プロローグ
文武大付属学園の広大な敷地の一角にある、第三武道館の扉はすべて開け放たれていた。球技にも使えるように設計されている武道館は、もうすぐ八月になる太陽の日差しを屋根に受け、夕方になった今も室内を息の詰まるような熱い空気へと変え続けている。
「せいや!」
「おお!」
身長が180センチを超えているだろうか、始めて見た者へ細長いと印象付ける四肢は確かに長く、両手を広げた腕の長さは普通であれば身長とそう変わるもではないところ、この男は身長より20センチ以上長い。このリーチの長さと合わせて長い脚で細い印象を与えるが、筋線維が浮き上がった細くない腕を見た時、彼の全身へ張り巡らされているだろう常人離れした筋肉を想像させるのに十分なものだった。
細長い男に向かい合うもう一人の男は、髪を丸められた丸い頭に合わせて体も丸く160センチほどの身長は雪だるまのような印象を与える。この男も腕や首から垣間見える筋線維が常人の体とは違う事を容易に想像させた。
「気合入れろ!」
「気持ちだ!気持ち!」
「止まるな!攻め込め!」
武道館の床に書かれたフルコンタクト空手の大会規定と同じ大きさに貼られた白線を、三十人ほどの空手部員が取り囲み、各々が対照的な二人へ声を掛けている。
高身長の肩から真っ直ぐ最短距離で放たれる拳は、長い腕の印象とは対照的に鋭く雪だるまへ伸び、打ち下ろされた拳は次々と顔、首、肩、胸へと矢が突き立つように刺さって行く。
「シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ」
高身長で常人離れしている肉体から、誰が見ても力が乗っている姿勢で繰り出された拳を雪だるまが受けるのを見れば、誰もが次には雪だるまが後ろへ下がるか倒れ込むことを予想するところだが、予想は裏切られ雪だるまは打撃が当たる毎に口を小さく鳴らしながら前へ進んでいた。
高身長のオープンフィンガーグローブからは、雪だるまの体が巨大なゴムであるかのような触感が伝わる。
「シュッ!」
進んでいた雪だるまが間合いへ入ると、今度は稽古を見守る部員へも聞こえる大きさで口を鳴らし、肩口から真っ直ぐ高身長の鳩尾へ伸びる突きを放つ。
体の大きさの違いで印象は違うが、高身長も雪だるまも良く練られたフルコンタクト空手の実直な突きだった。
「おおおお!」
高身長の鳩尾を襲う雪だるまの右拳は、当たる刹那沈み込む高身長の体に力を削がれ、高身長の動きを止めるまでには至らない。
「おお!」
それでも高身長の内臓へは雪だるまの拳は衝撃を伝え、高身長は痛みから身をくの字に折りたい生理的な衝動に駆られるが、姿勢を保ち腹から気合を発し自分の攻撃が出しやすいように、相手の攻撃を捌けるように姿勢を崩さない。
腕を組みながら目を細め、向かい合う対照的な二人を見る虎を思わせる男は、
「ふむ・・・」
と小さく声を漏らし、二人の力量を分析していた。
(打撃のセンスは芦田が上だが防御の上手さは兵藤が勝る。兵藤は体の強さで突きを受けているように見えるが、どの打撃にも拍子を逃さず、体を小さく動かすことで捌いている。芦田は天性の手足の長さを長所に力の乗せ方も申し分ない攻撃だが、攻撃のセンスから守る必要に責められた事の経験の少なさからか防御がまだ弱い。兵藤もまたしかり、練られてはいるが打撃に奥深さがまだ足りない・・・今回の課題にはこちら側ではないが、この二人で行くか・・・)
しばらく二人の組手を見ていた虎男は、
「そこまで!」
と声を掛け止めさせる。
高身長の芦田が三発打つ間に兵藤が重い一発を当てる攻防を四回、五回繰り返したところだった。
大会のルールの三分を待たずに止めたのは、長所短所が噛み合う二人が部員の掛け声の気合に満ちた武道館の中で組手を続けていれば、練習を超えたつぶし合いになってしまうだろうと虎男は判断したからだった。
虎男ことフルコンタクト空手部の主将の五島忠志が声を掛けると、熱を込めて声を掛けていた周りの部員たちが良く飼いならされた犬のように一斉に静まり返る。
「締めの正拳、千本用意!」
「押忍!」
五島が声を掛けると、正面の神棚へ向かって部の上級生から順に並び、掛け声と共に正拳突きが数えられていく。各々が理想の突きの形を思い浮かべながら繰り返される正拳突きは、瞬く間に部員の体から汗を噴き出させ武道館の室温を高める。
フルコン部が締めの練習に入った同じ時、数百メートル離れた高等部の校舎にある図書室では“図解 軍隊格闘技”と書かれた本を難しい顔で眺めるメガネの男が居た。
男の座る図書室の円卓には“軍隊の歴史”“実録!軍隊訓練の全て”“一兵卒が感じた外人部隊”など軍隊に関係する本が積まれている。
(こんなの・・・自分には無理じゃないか?・・・)
図書館で本を漁る間山和仁は二日前、生徒会長の田沼興三郎に呼び出され渡された手紙の依頼の内容が重くのしかかっていた。
「間山君、今日来てもらったのは、校長から研究会への参加を求められる手紙を預かったからなんだ。とても名誉な事だから是非説明会へ参加した方が良いよ。卒業単位への加点もたっぷりだからしっかりね」
と、会長に渡された手紙の内容は以下のようであった。
拝啓
間山和仁様
この度は我が校へある国の方から、校を上げて取り組みたい依頼が入りました。
依頼内容としてはその国の宮廷警護、並びに軍隊の兵を鍛える為のカリキュラムを作ってほしいというものです。
当初、運動部の代表を募る事でこの依頼の質を高める事を考えていましたが、最近の間山君の活躍を聞くに付け声を掛けることにしました。
この勉強会へ参加して、学業の発展に役立てて頂けたら幸いです。
校長 中井哲也
敬具
「困った・・・」
「・・・どうしたの?」
和仁が本に落としていた目線を声のする方へ向けると、図書館の受付に座り同じように手元に本を置いた図書委員長の高梨黒が和仁へ顔を向けていた。
「あ・・・」
「すみません」
目が合ってしまい咄嗟に目線を外す二人だが、会って間もない時の事と最近起こってしまった触れ合いのせいで、お互い今までにも増して変な事にならないように気を付けていた。
「あの、それが会長経由で校長から手紙を頂きまして、勉強会と言うのに呼ばれたのですがその内容と言うのがどうにも自分には難しそうで」
「何が難しいの?一つずつ話して整理してみる?」
お互い顔を下げたまま話を進めていく光景は、この場に二人の関係を知らない人間が居たら違和感を覚えるものだが、和仁が抱えてきたいくつかの事件を相談し解決へ少なからず貢献してきた経験から二人には違和感はなく、こういう時の黒との会話は掛けがえのないものになていた。
近くで目が合うと、お互いおかしくなってしまう事が分かっていた。
理性が痺れてお互いの事がすべてになってしまうあの瞬間はとても甘く魅力的なもので、黒との論理的な会話をしていても、近づきたい、触れ合いたいという思いに駆られる和仁だが、論理的な自分はその気持ちをうっとおしくも思っていた。
「和仁君、聞いてる?」
「あ、すみません、難しいと感じるのは知識の量が原因かと言う話の続きでしたっけ?」
「違うわ。勉強会が求めている物が何かわかるか?という質問をしました」
「あ、なるほど。勉強会が自分に求めるものは・・・」
甘美な妄想へ引っ張られていた頭を議論へ修正してくれた黒へ感謝しながら思うところを述べていく和仁だが、それを聞きながら黒は受付の机の下で股に両てのひらを挟み力を入れる事で、和仁への体の反応を抑え込むのに必死だった。
異世界ものと同時にプロローグを投稿した片割れです。
ツイッターでどっちを読みたいですか?みたいなアンケートを取りましたが、見事ゼロ票でした(涙)
今の所、異世界ものにお熱なのでそちらを書いて行こうと思っています。
続きが気になる稀な方はコメントなどしていただけると、震えながら絶頂へ登り詰めます。
よしなに。
https://twitter.com/aikimenhassin




