二十二話
(二十二)
花本京子の一人息子の花本優翔は、最近身の回りで変化が起きている事に違和感を覚えていた。特に優翔が所属するバスケットボール部の第五チームでの自分の扱いが、今までと大きく変わったことを感じていた。
文武大付属のバスケ部は、普通の高校のような強い選手がレギュラーに選ばれ他の部員がそれを目指すのではなく、年に二回行われるテストでランク付けされた順に実力が拮抗するようにチームを組まされ、バスケ部内で常に対抗戦が行われるような形式が取られていた。組んだチームメイトがそれぞれを分析し生徒が戦略を組む。地区大会などの他校との戦いでは、日頃の対抗戦での評価でレギュラーメンバーが選ばれるが、身体能力で劣っていてレギュラーになれなくとも、文武大付属のバスケ部に所属するという事は、一人として球拾いなどのサブに回る事は無く、全員がレギュラー選手でバスケットと言う競技をあきらめたりサポートしたりというような消極的な姿勢は許されなかった。
学校も人気種目の部活には顧問を二、三人付けスポーツの強豪校として、生徒も教師もどうしたら強くなるかを常に突き詰める実験が行われていた。バスケ部は三人の顧問教師が付き、第一から第六までのチームを教師が二チームずつ相談役として管理し運営されていた。
そんな真剣勝負を常とする中でも、担当教員が腐っていればチームも腐ってしまうもので、バスケ部の第五第六チームは部内で“はずれチーム”と揶揄されていた。
それと言うのも、第五第六を顧問していた教師は、鳴村英語教師だった。
鳴村の部活への貢献度は、他の二人の顧問に比べ群を抜いて低かった。第五第六チームに割り振られた選手は、まず鳴村と話すことがほとんど出来なかった。部活の練習へ顔を出すことが少ない鳴村へ、作戦などの相談が出来ないのだ。
そもそも鳴村のバスケットの知識を疑う生徒がほとんどであった。それは当たっていて、鳴村自身、NBAの試合を見るのが好きないちバスケットファンに過ぎず、その知識はトッププレーヤーであるからこそ可能な戦術や戦略ばかりで、学生の能力もろくに見ていない鳴村は自分の考える最強の理論という、頭でっかちな中学生顔負けの空想ばかりを述べるばかりで、運よく鳴村を捕まえて相談が出来ても、生徒は理解の出来ない理論を並べ立てられ煙に巻かれるか、チームを見ていない教師への怒りを押し殺しながら講釈を聞かなければならなかった。
しかし、それだけならばバスケ部内で“はずれチーム”とまでは思わないだろうと部員たちは思っていた。なぜならば、顧問が了承しないとチームのメンバーを最終決定できないという決まりがあり、それが第五第六チームの選手を煩わせ他のチームが揶揄する原因だった。
他の第一から第四チームは生徒が対抗戦のメンバーを顧問に報告に行けば、よっぽど納得のいかない配置でない限り生徒の主張が尊重されていた。実力が劣る選手が配置されていても理由さえしっかりしていてチームが納得しているのならば顧問は首を縦に振るのだ。
そうすることがチームを強くすることを、鳴村以外の二人の顧問は知っていた。ある意味、文武大付属の内部で繰り広げられるこのチーム対抗戦は、バスケ部で高校を過ごすと決めた生徒達にとって他校との大会よりも大切なもので、まさに生徒としての三年間をかけて自分のバスケット選手としての限界へ挑戦する場所であり、与えられた環境での自主性と協調性が鳴村以外の顧問から課せられる最大のテーマだったからだ。
鳴村はと言うと、年二回のテストのデータを元にメンバーを決めない限り生徒の意見を聞き入れる事が無かった。
選手たちは人間である。しかも多感を極める高校生だ。実力は劣っていてもその選手が居るとチームがまとまったり雰囲気が良くなったりといった、データでは測れないものがある。そいうものは日頃の練習とチームを観察しなければ見えてこない。
鳴村にはそれが分からなかった。データがすべてだった。
第五第六チームの士気は、鳴村が担当になってからいつも最悪で他のチームのような熱は無かった。
そんな内情はつゆ知らず、花本優翔は自分を試したいと思い、文武大付属高校を選びバスケ部へ入部した。
生来の才能と身体能力は凡人より高い優翔は、中学でもバスケ部に所属していたがレギュラーを外れたことが無かった。
文武大付属へ入学しバスケ部でのテストの結果、強豪校の中では優翔の身体能力は“中の上”で、第五チームへ配属された。
チームで初めての顔合わせの時、優翔より強い三年の“上の下”の二人、二年の“中の上”の二人の先輩からは、
「よろしくな」
と、前向きな声を掛けてもらった優翔だが、今までかろうじてレギュラーだった二年の“中の中”の先輩からは、
「よかったな。精々がんばれや」
と、憎悪をあらわに肩を叩かれ、何なのだろうと優翔は思った。
厳しい練習を一か月もこなしていると、優翔はバスケ部の第五第六チームの内情が分かり、“中の中”の先輩のやり場のない気持ちを理解するが、実力の文武大付属でも腐っている部分や偏ったものがあるのだと思った。
結局は実力だ、と優翔は思った。
負けず嫌いな優翔は、偏っていても次のテストで悪い成績であればレギュラーを外されるわけで、システムを理解してからは一層努力して練習に励んだ。
入部して二カ月経った六月ごろ気が付くと、格上であるはずの三年の先輩と練習でぶつかっても引けを取らなくなるようになっていた。入部したころは先輩からスクリーンアウトを掛けられると何もできなくなっていたのが、時には刺し返したり後ろからボールを弾く事が出来るようになっていた。
優翔は自分の成長が嬉しく手ごたえを感じていた。
だが、期末テストを目前にして急に鳴村が謹慎処分となり、バスケ部の顧問でなくなると格上の先輩との練習が今までと全く違うものになった。入部したての頃へ戻ったかのように何もさせてもらえなくなった。他のチームメイトとの練習も、今までの練習が嘘だったように厳しいものになった。
まるで今までの練習は、他のチームメイトが優翔へ手を抜いて当たっていてくれたのかと思えた。




