二十話
(二十)
ギッギギと鞭の皮を曲げ伸ばした音が部屋に響く。
「ん~、ん~!ん~!」
その音を聞き、口にはめられたギャグボールの隙間から喜びとも苦しみとも取れる声を、鳴村元英語教師は漏らす。
ヒュっと空気を裂くを音を鳴らし、本来は騎手が馬を打つために使う鞭を花本京子が鳴村の固定された足の親指の根元に振り下ろすと、ピシっと炸裂音が部屋に鳴り響く。
「ん~!」
「お黙り!」
ベットに大の字で四肢を縛られている鳴村は、京子の叱責で声を漏らすのを必死に我慢するが、痛みと次に起こる痛みへの期待とで嗚咽と荒い呼吸は漏れ出てしまう。
すーっと体の中心を鞭でなぞりながら、鳴村のいきり立つものや敏感に反応する体を見て、京子も呼吸が弾み下腹部が熱くなるのを感じる。
「目をつむりなさい」
自ら鳴村に目をつむらせると、鳴村の体のうごめきは一層激しくなる。ベットの周りをゆっくり回る京子の気配を何とか感じ取ろうと手と足の指をせわしなく動かし、次の鞭の衝撃を予想し探し求める。
「お楽しみの所、お邪魔しますよ」
ホテルの部屋の電気をほとんど消してベット脇のスタンドライトだけの薄暗い中で入口側から聞こえた声に、ギョッとした表情を鳴村と京子は向けると、暗がりから浮かび上がるように戸浦顕蔵が進み出てくる。
「花本さん、あなたはやり過ぎだ」
顕蔵が一連の事件と花本京子が関係している事を知っている発言をしたことで、京子の態度は敵に対するそれになる。
その瞬間、顕蔵の右手が振られ、風を切る音と風圧が京子の腰を通り過ぎると、ベットへ卍手裏剣が突立ち、京子が身に着けていたガーターベルトの片方が垂れ下がり薄く切れた皮膚からは血が伝い落ちていた。
「そこで女王様のお仕置きを待つ先生と、あなたが革命後のマリーアントワネットくらいの命の軽さであることは分かってもらえましたでしょうか?」
顕蔵が顔の横に手を上げると、いつの間に出したのか新しく卍手裏剣が握られている。
「あなたは、何者なの?」
「あなたと同じ、一、文武大付属に子供を通わせる親です」
これは危ないですからと京子から鞭を取り上げた顕蔵は、ベットに縛り付けられている鳴村を開放して二人をベットの縁へ座らせて、手早く京子の切り傷を懐から出した布で処置すると、顕蔵は部屋にある椅子を持って来て座り向かい合う。
「色々調べさせていただきました。花本さん、昔のよしみの人から連絡がないでしょう?」
京子は小さく頷く。今回の情事は、顕蔵の言う“昔のよしみ”に依頼した結果を伝えてこない不安を晴らす為、京子が鳴村を呼び出しおもちゃにしたくなったからだった。
「これは相手が悪かったとしか言えない。自分も子供が起こした問題は子供が解決するべきだと思うし、親はそれの手助けとどうしたら筋が通るかを教えてやらせなきゃいけないと思う人間です。でもね、あなたは大人の都合と自分の都合をごちゃ混ぜにして、しかも子供たちに問題の解決を被らせようとした。これはやってはいけない。まあ、普通の生徒だったら上手く行っていたかもしれませんがね、残念ながら保護者が自分みたいなあなたの“よしみ”よりもっと危険な人間だったってことです」
京子は自分が依頼していたヤクザ達が、何かの形で連絡を返せない状態になっている事を知らされてみるみる顔色が青ざめる。
「花本さん、あなた大した人ですよ。これだけ人に愛されて愛している人はそんなにいない。ただの水商売していたお姉ちゃんじゃないのが少し調べて分かりました。でも、ここまで広く深く愛せる人が一番愛してほしい人には愛されないってのは皮肉だと思いました」
京子は顕蔵にすべてを見透かされている事を悟り、わなわなと体を震わせながら口を手で覆いむせび泣く。これを見て事情も何も分からない小物の鳴村が肩を抱きながら、
「大丈夫?」
と、声を掛ける。
これを見た顕蔵は、彼女が今までどれだけの苦労と努力と愛で人脈を築き上げたかを知らないにもかかわらず、このような言動が出来る事に言いようのない怒りを覚え、死なない程度に痛めつける事を考えるが、
「ありがとう」
と流れる涙をそのままに体を預ける彼女を見て、慈悲深くそして愛に飢えている京子の目の前で、愛する男を殴り潰しても自分の気が晴れるだけだと思い直し、半分上げていた腰を椅子に下ろすことにする。
小物の鳴村のような男ですら愛をくれるのならばと、包み込む深い愛を持つ京子を顕蔵は助けたいと改めて思い、
「花本さん、提案があります」
花本京子を調べていた時から腹は決まっていたが、今日、目の前で彼女の人間性を直に見て、顕蔵の躊躇はすべて消えていた。




