の母の頑固さには、クリスティアンも何度も振り回されてきた。
自分が生まれる前からそんな調子だったと教えられた時には、乾いた笑いしか浮かばなかったものだ。
「でもお母様も、マリアのことが大好きだって言ってたわ」
少女の言葉に、ありがとうございます、とクリスティアンは答える。
クリスティアンだって、もちろん母を愛している。
困った人で……彼女にお説教したのも、一度や二度ではない。
父は、母を諫めるどころか率先して甘やかす人だったから、ノアと二人で頭を痛めたこともあった。
でも大好きだった――いまも。
クリスティアンはずっと、両親のことを誇りに思っている。
「クリスティアンが生まれても、マリアの波乱万丈な人生は続くのよね」
「はい。私が生まれたぐらいで、落ち着いてくれるような人ではありませんし。それに、傾国として国の頂点に立って、それで終わりというわけにもいきません」
生きている限り、道は続く。どこまでも。
道が続く限り、そこには障害があり、困難もある。
歩みを止めることのできないマリアは、それを越えていかなければならない。
命尽きる、最後の時まで。
「――さて。そろそろ、おはなしはおしまいにしましょうか」
クリスティアンが言えば、えーっ、と少女が不満そうな声を上げる。
予想通りの反応だが……さすがにもう時間だ。
「すみません。そろそろ港へ向かわないと。またキシリアに来ますから。話の続きは、その時にでも」
「絶対よ!約束だからね!」
少女と別れ、クリスティアンは馬を飛ばす。
もうすぐ出航の時間だ。エンジェリクへ帰る船が出てしまう。
キシリア――母の故郷。
自身の父を喪った母は、妹を連れ、この国を逃げ出した。
国の危機を救うために何度かこの地に戻って来たものの、エンジェリクの王子に嫁いでしまった妹と共に、母はエンジェリクに残った。キシリアに帰ることはなかった。
クリスティアンは、商会の仕事でキシリアに渡る父に連れられて、幼い頃からたびたびこの国へ来ていた。
クリスティアンにとっても、第二の故郷だ。
船の上で、遠くなっていくキシリアを眺める。
海を隔てただけの国……とても遠い国。母はどんな思いで、この光景を見ていたのだろうか。
マリアの悪名は、広く知れ渡られている。
けれどマリアの本当の姿を知っていた人間は、どれぐらいいただろうか。
――歴史は、真実を語ってはくれない。




