二十三話
(二十三)
「お前のせいで、俺たちの一学期はパアだよ。これで最後の夏の大会に出られないかもしれない」
練習終わり一年で一人だけ、チームの主要な先輩たちから体育館裏へ呼び出された花本優翔は、先輩たちに締められると思い、週一で通っている空手道場で習う技を使うべきか悩んでいたが、殴られるよりもある意味、衝撃を受ける言葉を浴びせかけられる。
「お前を責めても仕方ないのは分かっているし、殴ったところでお前が怪我をしてチームが弱くなるんじゃどうにもならないからそんなことはしない。でもな、今まであったことを伝えないと俺達の気持ちが収まらないんだ。だから話す。お前が来て半月もしたくらいに俺は母さんから、お前への練習での当たりを軽くするようにって言われたよ。そうしないと職場がおかしくなっちゃうって泣かれたんだぜ?他のメンバーも親のどっちかから同じように言われている。お前何者なんだよ?」
「おれ、そんな・・・」
「でもよ、あの鳴村が居なくなって、それからちょっとしてから今度は母さんが、この前言ったのは気にしなくていいから花本君潰しちゃえとか機嫌よく鼻歌交じりに言うわけだよ。誤解無いように言うけど俺はその時、母さんを怒ったよ。何度説明しても文武大のバスケ部のシステムが理解出来ないみたいだ。鳴村が居なくなって第五チームも他のチームと同じように顧問が見てくれるようになって、これから夏休みだ。この話をしてお前がどう思うかは勝手だけど、俺たちは今学期無駄にした分を取り返す気だ。これをしなきゃ卒業できないよ。当たり前だけどチームとしても勝ちたい。はっきり言っとくがお前のプレイは今のままじゃチームの邪魔になる。嫌がらせとかじゃねえぞ。お前の入る前のチームの方が、連携が取れるんだ。夏が終わって秋になれば俺達三年二人が抜けてお前が入る事になる。もちろん、その前にお前のプレイが変わってチームが強くなるならお前が出る事になる。この話、言っている意味がわかるか?」
夏休みを前にして暑くセミがうるさく鳴く中で、先輩たちが体育館の階段や壁際に座り優翔へ全員が視線を向ける中、暑さとは別の汗が噴き出しているのを優翔は感じる。
優翔は最近の練習ではっきり分かっていたし、今の話を聞いてから思い返せば六月の中頃にはもう分かっていた。自分のプレイはワンマンプレイで、他のチームのレギュラー選手たちと当たれば簡単に止められ、苦し紛れに出すパスは戦術的になんの役にも立たっていないパスで、よくて振り出し、悪ければ上手く詰められ限られたパス軌道を読まれてカットされる場面がほとんどだった。
しかし、鳴村は優翔をレギュラーへ入れ続けた。優翔は頭のどこかで分かっていても、それに甘えつづけた。
「先輩方、その、一つ信じて欲しいって言うか、これだけは言わせていただきたいんすけど、俺には何か根回しするような力はありません。ですが、迷惑を掛けてしまったのは本当なのだというのは分かります。おれ今日、先輩達に殴られるって思っていました。でも、先輩たちは恨みとかじゃなくてチームの事考えていて、自分が恥ずかしくなりました。どっかで先輩たちが手を抜いてくれているのを分かっていたんだと思います。でもそれに甘んじて気を良くしていました。すみませんでした。良ければチームで力になれるように練習させてください。お願いします」
そう言うと、優翔は深く頭を下げる。
「安心したよ。全力で行くから、しっかりついて来てくれ」
それだけチームのリーダーが言うと、他の先輩たちが頭を下げる優翔へ軽く肩を叩いたりするが、優翔へ一緒に帰るような誘いや優しさは毛ほども出さず、帰って行く。
体育課裏に一人になった優翔は、チームとの溝が今はこれぐらいのもので、他の部活の人間がどうかは分からないが、厳しいと評判の文武大付属を選んでバスケ部に三年間を捧げる決意をした人間の懐の深さを思い知らされた。
立ちすくみ一学期を反芻していた優翔は、弱い自分が許せなくて拳と歯を食いしばり、いつのまにか涙が流れだしていた。
そして、中学のバスケ部での事や空手道場での自分の扱われ方を思い返した優翔は、気持ち悪さと怒りを感じるようになっていた。
考えれば考えるほどこの一学期中に起きた事と同じことが起きており、今まで自分に関わってきた人間が文武大の先輩たちと同じ圧力を受け、それを押し殺して自分と接していたことを思った時、耐えきれずに優翔は嘔吐していた。
昼飯に食べたサンドイッチと練習中に飲んでいたスポーツドリンクに再会した優翔は、自分にここまで優しく残酷な事が出来るのは誰かと考え、すぐにそれが母であるだろうことが分かる。
母はかわいそうな人だと、優翔は思っていた。
小学校の運動会で一年から六年まで学年代表のかけっこで優翔は、一年生の時以外は一等賞だった。一年生の運動会で三位に終わった帰り道、悔しさで泣く優翔へ、
「大丈夫よ。優ちゃんは、これからずっと一番になるわ。お母さんが約束する。だから大丈夫」
京子はそう優しく優翔を慰めた。
翌年から一番を取り母に喜びを伝える優翔だったが、三年生か四年生の頃には、母が本当に愛されたいのは父なのだという事が分かっていた。
だから、自分が母を喜ばせ守らなければと優翔は思い、空手を始めバスケットにのめり込み、強い息子の姿を京子へ見せようと思った。
だが、母が望まない形で助けてくれていた事を知って、優翔は母への怒りと愛おしさでまた涙が流れ出していた。自分を深く愛し、人の道を外れてしまっている母とどう接したらいいか分からなかった。




