二十八話
(二十八)
母の作ったハンバーグを口に運び、優翔はゆっくり噛み味わうが、それはとてもおいしかった。
優翔がメールを受け取った翌日の夕食、母の京子はリクエストのハンバーグを作って待っていてくれて、昼間バスケ部の練習で追い込んだ優翔の体に京子のハンバーグは、砂に吸い込まれる水のように染み込んでいった。
普通の母親ならば自分の作った料理を貪り食べる息子の姿は、親としての幸せの瞬間であるはずなのだが、優翔の向かいに座る花本京子には笑顔はなく、自身が作ったハンバーグを少し食べては箸を止め、言いたくないが言わなくてはいけない事を言うタイミングを計っているようだった。
「母さん、俺、大丈夫だよ」
伏し目がちだった京子は、優翔の言葉で驚きの顔を優翔へ向ける。
「母さんが何かしていて、この七月後半に何かがあってそれが終わったのが分かったよ。母さんに守られていたことが分かって、嬉しかったのと自分の周りの人が何らかの圧力を受けていたってのを思ったら感情がごちゃ混ぜになって、気持ち悪くなって、その時はもどしたよ。けど、バスケ部の先輩達は勝負にストイックでいじめている時間なんかないって殴られる事は無かったし、空手の先生に紹介してもらって通い出した柔術の稽古もすごく充実してて、だから母さん俺は大丈夫。一位になれなくたってもう泣いたりしないで立ち上がれるから、だから心配しないで」
ここ数日、優翔が考えていた母へ伝えようと思っていた気持ちを、すっきり伝え優翔は残りの料理を食べ始める。優翔も気持ちが上手く母に言えるか不安なところがあり、言い終わってから食べる夕飯はさらにおいしく感じた。
「優ちゃん、お母さんね・・・ここ数日ね・・・」
夕食を綺麗に食べ終わった優翔は、母が苦しくも息子に伝えなくてはいけない言葉の吐露を待つ。京子の前に置かれた料理は半分も食べ終わっていない。
「警察だったり、弁護士さんの所に行ったりしてお話をしてきていたの。悪い事をしていたからその話をしてきていたの」
か細く下を向いて話す京子の目から、流れ星のように涙が滴り落ちる。
「お母さんはこれから裁判所に行って、判決を受けて罪を償う事になります。優ちゃんの言う通り、優ちゃんが一番になれるように、お母さんは友達を頼って、優ちゃんの敵になる子達の親に嫌がらせをしたの。悪いことだってわかっていたけど、優ちゃんが一番だって、世界で一番愛しているからやりました。でもお母さんの力が弱くて優ちゃんを守る事が出来なくなりました。ごめんなさい・・・」
そう言うと、大人でもこんなにしくしく子供のように泣くことがあるのか、と優翔が思うほど京子は泣いた。
しかし、優翔は怒りがこみあげて来て、意味を持たない叱責をしたい衝動を抑え込みながら、自分の考えを整理する為に頭がパンパンになる。
優翔は自分の家族がなぜこんなに歪んでしまったのか、今ならわかる気がした。
花本家の三人はお互いの気持ちを分かっている気になっているが実は無関心なのだ、と優翔は思う。
全部すれ違っているのだ。
父が働き母に稼ぎを渡し自由にさせているのは、母を愛しており楽をさせたいという表の気持ちと、父自身も自由にやりたいという裏の気持ちがあるからだった。
優翔も一番を取り続け、母を喜ばせたいという表の気持ちと、なぜか一番になる事が出来るのだが、この優越感を止められず、深く考えないようにしていた裏の気持ちがあった。
母は小学一年生の優翔の気持ちを見て、勝たせてあげたい一番を取らせたいという表の気持ちと、私の息子が一番で私ならなんでも思い通りにできるという裏の気持ちがあった。
本当は、父は家でくつろげるように、母に家の事を任せ笑顔で待っていてほしかった。
妻は夫にもっと家に帰ってきてほしかった。
優翔は勝たせてもらえる環境じゃなく、勝つ方法が知りたかった。
優翔は携帯を取り出すと父に電話を掛ける。
「父さん?今どこにいるの・・・?分かった、とても大事な話があるから今から行きます。そこで待ってて」
電話を切った優翔は、
「母さん、行くよ」
と、手を取り、母の財布を素早く確認すると、強引に近くの幹線道路へ行きタクシーを拾う。
すれ違いながらもそれぞれがそれぞれを思い、成り立っていた花本家が、母が壊れた事で壊れようとしていた。
今やらなければ、一生後悔する事が優翔にははっきりわかった。
勝負にストイックなバスケ部の先輩達とのやり取りや、竜神流での稽古で“本物”を見た優翔には何をすべきか分かっていた。
「どうしたんだ優翔?京子もそんな顔してメイクが崩れて君じゃないみたいだ」
銀座のバーでお客と飲んでいると話していた優翔の父は、優翔に言われた通り店の前で待っており、少し赤ら顔で、家にいる時の何も話さないむっつりとした父とは違い、仕事の延長であるかのように機嫌よく優翔と京子へ話掛ける。
「父さん、母さんの最近の事聞いてる?」
「いや、家の事は母さんに任せているから。何かあったのか?」
優翔は少し苛立ちを覚えるが、続ける。
「母さんは最近、警察と弁護士の厄介になってて、これから裁判をするんだって。父さんは母さんが裁判をしたり、罪を償う間支えるつもりはある?」
「え?」
赤ら顔だった優翔の父は、沈黙と共に顔の色が引いて行った。
長編と言うより長めの短編と言いますか、中編と言いますか、中途半端な長さになってしまいそうです(汗)
そんなですが、もう少しお付き合いいただけたら幸いです。




