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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「利用された池尻明子」
61/66

三十話 エピローグ

 (三十 エピローグ)

 「顕ちゃん、忙しいのに悪いのう」

 とても八十を過ぎた老人には見えないしゃんとした正座姿で稽古を見渡していた間山堪治は、音もなく稽古場へ入り堪治の死角から近づいていた戸浦顕蔵へ顔を向ける事無く話しかける。

 「顕ちゃんが上手くなっているのか、わしが老いぼれて来ているのか、今日は玄関のすのこってところかのう」

 「先生、ご謙遜を。いつも試させていただき、ありがとうございます」

 顕蔵は竜神流の稽古場へ足を運ぶときは気配を消して、堪治がどこで気が付くかという稽古を十年は続けていた。顕蔵にとって堪治ほど人の気配に敏感で、自分の力試しになる人間を知らなかった。

 「それで、優翔君のお母さんはどうなりそうかね?」

 気配を消した顕蔵はそのまま音もなく堪治の隣へ座る。それを待っていたように堪治が話しかけるが、顕蔵の気配を消す力が見事なのと堪治が姿勢を変えずにそのまま話すのが相まって、稽古をしている門人で顕蔵が座ったことに気が付くものは居ない。

 「刑事事件の方ですが、恫喝幇助の数が多いので、幇助とはいえ重いものになるかもしれません。判決が出ないと分かりませんが、執行猶予が付くか微妙なところだと思います。民事訴訟も数件起こされていて、そちらも大変だと思います」

 「そうか・・・」

 今日の稽古は警察官や麻薬捜査官、麻薬捜査員など公職に就く人間が対象で、一般枠よりも寡黙で愚直で厳しい技の掛け合いが行われている。自分の命に直結する者たちの稽古なだけに、全員表情は硬く体も硬い。

 「おーい!そんなに硬いと、刃物は刺さってしまうし、何かがぶつかったら自分の体も壊れちまうぞ。一旦体をほぐしてやるから、順番に掛かって来なさい」

 道場全体が硬い技の応酬に支配されてきたのを一掃するために堪治は立ち上がると、

 「うす!」

 と、威勢よく掛かってくる門人を一人ずつあしらっていく。

 凶悪犯と日々戦う公職の人間と堪治とでは、大人と子供のような体格差だ。

 「ほれ、こっちに強張っとるから、こっちはがら空きじゃ」

 屈強な男達は、それぞれが抱える戦いの課題を堪治へぶつけて行く。あるものは左の速いジャブ、あるものは短刀での突き込み、あるものは後ろからの抱き付き、あるものは襟首を捻り上げる。

 それぞれが堪治の返す答えを体に刻むべく全力で掛かっていくが、堪治は体格から想像される結果と逆の結果を出し続けて行く。

 あるものの左ジャブは、潜り込まれた堪治の抱き付きから動きを制御されて無力化される。あるものの短刀は、内側から制されながら顔への当身を入れられそのまま堪治の膝の上で仰向けに固められる。あるものの後ろからの抱き付きは、前へ体を進め逃げようとする堪治を引き寄せる拍子に合わせて足を取り背中で押し倒し、そのまま肩口と脇の下から背中へ腕を回し横から抑え込む。あるものが取った襟首は、堪治が相手の手首を両手で体に引き付けると頭を腕の逆へ抜き頭で逆を取ったまま体を捌いて組み伏せる。

 堪治の見せる技は一般の稽古の基本技と比べると地味だったが、仲間が来るまでの間だったり、窮地を切り抜ける為であったり、ことごとく全員を納得させるものだった。

 「ええか、武術は生き残ってなんぼのものじゃ。特に今日のみんなは命が掛かっとる。命掛かっとるから自然と硬くなってしまう。じゃが硬くなると硬い技しか出なくなってしまうもんじゃ。今見せたのは基本の形の中に入っとるが、それぞれ効く状況っちゅうのは違う。硬くなってしまうと状況が分からなくなってしまって状況に合ってない技を出してしまう事が起きるっちゅうわけじゃ。今見せたのをヒントに色々試してみるんじゃ。受けはケガをしない範囲でしっかり持って厳しくやる。掛ける方は、受けに聞きながらでもいいから効く技を掴み取るんじゃ」

 「はじめ」と声を掛け、手を叩いた堪治は、顕蔵が待つ神棚の下へ戻り正座すると、

 「優翔君のお母さんも、自分が知っとる方法で世間と戦っただけなのだよなあ」

 と漏らすように言う。

 「そうですね。私は先生にお会いすることが出来たので、やり方を花本京子さんより知っていたというだけで、他のやり方を知らなければ同じになってしまっていたのかもしれません」

 「顕ちゃんよ、わしは思うんじゃが、どうしたら人は凝り固まらずにのびのびやれるようになるのかのう?わしだって言ってしまえば、竜神流に囚われた人間じゃ。だがの、のびやかに、しなやかに、広く、柔らかく、これが上手く行くようにと願うばかりなのじゃが、環境なのか、状況なのか、何かの弾みで凝り固まってしまうんじゃ。これがわからんのじゃよ」

 「そうですねえ・・・」

 少し考えた顕蔵は、

 「理想に気が付いて、それを目指して稽古し続けるしかないのだと思います」

 「いててててて!」

 堪治の手解きで、それぞれの課題を解くために活気づいた稽古場であったが、涌井と組んで稽古をする元英語教師の鳴村は、涌井の関節の極めに悲鳴を上げていた。

 生徒を盗撮の犯人に仕立て上げようとした事実が知れ渡ってしまった鳴村は普通に職を探しても就けない状態だったが、堪治は知り合いの伝手で塾の講師の仕事を紹介していた。この仕事を紹介する代わりに堪治は竜神流の目録を取るようにと交換条件を提示し、鳴村は稽古を始める事になったのだった。

 「涌井さん、痛すぎです」

 鳴村は半分泣きべそをかきながら、涌井へ極めを軽くしてもらおうと懇願するが、

 「手首、確認してみるんじゃ」

 と、にこやかに堪治に言われ、鳴村は手首を回して確認する。

 「痛くありません」

 「そういう事じゃ」

 堪治は嬉しそうに涌井へ頷くと、涌井が鳴村に稽古の続きを促し、鳴村はまた悲鳴を上げ始める。

 「鳴村君じゃが、塾で評判がええようじゃ。勉強のコツのようなものが分かっとるようで、学校とは反対に塾の生徒がみんな鳴村君の授業を受けたがっとるようじゃ」

 「わからないものですね」

 「技でも、半歩足を引いたり進めたりするだけで効きがまったく変わってくることがあるじゃろ?鳴村君の半歩は塾か学校かだったみたいじゃ。たまたま、本当にたまたま上手く行ったが、技と違ってこればっかりは本当にわからんのじゃよ」

 「本当ですね」

 堪治と顕蔵は稽古を見ながら押し黙るが、二人の心の中では花本家族と鳴村講師のこれからが良いものになる事を願うばかりだった。

初めて連載というものをやってみましたが、とても難しく、不安になるものなのだなと思いました。

文章も長編を目指して見ましたが、遠く及ばず、もっと上手くなりたいと思うばかりです。

一旦、これで終わりにさせていただいて、もう一度自分の書いたものを見直して見ようと思います。

もしよろしければ、加筆添削に付き合っていただけたら幸いです。


うーん・・・長編を書いていて思ったのですが、自分は短編の方が向いているのかもしれません(汗)

なにか書きたくなったら、また新作にもチャレンジしたいと思います。

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