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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「利用された池尻明子」
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二十九話

 (二十九)

 花本優翔は竜神流の週末の稽古終わり、稽古場の一角で、間山和仁、戸浦守人の三人で、立ち技の投げ技を中心に受けと掛けを目まぐるしく交代しながら、畳に激しく体を打ち付けていた。実力では、和仁が頭四つほど抜きんでていて次いで守人、もう一回り下に優翔の順だが、単純な身体能力なら優翔と和仁は同じくらいと言ったところだろうか。たが、この稽古では積極的に投げられ受け身を取る事を大事としていて、掛けは間合いと呼吸を、受けは投げられることにより体を強くすることが目的で、三人は始めて一分もしないうちに体から汗が吹き出し、畳を雑巾がけするようなさまになっている。それでも頭四つ分の技術は、体力の消耗にも影響を与え、他の二人の動きが鈍くなって立つのに時間を要するようになっても和仁は一人構えを崩さず、他の二人が受けや掛けの姿勢を取るのを待つ余裕があった。

 「ハア!ダメだ!和仁・・・ハア、俺は、もう立てねえ!」

 「ハアハア、お願い!・・・んぐ、します!」

 優翔はもつれた足のままだが、和仁へ体を右斜めへ一度振ってから左に戻し進めながら右手刀を和仁の横面へ打っていく。

 和仁も呼吸は荒いが、優翔の横面が間合いに入ると息を吸い、左手刀で優翔の右手刀を摺り上げ、右足を進めながら右手刀で優翔の右肩口を捉え、息を吐きながら右足を軸に反時計回りに体を捌きつつ、手刀で捉えた優翔の体を丸く投げ落としていく。

 優翔の体は完璧に呼吸を合わされたことで和仁の拍子に乗せられ、足で綺麗な扇の形を描きながら投げられていく。

 投げられながら優翔の頭の中ではすでに畳へ打ち付けられる体の衝撃、それを受け身で逃がし、さらに勢いを殺さないまま立ち上がると左の手刀を和仁の頭へ打ち込むまでの流れが、映像として浮かんでいて、どうしたら最小の力で体を転じて手刀へ力を集中できるかを考えていた。

 「ふっ!」

 小さく息を吐きながら丸く受け身を取ると、畳から受ける力を和仁へ進める力へ変え、体を和仁の額へ力が集中するように転じて行く。

 「鋭!」

 鋭く、速く、強く。

 畳に打ち付けられた力が和仁の頭へ転じて、優翔の左手刀に乗って向かっていく。

 和仁は全く同じ動きを鏡で映したように寸分たがわず反転した動きで優翔を投げ飛ばす。

 「花本君のせいだからな!やめなかったの後悔しても遅いからな!」

 フラフラの守人は打ち込みの姿勢を取りながら半分泣きそうな声で言うと、

 「若いの!まだまだじゃ!立てなくなるまで向かっていけい‼」

 間山堪治が、嬉しそうに三人へ発破を掛ける。

 「ああああ!鋭!」

 「応‼」

 そこから数分だがお互いがお互いを投げ合い、稽古をしている三人にはその数分が濃密で三十分にも一時間にも感じられた稽古の後、バスケ部の練習とは違う体の疲れを心地よく感じながら、優翔は少しでも体に新鮮な空気を入れようと畳に大の字になりながら胸を上下させていた。

 天井を見つめながら、優翔はあの父が母を待つと言った時の事を思い出していた。

 七月の下旬、夏休みに入る前、母が今まで知人を頼り恫喝の幇助ほうじょをしていた事が発覚し、警察に捕まり罪を償う事を決意したことを、八月の中旬に息子へ告白した。夕飯を食べながらそれを聞いた優翔は、父の出先へタクシーで急行し、このことを父へ話し、父は少し考えた後、話し出した。

 「君は人の道を外れてしまったが、それは優翔を思っての事だったってことだね・・・君は僕とは関係のないところで君のやり方で優翔を守ってくれた。その守り方が合っているかとかそういう事を、僕は何も聞かなかったし考えもしなかった・・・これは君だけじゃなく僕の問題でもあったのに君に全てを任せて、僕は仕事をしていた・・・僕は君が戻ってくるまで待つ。僕はこういう事に関してどこまでも不器用だ。だから人の心を知り尽くした君を選んだ。こんな時になって言ってもしょうがないけど・・・僕は君を今でも愛している。君の強さを信頼して優翔を任せていた。僕は君を待つ。戻ってきたらまた話をしよう。三人で何が間違っていたか・・・話をしよう。君が犯した犯罪とかそんな話じゃなくて、僕が君に求めていたこと、君が僕に求めていた事、優翔が僕たち夫婦に求めていた事、全部隠さずに話そう・・・それでどうするか決めよう・・・戻って来てから、また一から始めよう」

 言葉を詰まらせながら言い終えた父の目から、気が付けば涙がこぼれていた。

 震えながら父は優翔へ右手を差し出す。

 優翔はその手を握り、強く握手した。

 同じように父は京子へも手を差し出すが、優翔は二人の肩を強く押し二人を抱き合わせた。

 すると、父は優翔の襟首を掴み、父が優翔と京子を包む形で抱きしめる。

 母も負けじと出せる力で父と優翔を抱きしめ、いつの間にか優翔の目からも涙が流れ出ていて、三人は泣きながら抱きしめ合った。

 母からはいい匂いがして、父からは酒臭さと汗の臭いがした。

 十月になり気温も下がってきて、心地よい風が熱で優翔に見せた八月の記憶を拭っていくと、優翔は誰のせいでもなかったと思った。

 みんなが悪かったのだと優翔は思った。

 母は自分の息子を守る術をああいう形でしか知らなかったし、父は母に任せると言って何もせず、優翔自身は見えないパトロンを頼って甘えていたのだ。

 優翔は、母へ陸上部の先輩が凄く魅力的で気になっている事を、夕食か何かの席で語っていた。五月の終わりごろだったか、母の裏工作で、バスケ部の練習が楽になり調子に乗っていた時期だった。

 それからしばらくして、陸上部の女子たちの練習風景の盗撮動画の噂が広まった。

 恐らく母はこのことを警察に言う事は無いだろうと優翔は思った。

 優翔はこのことを思うと喉に魚の骨が詰まったような感覚になるが、しかし今自分はこのことを誰かに告白して心の救済を求めるより、本物の世界で何ができるかを全力で試さなければならないと思っていた。

 一分一秒でも多く自分を試さなければならないと優翔は思った。

 自分以外の他人はもっと早い時から試しているはずだという焦りが、優翔にはあった。

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