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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「柔術家は強さを求めて本を読む」
8/66

十六話・十七話

 (十六)

 22時。

 黒と同じクラスの飯島恋(いいじまれん)は、震える手に手紙を持ちながら指定された場所、時間に佐々木公園の一角に立っていた。

 (あの人たちはどこかに隠れて見ているのかな・・・)

 と、恋は手紙に書かれていた通りに用意されているロープを見ながらおぼろげながらに思う。

 恋の見ているロープは木のしっかりした枝に縛られていて先には輪が作られている。

 手紙には、

  

 恋ちゃん、今まで楽しませてくれてありがとう。

 最後に僕らも恋ちゃんも幸せになる方法があるよ。

 それはね、僕らの目の前で恋ちゃんが死んでくれればいいと思う。

 恋ちゃんは今の生活をおしまいにできるし、僕らは滅多に見れない人が死ぬところを見ることができるからね。

 地図に書いてある所にロープを用意しとくから、それを使ってね。

 じゃあね~。

 

 と、書かれていた。

 恋は実際に用意されているロープを見ながら、

 (あれが私を幸せにしてくれる・・・)

 と、普通の感覚が麻痺してしまっている頭で思う。

 飯島恋は、いじめられていた。

 恋は、誰が自分をいじめているか分かっている。

 高等部二年で柔道部の広田力(ひろたつとむ)を中心にした数人だ。

 理由など分からなかった。

 いじめられ始めてからの数日間を除いて、“なぜ広田力は私をいじめるのか?”という問いを恋は止めてしまっていた。

 広田達になにもされていない時間にいじめられていることを少しでも考えると、気が狂ってしまいそうだった。

 追いつめられた恋は“なにもされていない時間が少しでも長く続きますように”と思うようになっていた。

 なにもない時間に逃げ込む以外に、どうすることもできないのだった。

 いじめられている自分、普通に何事もないかのように仲のいいクラスメイトと笑い合う自分、どちらも靄が掛ったような浮遊感の中で飯島恋はここ一ヶ月間を過ごしてきた。

 恋がいじめられるきっかけは、高校に入学して柔道部のマネージャーになったことから始まった。

 文武大付属には“マネージャー部”という部活がある。

 文武大はマネージャー部から各部活にマネージャーが派遣されていくという形が取られている。

 マネージャー部は、“最高のサポートが成った時、それは選手が最高のプレーをする為のステージが整うという事である”を目標に、「最高のマネージメントとは何か?」を研究する部活であった。

 文武大付属に入学した飯島恋は、マネージャー部の目標に心を打たれ入部することにしたのだった。

 そんな理想に燃える中、飯島恋は柔道部に派遣先が決まりマネージャーの仕事に取りくんで行くのだが、そこに広田力がいた。

 恋が柔道部へ配属になり数日が経つと、頼みたいことがあると広田に普段は物置として使われている柔道部の第二部室に呼び出された。

 そこには広田と数人の取り巻きがいて、真ん中に座る広田が恋に、

 「恋ちゃん、呼び出してごめんね。いや、お願いがあってさ。これを気持ち良くしてもらおうと思って」

 と、言いながら広田は自分の股間を指さす。

 「え?・・・あ・・・え?」

 訳が分からず混乱する恋へ、

 「早くしてくれないと、みんなでレイプしちゃうよ~。ほら、後五秒。・・・ごう~、よ~ん、さ~ん、に~い、いち、はい、レイプしま~す」

 そういうと、広田の隣にいた取り巻きが顔を醜くにたつかせながら恋に近づいてくる。

 身の危険を感じた恋は出入り口から逃げ出そうとするが、静かに移動したのか、それとも最初からそこにいたのか、取り巻きが出入り口にいて恋は捕まってしまう。

 飯島恋はその場で犯された。

 叫んでも、暴れても、誰も助けに来なかった。

 なぶられる中で、いつの間にか自分の体に起こっている事がまるで映画を見ているような感覚になっていて不思議だなと恋は思う。

 そんな恋にビデオカメラを向けながら、

 「恋ちゃん笑って~。もし誰かにこのこと話したら今撮ってる映像をみんなが見れるようにしちゃうから、内緒だよ~」

 と、魂が抜けたような、感情を示さない恋の虚ろな目をカメラに撮りながら広田は釘を刺すのだった。

 この日を皮切りに、広田のいじめが始まった。

 逃げることは出来なかった。

 恋は内気でただでさえ人に相談できないうえ、広田の呼び出しを拒むと仲の好いクラスメイトのペットが誰かに殺され、友達の身の回りの物がなくなった。

 恋は抜け出すことのできないいじめの日々を送るうちに、いろいろなものが麻痺していってしまった。

 始めは“友達に迷惑がかからないように”と歯を食いしばっていたいじめも、一カ月経つと、いじめられてもただただ言われたことを従順にこなすロボットのように恋はなっていた。

 そうすることが楽だった。

 そんな恋にとっていま目の前に吊るされているロープは、この一カ月の出来事を全て終わらせてくれるとても魅力的な天国への入り口に見えていた。

 恋はロープに近づき、用意されている踏み台に登りロープに手をかける。

 ロープを首にかけようとする恋の顔は、引きつった笑みをたたえていた。

 「何やってんだよ‼」



 (十七)

 恋は手にロープの輪を持ちながら、声のした方に顔を向ける。

 「恋!何やってんだよ‼早く降りろ!」

 「あ、近藤君。私、天国に行くんだよ。見ていてね」

 恋はそういうと手に持っている輪を首に運ぶ。

 「おい!止めろって!」

 近藤は恋にかけ寄り、腰を抱きしめるとためらいなく草の上に引き倒した。

 「いたた、近藤君なにするの。痛いよ」

 近藤は恋の肩を掴み、体を揺らしながら問いただす。

 「恋、おまえにこんなことした奴は誰だ?」

 「誰でもないよ。私が望んでやっているんだよ」

 と、恋は引きつった笑みで答える。

 「じゃあなんでおまえの顔は引きつってるんだ?自分で選んだならそんな顔するな!そんな顔して死ぬなんて、おれは許さねえぞ!」

 「え・・・あ・・・ぁ・・・」

 恋は近藤にまっすぐ見つめられ思考が停止する。

 だがすぐに恋は、友達の靴が中庭の噴水に浮いていた光景を思い出す。前日、広田の呼び出しをすっぽかしたからだった。

 「いや!放して‼死ななきゃならないの!私が死なないと迷惑かかっちゃうの!」

 「おい、落ち着けって!」

 激しく暴れる恋を近藤は必死に抑え込む。

 「おいおい。死のうとしているのにそれを止めちゃだめじゃないか?」

 もみ合う恋と近藤は動きを止めて声のほうに顔をむけると、茂みから広田力が数人の取り巻きを連れて出て来るところだった。

 それを見た恋は顔を青くして、

 「近藤君逃げて!早く逃げて‼」

 と叫ぶ。

 「おまえをこんな風にしたのはあいつらだな?」

 近藤は恋が答えるより早く体を起して広田達に向き合った。

 「いやだねえ~。正義の味方気取り?はやらないよ」

 近藤は広田の声を聞いて驚く。なぜならば近藤は広田を知っていたからだった。そして近藤の中の広田はこんな場所にはいないはずの人間だったからだ。

 近藤は怒りも忘れて心の中の広田像と目の前にいる広田が同一人物なのか確認しなくてはいられなくなる。

 「こんなことしていていいんすか?広田先輩。大会近いんじゃないんすか?」

 広田の左眉がピクっと動く。

 「おまえ・・・誰だ?」

 「自分は第三中の柔道部にいた近藤一(こんどうはじめ)です。中学の頃、あなたの柔道に憧れていました。まっすぐで迷いがなくて・・・あなたは本当にあの広田先輩ですか?」

 広田は頭をうなだれて苦しそうに、

 「柔道・・・そんなものやっても何も変わらないんだよ・・・」

 「そんなはずありません!先輩はあんなに強いじゃないですか。同じ地域の第一、第二、第三中が集まってやる合同練習の時、先輩はあの中で一番つらい練習をしているのに、他校の人間でも誰とでも乱取り組んでくれて、あんなすげえ練習する人が柔道を捨てられるはずがありません!」

 広田はうつむいたまま肩を震わせて嗚咽を漏らす。

 「ハハ・・・おれは今まで何をしていたんだ・・・こんなことしてる場合じゃないよな・・・なんで俺こんなことしてるんだ・・・なんで‼」

 広田の強く響き渡る“なんで”にこの場にいた全員が驚く。

 「近藤、おれは間違っていたよ・・・こんなことしてる場合じゃないわ。気付かせてくれて本当にありがとう」

 そう言うと、広田は近藤に近づき握手をするべく右手を差し出す。

 「先輩・・・」

 それに応えて近藤も右手を差し出す。

 二人は握手した。

 瞬間。

 握手した手を広田が引き込み近藤の体が前に泳ぐ。そこに磁石がくっ付くかのように広田が懐へ入ると、腕と襟元を取って一気に地面へ近藤の体がたたきつけられる。

 見事な背負い投げ。

 だが普通の背負い投げとは違い、引き手をせず内臓へ衝撃を集中させているため、大きな石を地面に落とした時のような低く地面が揺れるような音が響いた。

 「やりやがった~‼」「ハッハ~!」「いい音したな~おい!」

 広田の取り巻きたちが一気に色めく。

 「どうよ?俺の演技?なかなかじゃね?」

 「すげえよ広田。おまえ俳優とか目指したら?」

 「“なんで‼”のとこなんて本当にびびったもんな~!」

 肩を叩き合いながら大盛り上がりの広田一行。

 一方。

 「は!・・・ぁ・・・ぁ・・・は!・・・」

 投げられた近藤は自分の体にことごとく裏切られていた。

 息を吸えといくら考えても空気は入ってこなかった。

 どうしたらいいか分からない。

 転がる。

 転がるしかない。

 視界が暗くなる。

 目をつぶる。

 小さく息が入る。

 細い糸を手繰るように、小さい呼吸を繰り返す。

 少しずつ、息の吸える幅が膨らんでくる。

 仰向けになり目を開けると、暗くなっていた視界が晴れて来るところだった。

 「近藤君!近藤君‼」

 近藤が声のするほうに顔を向けると、恋が泣きながら体をゆすっていた。

 近藤は恋の顔を見ながら、苦しさと落とされた時に打ち付けた背中の痛みの中で恋を助けたいと思った。

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