二十四話
(二十四)
バスケ部の先輩達に自分の知らない一学期のチーム内での扱いを聞かされ、自分の守護者であろう母が望まない支援をしていたことを理解し、これから母とどう接したらいいか分からない混乱した頭をそのままに、いつでも泣きだしそうな気持をこらえ帰路に付いた優翔だったが、携帯の画面に目を落とすと空手の先生からメールが届いていた。
明日の稽古ですが、私が昔、お世話になっていた柔術の稽古場へ出稽古に行きます。
いつも着ている空手着で大丈夫なので、以下の最寄り駅で待ち合わせましょう。
××駅改札口
優翔の家庭は経済的に裕福だったこともあり、この空手の先生には小学校五年生から個人稽古を付けてもらっていた。
このタイミングで今まで出稽古など一度もなかった空手の先生からメールが入る事に、母に何かがあったのだろうことを思う優翔だったが、何を話さなければいけないかどうするべきかを迷ったまま家に着いていた。
優翔の混乱を他所に、その夜母は家に帰ってこなかった。気持ち悪いまま緊張して帰りを待っていた優翔だが、先輩たちに言われた内容が衝撃的で、日頃母が家に帰らない事の多い事も忘れていた。
優翔は母へ先に寝る事をメールで送り、休む事にする。思いを巡らせすぎたのか、ひどく疲れていた。
翌日、起きてからも頭の整理が追い付かない優翔だったが、空手の先生と待ち合わせの場所になっている駅へ行き、
「急に悪いな。いい勉強になるから、しっかり学べよ」
と、待ち合わせた駅から出稽古に行く稽古場までの間にそれだけを言った空手の師は、先を歩いて行くので優翔には表情が見えなかった。
稽古場に着いた優翔と師は、師にならい、
「よろしくお願いします」
と、訳も分からず頭を下げ、初日という事もあり優翔は見学し、師の稽古を目で追いかけ、稽古が終わると、
「このまま、ちょっと待っててくれ」
と師に言われ、この稽古場の師範であろう老人と師はどこか別の場所に行ってしまう。
稽古を見学している時から、母とどう接していけばいいか、師とどう接していけばいいかを、まとまらない頭で考えていたが、目を赤く泣きはらしたような空手の師が戻ってくると、
「帰ろうか」
と言い、稽古場の師範の前に連れて行かれると、
「こいつをよろしくお願いします」
空手の師は頭を下げ、優翔の頭をごつい手で包み下げさせる。
「私は君の先生の元先生で、間山堪治と言うもんじゃ。花本優翔君だったかな?これから一緒に稽古しましょう」
堪治はそういうと、二人が頭を上げるのに合わせて頭を下げ、優翔に握手をする。
優翔には目の前の老人の柔らかい手が、自分の師を簡単に投げていた事が嘘のように思えた。
「優翔、しばらくお前は今日の稽古場へ通うんだ。君のお母さんに俺からお願いしたんだ。今のままじゃお前が武道家として、いや、お前の人生が中途半端になってしまう。これは俺の力不足で、面倒が見られないのは謝る事しか出来ない」
「そんな先生、自分は先生に学べればそれで充分です」
「いや、ダメだ」
稽古場からの帰り道、静かだが有無を言わせない強い声色で空手の師は優翔に言う。
「結局俺は本物じゃないってことだ。今日の稽古場には本物がゴロゴロいる。お前は俺じゃ本物に出来ない。あの稽古場で見えるものがあるから、それをお前には学んでほしいんだ。それはお前を今までのお前では無くすが、今その時なのだろう。がんばれよ」
優翔がまだ少年の面影がある頃から個人指導してきた空手の師は、優翔の頭をごつごつした手で優しく撫で、最寄り駅まで何もしゃべらず歩いて行く。
「先生、一ついいですか?」
「おう、なんだ?」
「俺が先生の言う本物になれたら、また稽古つけてもらえますか?」
「嬉しい事、言ってくれるなあ」
師は少し泣きそうな顔をした後、
「お前がもし本物になった時、まだ俺を必要としてくれるなら声を掛けてくれ」
笑顔でそう言った空手の師は、最寄り駅で優翔と「じゃあな」とさっぱり分かれると、改札の中へ消えて行った。
それを見送り、優翔は自分の身の回りで起き始めた激変に戸惑いと不安を抱えたままだが、今日、今まで見せた事のない弱弱しい師が教えてくれた、本物とやらになる事がこの混乱から抜け出す鍵になるのだろうと感じていた。
だが、師に連れてこられた稽古場の風景に、優翔は胡散臭さを感じていて、なぜあんな風に人が投げられ固められるのか理解が出来なかった。
岩のように硬い拳を持つ師を投げていた間山堪治と言う老人の事も、本物になれば分かるようになるのだろうかと、改札前の人が行き来する中で優翔は棒立ちのまま考えていた。
本業が忙しくなると、途端に小説への時間が無くなってしまうものだなと痛感しております。
何卒、ご容赦を・・・




