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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「柔術家は強さを求めて本を読む」
5/66

十話・十一話

 ㈩

 「クラスの人から聞いたよ~、和仁君がクロっちに図書室で告白したって~」

 「は⁈」

 黒は隣の春香に目を丸くして顔を向ける。

 今日はめずらしく、下駄箱で黒と部活終りの春香が一緒になり、下校を共にしていた。

 「でも、不思議なんだよ~。もう一人の人は、クロっちが和仁君を強くするために図書室に連れていったって言うんだよ~。どっちの人の言ってたことが正しいのかな?」

 「両方違うわぃ!お昼休みに和仁君がいきなり来て、図書室を開けてくれって言うから、開けてあげただけ」

 「でもなんで、クロっちが和仁君を図書室で鍛えてたら告白されるって話になるの?」

 「いろいろ話が変なことになっているので無視しまーす」

 話にならないとそっぽを向く黒だが、「クロっち、ごめんて~」と春香が話を続けてほしい事を懇願すると、「よろしい」と説明を始める。

 「まあ、なんでかってのを説明すると、和仁君がこれ見よがしに私を廊下に呼び出してクラスの連中の注意を引いたのと、図書室を開けてほしいっていうからなんでって聞いたら、強くなりたいとか言い出したのに原因があるだろうね」

 「強くなりたい?」

 「そう。周りの奴らはそれを聞いて変なうわさが広まったのだと思うよ。で、図書室に着いたら理由を話すって言うから、鍵を開けて理由をもう一度聞いたら、稽古場での稽古だけでは強さについて分からないから本を読まなきゃならないんだって言って、そのまま本を読みだしちゃった」

 「う~ん・・・和仁君って不思議な人だね」

 「いやいや、不思議なんてものじゃないでしょ。全然説明になってないし、理解不能だし・・・黙って本読んでいれば・・・そんなに・・・」

 春香は最後の方の言葉が聞き取れないのを、顔から?を出して聞きなおそうとする。

 「なんでもない、なんでもない!・・・あ、公園を使ってショートカットしよう~」

 駅へ行くためにいつも通る佐々木公園を、黒はわざとらしく指をさしてごまかす。

 指をさしたまま先を行く黒を、首をかしげながら付いていく春香だった。

 佐々木公園にはこの時間、人があまりいない。

 今は六時ちょうどくらいで、部活が終わる六時半を過ぎなければ生徒たちは通らないし、公園と言っても滑り台などがある公園ではなく、広い園内をできるだけ人の手を入れず自然に任せた森の中に道を通したような公園であるため、暗くなるとなかなか怖い。そのため子供たちは、五時を過ぎれば親に連れられて帰ってしまう。

 五月の今の時間が一番、佐々木公園に人がいない時間帯であった。もう少し時間が進めば、薄暗いベンチで恋人たちが愛を囁き合うことだろう。

 と、森の中を歩く黒と春香の前に、茂みから男が二人、踊り出てくる。

 男たちは二人とも黒いジャージを着ていて、普通の人より体が一回り太かった。

 太いと言っても太っているのではなく、アメフトやラグビーのようなスポーツをやっている事が素人でも分かる引き締まった太さであった。

 「手荒なまねはしたくない。一緒に来てもらう」

 黒と春香はわけが分からず立ち尽くしていると、男たちが近づく。

 「おい!」

 男たちが声のする方に振り向く。

 振り向くのと同時に、何か白い塊が男たちの顔に次々にぶつかり、弾けた。

 「ぐわ!なんだ?目が‼」

 「目が!焼ける‼」

 弾けた塊には、灰色の粉のようなものが入っていたようで、それが男たち目や鼻を苦しめた。

 「早く!こっち!」

 塊を投げた男は茂みの中から出てくるところで、黒と春香を促す。

 悶絶する男たちの横を抜けて、男を追って黒と春香は走りだした。

 公園の道さえ走り切れば、黒たちが通学で使っている路面電車の駅だ。

 二百メートルほどの森の道を走り切り、大通りに出て路面電車の駅を見ると丁度電車が来るところで、それに三人は飛び乗る。

 「ハア、ハア、電車に乗っちまえばもう大丈夫だろう」

 そう言いながら女子たちの様子を男がうかがうと、走りなれない春香は顔を真っ青にして手すりに摑まりながら全身で呼吸をしている。しばらくは動けない様子だ。

 黒も運動は得意のほうだが、二百メートルダッシュはさすがに辛かったらしく膝に手をついて顔をあげることができない。

 男の方はというと、電車に乗った時はさすがに息を切らしていたが、もう呼吸が整っている。

 「おいおい二人とも、もうちっと体鍛えないと暴漢に襲われたらひとたまりもないぞ」

 聞き覚えのある男の声を聞いて、黒は呼吸が整わないまま男を仰ぎ見る。

 「ハア、あんた、・・・なんで、あんたが?」

 「カッコ良かっただろ?手製の“コショウ唐辛子球”効果抜群だべ?」

 そういうと戸浦守人が黒にウインクを投げかける。

 「あ・り・が・と!」

 黒はウインクが気持ち悪かったのか“と”の言葉に合わせて黒のボディブローが戸浦の腹に突き刺さる。

 「ぐ!・・・助けて・・やったのに・・・」

 戸浦はうずくまって床にキスをした。



 (十一)

 「会議を始めます」

 図書室の受付の後ろは事務室になっていて、黒と春香が襲われた翌日の昼休み、高梨黒、相川春香、間山和仁、そして議長の戸浦守人がそこに集まっていた。

 黒もあまり入ったことのない部屋だが、そこには蔵書の管理がしやすいように立派な作業台があり会議にはうってつけだ。

 その作業台に戸浦から見て左に和仁、右に黒と春香という配置で四人は作業台を囲んでいた。

 「最初にオレがつかんでいる情報から・・・」

 戸浦はメモ帳を取り出し、話しを始めた。

 戸浦の言うところによると、文武大付属の高等部と、文武大学の隔てなく生徒が参加する秘密の団体がいくつか存在するようで、その集団には優秀な生徒が秘密のうちに声をかけられ加盟していくらしい。この秘密結社に加盟すればOBのコネで就職が有利になるなど、社会に出てからも切れる事のない強固な結束をしているとのことだ。

 その秘密の団体の一つが、和仁を襲ったのではないかと戸浦は予想していた。

 秘密の団体の中にはかなり過激なグループもあるらしく、そのグループは力ずくで気になる生徒を試し、団体に必要な人材かどうか見極める場合もあるとのことだった。

 黒と春香の前に現れたジャージ男たちもその関係で、和仁と親しい黒と春香をさらって戦わざるを得ない状況に追い詰めるために現れたのではないか・・・、と昨日の事件の見解を戸浦は語った。

 「ごめんなさい。・・・自分のせいです」

 和仁は昨日、黒と春香が自分のせいで襲われた事を聞き、黒と春香に深く頭を下げた。

 「なんで謝るのよ。この話が本当でも和仁君は一つも悪くないじゃない」

 と、黒。

 「いや、そうとも言えないんだよ、黒。和仁が襲われるのは和仁が何かを持ってるからなんだ。じゃないと秘密結社も襲ってきたりしないんだ」

 戸浦はそう言うと、和仁にまっすぐ向いて和仁が話し出すのを待つ。女子もそれにならう。

 「戸浦の言う通りです。自分には心当たりがあります・・・でもまさかこんなことになるなんて思っても見なかった・・・だから自分はだめなんだ・・・」

 話を切り、ふさぎ込む和仁に、

 「大丈夫?」

 と、黒。

 「ごめんなさい。反省している場合じゃないですね」

 と、顔をあげてまっすぐ他の三人に目線を配った後、和仁は語りだす。

 「みんなには黙っていましたが、自分の祖父は古流柔術の道場を開いていて、自分はそこで七歳から高校に入るまで稽古してきました。たぶん、戸浦が言う自分が狙われる理由はこれだと思います」

 これを聞いた三人は同時に、

 「古流柔術ってなに?」

 と和仁に質問する。

 「う~ん、どこから話せばいいのかな。まあざっとうちの流派の歴史を話すと・・・」

 と、和仁は自分の習っていた古流柔術について説明を始める。

 古流柔術というのはおおまかには、明治維新の前から続く柔術流派の事を言う。

 和仁の習っていた古流柔術は、流派名を「竜神流」と言い、もともと長野県の北の地方のある村で村民たちが伝えていた流派で、流派の起こりは戦国時代の前期とされていた。和仁の家は代々その竜神流の家元で、明治維新後、関東に出て身辺警護を主に行う警備会社を営むようになり、そのかたわら柔術の道場を開いて流派の伝承が行なわれきた、とのことだった。

 「え?和仁君もしかして大企業の御曹司とか?」

 と、思わず黒。

 「いや、会社は兄が継ぐと思います。それにそんな大きな会社じゃありませんし、自分は子供のころから柔術ばかりやって来たものですから頭も余り良くありません」

 と、うつむき加減の和仁。

 「和仁君、お兄ちゃんが居るんだ~。あ、自己紹介、私の番だね。私、相川春香って言います。よろしく~」

 柔術の説明が分からなく、うっとら、うっとら、していた春香が、和仁に兄が居るという話を耳にして自己紹介をしているのだと勘違いをしたらしく、話の流れを無視しながら話に合流する。

 「あ、自分は間山和仁と申します。よろしくお願いします」

 まじめな和仁は思わず自己紹介で受応えけてしまう。

 「おはよう、春香ちゃん」

 と、戸浦。

 「春香、あんた寝ぼけすぎ」

 と、黒が春香に突っ込みを入れた後、和仁に疑問をぶつける。

 「でもさ、和仁君はなんで襲われるの?家に伝わるその竜神流をずっと稽古してきただけでしょ?」

 すると和仁ではなく戸浦が質問に答える。

 「はっきりとした理由は分からないから想像の域は出ないけど、相手は和仁の習っている柔術のことで何か知りたいことがあるんだと思う。じゃないと襲って来ないからね」

 「戸浦の言う通りかもしれません。うちの流派はあまり武術界で有名じゃないから、どんなものか試してきているのかもしれません・・・」

 と和仁。

 「まあ、どんな理由にしろ、黒と春香ちゃんが危ない目に合うのはさけたいな」

 と戸浦がきりだし、少し考え込んだ後、

 「今日の放課後からみんなで一緒に下校すれば・・・まあ、安全かな」

 と提案した。

 「そうだね」

 と、戸浦の案に黒が賛成する。

「みんなで帰るの楽しいから、賛成~」

 と、緊張感のない春香。

 和仁は、小さくうなずいて賛成を示す。

 「よし!じゃあ決定。春香ちゃんは部活終わったら部室で待ってて。三人で迎えに行くから」

 「やめてください‼」

 戸浦が春香に部活が終わった後の段取りを伝え終わった時、廊下から女子の悲鳴に近い声が聞えて来た。

 その声に反応して和仁がいち早く図書室前の廊下に出ていた。

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