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紫色のクラベル~傾国の悪役令嬢、その貴種流離譚~  作者: 星見だいふく
第四部03 離反者
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エンジェリクの王族 (3)


王妃のお茶会が行われるサロンは、庭に面した部屋だった。

手入れがされた庭にもテーブルが用意され、招かれた客の半数は庭でのお茶を楽しんでいる。


パトリシア王妃は室内にいた。ご婦人に囲まれ女王のように振る舞う王妃は、ペンバートン公爵夫人を見て目を丸くする。


「まあ、公爵夫人!貴女がお越しになるだなんて……何かございましたの?」


ペンバートン公爵夫人は、間違いなく王妃に招かれている。それなのに、公爵夫人の登場に王妃は驚き――予想していたように、公爵夫人は穏やかに微笑む。


「今日は良いエスコート役が見つかったの。それで彼女を見せびらかしにね……。こちら、マリア・オルディス公爵よ」

「オルディス公爵……。ああ、チャールズの婚約者ね。陛下がお決めになった」


王妃はちらりとマリアを見たが、すぐに興味をなくして公爵夫人に視線を戻した。

何の関心も抱かないことに、今度はマリアが驚く番だった。善きにせよ悪きにせよ、王妃にとって、マリアは無視できない存在のはずなのに。


「お二人に席を……。お前、この方たちを案内なさい」


侍女に命じて公爵夫人を適当に座らせた王妃は、それきり自分の席に戻って取り巻きたちと楽しそうにお喋りに興じる――そのお喋りの大半は、どうでもいい王妃の自慢話のようであった。


自分が招いたというのに、公爵夫人の登場に驚いた挙句ろくに対応しようともしない。公爵夫人が説明したように、形式的に招待しただけで、来ることはまったく考えていなかったらしい。

もっとも、公爵夫人もいままで王妃の誘いは断り続けてきたのだから、そう思われても仕方がないことではあるのだけれど。


「何も考えていないだけよ。良くも悪くも頭が空っぽで浅はかで。だからレミントン侯爵には都合のいい存在なのでしょうね。御しやすくて、いとも簡単に操れる妹だもの」


侍女に案内されたテーブルに着きながら、公爵夫人が説明した。


レミントン侯爵は、王妃の実兄だ。もとは伯爵だったレミントンは、妹が王子を生んだ王妃になったことで侯爵の地位を手に入れている。王妃パトリシアは、兄に言われるままに動いて贅沢を享受し、注目を集めて楽しんでいるだけ……。


「パトリシアはね、自分のことだけが可愛い女なの。自分を引き立ててくれるから王子や王女も可愛がってはいるけれど、本心ではどうでもいいのよ。だから息子の婚約者であるあなたにも関心がないの――心の底から」


ペンバートン公爵夫人とマリアは、異端な客として部屋の片隅で孤立していた。それは構わない。放っておいてくれたほうが、マリアも客たちを観察しやすい。

しかし、そんな忘れ去られたテーブルに近づく者もいた。

キャロライン・エヴェリー侯爵令嬢だ。


「ご機嫌よう、キャロライン」

「ご機嫌よう、コンスタンスおば様」


コンスタンス・ペンバートン公爵夫人が笑顔で挨拶すれば、キャロラインも控え目に微笑んでお辞儀する。

公爵夫人に用があるのかと思ったが、意外にもキャロラインはマリアを見ていた。


「ご機嫌よう、オルディス公爵」

「ご機嫌よう。キャロライン様は、私に何かご用事があるようですが」


愛想よく対応すれば、キャロラインが視線をさ迷わせる。

気まずくて、何かを尋ねるのをためらっているように見えた。マリアも公爵夫人も急かすことなくキャロラインを待てば、やがて意を決したように、彼女はマリアに視線を戻した。


「……オルディス公、お聞きしたいことがございます。スティーブ・ガードナーのこと……」


声を落とし、周囲を確認するようにキャロラインが話す。

王妃派にとって、彼の話題はいま、あまり好ましいものではない。客たちに聞かれていないか、確かめたのだろう。


「あの日。公爵が殿下とお会いになった場には、私の父もおりました。そしてスティーブとマクシミリアン様のやり取りも、すべて目撃しておりました……」


キャロラインの父親エヴェリー侯爵は財務大臣。

大臣格の貴族はあの対面にも居合わせている。父親から、キャロラインが事の経緯を聞かされていても不思議なことではない。


「本当なのですか?殿下が……スティーブを無情にも切り捨て、それに逆上したスティーブが乱心したと……そのせいでマクシミリアン様は我が子を手にかけることになり、ついに反乱を決意させてしまったと……」


ええ、とマリアは頷く。色白のキャロラインの顔は、青ざめていた。


「スティーブ・ガードナーは、私にとっても幼い頃からの知人でした。マクシミリアン様もお優しくご立派な方で、父も親しくしており……ああ、そんな人たちが……なんとむごい……」


まともな感性を持っていたら、キャロラインのような反応をするのが普通だろう。


チャールズ王子に、彼女の良心の半分でもあれば……。

せめてモニカではなくキャロラインをそばに置いておくべきだったのだ、王子は。

聡明で誇り高いが良心を失わない彼女なら、近衛騎士の選定試験のときも、先ほどのフェザーストン伯爵夫人でのパーティー会場でも、上手くチャールズ王子をフォローしてくれたかもしれない。


キャロライン・エヴェリーは、王妃派が彼女をチャールズ王子の婚約者に推すのも当然と感じさせる女性だ。


「キャロラインったら、そんな人と話をしてたの!」


ジュリエット王女が、マリアたちと話すキャロラインの姿を見つけて言った。

よく通る大きな声に、客たちが注目している。わざとなのか、騒がしい気質なだけなのか。どちらにも当てはまりそうで、真意はよく分からない。


「駄目じゃない。そんなおかしな女と話していたら、あなたまで変な目で見られるわよ!」


王女はキャロラインの腕をぐいぐいと引っ張り、マリアから引き離そうとする。

大勢の前で侮蔑の言葉を投げかけられたマリアはもちろん、侮蔑する王女に巻き込まれたキャロラインも恥を掻く羽目になっているのだが、王女にはその自覚があるのだろうか。


「あらあら。ずいぶんな言われようね」

「コンスタンスのおば様……」


ペンバートン公爵夫人の姿に、ジュリエット王女が露骨に嫌そうな顔をする。

マリアも人の好き嫌いは激しいほうだが、王女はもう少し建前を取り繕うことをしたほうがよさそうだ。


「いつもはお母様が招いても無視する癖に、そんな女のためならいらっしゃるのね!」


ツンケンとした態度で、王女はキャロラインを引っ張って行ってしまった。キャロラインは、何度か申し訳なさそうに公爵夫人を見ていた。


「……私が貴女をチャールズの婚約者に推したのはね、あの子を引き離したかったのもあるのよ」


公爵夫人がため息交じりに呟く。


「キャロライン様ですか?」

「そう。あの子のことは、小さい頃から知っていて……チャールズ王子の妃になど、なるべきではないと思っていたの。キャロラインでは、優し過ぎるわ。敵と見据えた相手を容赦なく蹴落とす冷酷さ――妃には、時として必要になるものよ」

「誰もかれもが私のように非情にはなれないでしょう。特に、若い女の子なのに」


自虐も込めてマリアが言った。


マリアの場合、生まれ持った気性もある。

マリアは、敵と見なした相手や邪魔者を葬り去ることに、何のためらいも罪悪感も抱かない傾向があった。

恐らくそれは、人として欠如しているものがマリアにはあるのだと思う。だからそうではないキャロラインは、むしろ至極真っ当だ。


最初に案内された席に座ったままお喋りをしていたが、庭が騒がしくなってマリアはそちらに視線をやる。騒ぎのもとを確認しようとペンバートン公爵夫人も立ち上がったので、マリアも彼女についていった。


庭には大きな噴水が作られており、そこに集まって客が騒いでいるようだ。

見れば、噴水の中に一人の女性がいる。ずぶ濡れになってぼんやりとたたずむ女性……誤って噴水に落ちてしまったのだろうか。


「エステル様!」


侍女が慌てて駆け寄って来た。この暑さだと言うのに、駆け寄る侍女は襟をきっちり留め、袖の長い服を着ている。長い前髪が顔の半分を隠しており、肌が露出することを徹底的に封じているようだ。


侍女は自分が濡れることも構わず噴水の中に足を踏み入れ、主人のそばへ行った。


「何をしているの、ポーラ。どうしてその子がここにいるの!」


パトリシア王妃が目を吊り上げ、侍女を叱責した。異常な光景に客たちはひそひそと囁き合ったり、くすくすと嘲笑したりしている。


エステルと呼ばれる女性はぼんやりとしたまま、王妃のことも客のことも視界に入っていないようだった。

侍女が頭を下げて謝罪をしていた。


「申し訳ありません。お休みになられていたものですから、つい、目を離してしまい……」

「楽しそうな雰囲気に誘われたのでしょう。良いじゃないの。エステルだって、あなたの娘でしょうに」


取りなすように、ペンバートン公爵夫人が言った。パトリシア王妃の顔色が変わり、嘲笑していた客も気まずそうに口を噤む。


王妃は未亡人――既婚者だ。前の夫との間に子供がいるとは聞いていたが、それがエステルと呼ばれるこの女性のことらしい。年はマリアよりずっと上のはず……目の前の女性は、少女と呼びたくなるような風貌だが。

夢の世界にいるような、あどけない表情が彼女を幼く見せているのかもしれない。


侍女のポーラに連れられ、噴水の端に向かってのろのろと歩くエステルに、マリアは近づいて手を差し出した。


「まあ、お気遣い頂いて……でも、お召し物が汚れてしまいます」


ポーラは遠慮しようとしていたが、エステルはマリアの手を取って噴水から這い出る。マリアは、お気になさらず、と笑顔で対応した。


そろそろ潮時だ。

マリアはこの茶会から退散したい。彼女を助けて服が濡れてしまえば、ここを離れる口実ができる。

そういった打算込みの親切なので、ポーラの気遣いもエステルの無頓着さも意に介さなかった。


噴水から出てきたエステルが、じっとマリアを見ている。


「エステル、彼女はマリア・オルディス公爵よ。そんな格好をしているけれど、間違いなく女性だから安心なさい」


公爵夫人が、朗らかに笑いながら紹介した。


マリアの周りにはポーカーフェイスな人間が多いが、エステルもまた、いままで会って来た人間とは異なるタイプのポーカーフェイスだ。

ぼんやりとした表情は起伏が少なく、何を考えているのかまったく読めない。


ただ、マリアを見ている彼女の目は、ここに登場してから初めて視線がはっきりと定まっていた。


「男なのか女なのか分からなくて、戸惑っているのよ。エステルは男性が苦手だから」


公爵夫人がマリアにも説明した。


公爵夫人はポーラ、エステルと知り合いのようだ。茶会を離れ、二人に付き添う。公爵夫人のエスコート役であるマリアも一緒に茶会を離れ、王族のプライベートエリア手前で彼女たちと別れた。

さすがにそこまでついていくほど図々しくはなれない。




パーティーや茶会の間、召使い用の控え室でマリアが戻ってくるのを待機していたララと合流し、マリアは帰るべきかウォルトン副団長――もとい、ウォルトン団長にも挨拶すべきか悩みながら城をうろうろとしていた。


「レオン様たちのパーティー会場は、女の私は出入りしないほうがいいかしら」

「かもな。ちらっと俺も覗いたけど、男ばっかだった」

「そう。なら、他のお客様にもかえって気を遣わせることになるし、少しだけ顔を出して、気付いてもらえたら挨拶する程度にしておこうかしら」


ウォルトン団長やフェザーストン隊長の昇進祝いが行われているパーティー会場へ向かうと、廊下の途中で一人うろうろとしている少女を見つけた。

――モニカ・アップルトン男爵令嬢だ。

あの派手なドレスは脱ぎ、少し地味なものに替えている。彼女も十分可愛らしい少女なのだ。着ているものは控え目なほうが、その可憐さをよく引き立てている。


モニカはマリアに気付き、ぎくりと顔をこわばらせた。しかしマリアを見て一瞬怯んだ彼女は、何かを決心したように手を握りしめ、キッとマリアを睨んだ――マリアのほうは、彼女のことを無視するつもりだったのに。


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