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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第五部02 敵の敵は味方にはならない
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小さな親切、大きなお世話 (1)


オルディス領で短い冬休みを過ごし、マリアたちは王都ウィンダムに帰って来た。

王都にあるガーランド商会の本店を訪ね、伯爵を始め知人に挨拶しに行ったのだが……さっそくデイビッド・リースに捕まって、マリアは仕事を手伝うことになってしまった。


マリアの仕事の手伝いが終わるのを待っていたオフェリアは、休憩の合間に絵を描いているメレディスに声をかけた。


「何描いてるの?」

「ポスターを複製しているんだ。ちょっとした依頼でね」


そう言って、メレディスは描いていた物を見せる。

色彩豊かな絵が描かれたポスターはとても賑やかで、楽しそうな雰囲気がよく表現されていた。

ポスターには、シルバーサーカス団と描かれている。


「サーカス?サーカスが来るの?」


オフェリアが目を輝かせた。


「ねえねえ、お姉様。サーカス見たい!観に行こうよ!」

「シルバーサーカス団って、すごく有名なサーカス団よ。王侯貴族でも、簡単に観に行けないって聞いてるけど……」

「伯爵に頼めば、なんとかしてくれると思いますよ」


書類から目を離すことなく、デイビッドが口を挟んだ。


「エンジェリクでの興行にあたって、ガーランド商会はスポンサーになってますから。たぶん、伯爵なら伝手で何とかしてくれるはずです」


オフェリアは、期待に満ちた眼差しをマリアに向ける。マリアは苦笑しながら、わかったわ、と頷いた。




シルバーサーカス団を観に行く日、マリアたちは早い時間に到着した。

伯爵の伝手でサーカスを観れることになったのだが、警備の都合から開場時間よりも早めに到着しておいて欲しいとサーカス側から頼まれたからだ。


「開演までまだまだ時間あるのに、お客さんいっぱい並んでるね」


テントの前にずらーっと並んでいるお客を見て、オフェリアが言った。


「人気のサーカス団だもの。一般のお客で入ろうと思ったら、早朝からああやって並んで待つそうよ」


マリアの言葉に、甘い、とララがつっこんだ。


「早朝どころか、徹夜で並んでる奴もいるらしいぜ」

「徹夜で……それはすごいな。本当にすごい人気なんだね」


ヒューバート王子も感心している。


待ち合わせの場所にすでにホールデン伯爵が来ており、サーカス団の団長と共に出迎えてくれた。

団長はでっぷりとした体格に人の好さそうな笑顔を浮かべ、いかにも、といった服装と雰囲気の男性だった。


「これはこれは、ヒューバート王子殿下!ようこそ我がシルバーサーカス団へ!殿下にご覧いただけると聞き、団員たちも今日は特に張りきっておりますぞ」


団長は非常に友好的に王子たちを出迎え、握手を交わす。

サーカスの団長と言うだけあって、小さな子にも好かれるような笑顔の作り方をよく心得ている。大人の男性が苦手なオフェリアも、ニコニコと笑う彼にはあまり恐怖を感じていない。


「開演まで時間もありますし、こちらのテントへ……。殿下の御身を守るため、安全かつ確実に入場していただくため、皆様にはこちらでお待ちいただいて、一般客の入場が完了したのち入場していただくことになります。なにとぞ、ご了承くださいますよう」

「分かった。楽しみにしている一般客の邪魔をしてしまうのは僕も本意ではない。時間まで、ここで待っていよう」


ヒューバート王子が快く了承すると、団長はいっそうニコニコしながらテントを出て行った。


テントには簡素なストーブが用意されており、椅子はヒューバート王子、オフェリア、マリアの分だけだった。ホールデン伯爵が座るべきだろうと思ったのだが、伯爵からマリアが座るよう勧められてしまった。


「寒いね。伯爵に言われた通り、暖かい格好してきてよかった」


ホールデン伯爵からのプレゼントでもあるもこもこの毛皮の上着を着たオフェリアは、それでも冷たくなった頬を自分の手袋で暖めていた。


「テントは、どうしても隙間風が入るからな」


伯爵が言った。

待機している時間はそれなりに長い。伯爵から事前に助言をもらっていたのでしっかりと防寒用の服を着こんできてはいる……が、ナタリアやベルダも、立ちっ放しは平気でも寒さは辛いらしい。

マリアはストーブを二人に譲り、伯爵が連れて来ていたマサパンに抱きついた。


「やっぱりマサパンは暖かいわね。純度百パーセントの毛皮は最強だわ……」

「あーん、お姉様ずるいー!私もー!」


マリアとオフェリアに抱きつかれ、マサパンは嬉しそうに尻尾を振っている。同じく供としてついてきた、伯爵の従者ノアが大きく溜息をついた。


「……伯爵、殿下。マサパンじゃなく自分に抱きつけばいいのにという顔をしないでください」




一般客の入場も終わり、マリアたちはショーが行われるテントに入ることになった。

伯爵が自分たちを見送るのを見て、一緒に来ないの、とオフェリアが声をかける。


「スポンサーの私は、初日より前にすでに観せてもらっているのだ。だから私のことは気にせず、君たちで楽しんできなさい」


王子とオフェリアが案内されたのは、貴賓席だった。

一般客の座席よりも高いところにあり、障害物に遮られることなくステージを見下ろすことができる。そして一般の客席から、よく見える場所でもあった。


「紳士淑女の皆様、ようこそシルバーサーカス団へ!本日は、ヒューバート王子殿下にもお越しいただいております!どうか皆様、拍手でお出迎えくださいませ!」


団長が挨拶と共に王子を紹介し、一般客の視線を浴びながらオフェリアは席に着くことになった。


ヒューバート王子はにっこりと笑い、拍手で自分たちを出迎える客に手を振って応えた。オフェリアにだけ聞こえる声量で、オフェリアも手を振って、と囁く。

オフェリアも完璧な淑女の笑みを湛え、手を振る。


「……お姉様。もしかして、ずっとお行儀よく見てなくちゃだめ?」

「ショーが始まったら、みんなそっちに夢中になるわよ。それまではお行儀よくね」


オフェリアの後ろの席に座りながら、マリアが言った。


貴賓席には、ヒューバート王子とオフェリア、二人から少し離れたところにマリアの椅子が用意されている。

侍女のナタリアとベルダにも椅子はあるが、護衛役のマルセル、ララ、アレクは立ちっ放しだ――護衛の任がなくなるわけではないので当然だが。


それでも、そう簡単に見ることのできないサーカスに、ララやアレクは感激していた。


「それでは――大変長らくお待たせしました。シルバーサーカス団……ショーを開幕いたしましょう!」


マリアが予想した通り、ショーが始まってしまえば一般客も王子やオフェリアに関心を失っていた。


陽気なピエロのジャグリングから始まり、曲芸師たちがその芸を披露する。中盤にはライオンを中心とした動物ショーも行われ、最後の大とりは空中ブランコだった。


空中ブランコではオフェリアが行儀の良さも忘れてハラハラとしていたが、普段ならそれをなだめるベルダたちも見入って注意することを忘れてしまっていた。

ヒューバート王子すら、体裁を取り繕うことはすっかり忘れて感嘆の声を上げている。




「すごかったね!とってもドキドキした!」


ショーが終わっても興奮冷めやらぬオフェリアが、まだ夢を見ているような表情で言った。


「本当に。僕も、まさに手に汗握るといった状態だったよ」

「マルセルまで、護衛のこと忘れてポカーンと口開けて見てたぞ」


ララの告げ口に、マルセルは気まずそうに咳払いをした。


「殿下。本日はお楽しみいただけましたかな?」


団長がやって来て、ヒューバート王子に声をかける。

さっきまでステージにいて客に挨拶をしていたのに……急いでここまでやって来たのだろう。もてなす側も大変だ。


「ああ、とても。素晴らしいショーだった。特に空中ブランコは夢中になったよ」


王子の言葉に、団長はご満悦といった表情でうんうん、と誇らしげに頷く。

オフェリアは中盤の動物ショーが気に入ったようだ。


「私はライオンさんたちが良かったな。白いライオンさん、とっても綺麗」

「シルバーのことですな。あの子は我がサーカス団のシンボルですから」


動物ショーに登場した白いライオン――シルバーという名がつけられており、世界的にも稀少なライオンだ。シルバーサーカス団の名前の由来でもある。


「もしよければシルバーに近くで会って行きませんか?シルバーの子どもたちぐらいなら、触ることもできますぞ」


オフェリアが目を輝かせたのを見て、王子の返事は聞くまでもないとマリアは思った。




まだ片付けも終わらぬ舞台裏。動物の檻をつけた馬車が並び、そのひとつにホワイトライオンのシルバーがいた。

世話をする猛獣使いは大柄の屈強そうな男で、団長からシルバーの様子を聞かれていた。


「今日は機嫌が良い。触っても大丈夫だろう」


シルバーの子どもたち――仔ライオンは、生後三週間ほどの赤ちゃんで、オスとメスの双子だった。どちらも父親に似て真っ白だ。


「可愛いー!」


オフェリアは大喜びでライオンの赤ちゃんを抱っこする。もう一頭はヒューバート王子が。ベルダやナタリアも羨ましそうに二人を見て、ライオンの赤ちゃんに触りたがった。


「シルバーはもとは穏やかな性格なんだが……子どもが生まれてから、気性が荒くなってな。機嫌の悪い時に子どもに触ったりすると、襲ってくることがある。白い毛並みのやつは身体が弱い。シルバーにも八頭の兄弟がいたが、そのうち白く生まれたのは三頭……全部二週間と生きられなかった」

「それで、子どもへの危険に敏感になるのですね」


ふわふわとした毛並みの赤ちゃんライオンを撫でながら、マリアは猛獣使いの説明を聞いた。


シルバーは穏やかな目つきをしているが、我が子に触っている人間から目を離さない。子を想う親というのは、人間もライオンも同じだ。


「人間を襲ってしまったら、シルバーを殺処分する羽目になる。人間の血の味を覚えられたら、もう俺たちと一緒には暮らせない。大切なサーカスの一員――家族も同然だ。そんな目には遭わせたくない」


愛しそうにシルバーを見つめる猛獣使いに、マリアも同意した。強い絆で結ばれた仲間を殺したくない気持ちは理解できる。


「シルバーは、代々受け継がれてきた名前なのですよね。この子たちのどちらかが、いずれ新しいシルバーとなってショーに出るのですか?」


ヒューバート王子から赤ちゃんライオンを受け取りながら、マリアが聞いた。


「まだ分からん。赤ん坊の頃は白くても、成長すると普通の色になることもある。どんな性格に育つかで、ショーに出れるかどうかも変わるしな」


つぶらな瞳でマリアを見つめる小さなライオンはとても愛らしく――そんな我が子を、シルバーは心配そうに見つめている。

我が子を想う父の姿。マリアは赤ちゃんライオンよりもシルバーのほうに強い関心を寄せた。




何気ない、楽しい時間だった。

妹のおねだりで関わることとなったサーカス団は、この後ちょっとした事件に巻き込まれる。


ホワイトライオンのシルバーが、人間を襲った――それも、貴族の身内を。


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