十七話
(十七)
「おい!何する気だ⁉放せ!おい!」
「刑事さん、需要と供給だって言ったろう」
少し離れた所から声が聞こえると、新熊実巡査のそれぞれ両脇をシャツの胸元を大きく開けたいかつい男二人が抱え起こし、引きずって行く。進む先に顔を向けるとロッカーが倒されていて踏み台になっており、高い天井のどこかから先が輪っかになっているロープが垂れ下がっていた。
「どこかのセン公が失敗したんだよ。それでしわ寄せが刑事さんに来たってわけだ。セン公が成功してればあんたは死ぬこともなく、生徒の誰かが怒られるだけで済んだって仕組みさ。恨むんならそのセン公を恨んでくれよ」
踏み台に連れて来られて、台を挟んで背は小さいが他の男達と同じ派手なゆったりとしたスーツを着たパンチパーマの男がそれだけ新熊に言うと、
「おら!しっかり上げろ!」
と足を持ち、新熊を踏み台へ立たせる。両脇の男達も一緒に踏み台に乗ると、暴れる新熊を持ち上げて何もできないようにする。
新熊は暴れる中で、膝から下を業務用の厚手のラップで巻かれているのが目に入る。後ろ手に自由を奪っているのも業務用ラップだろうと思いながら、
「やめろ!」
持てる力で、胴体を動かし暴れるが、
「ほら、暴れても結果は変わんねえよ」
必死に体を振ってもロープはパンチパーマの手で首に掛けられ、
「自殺に見せかけるんだからな、ゆっくり下ろせよ」
無慈悲に、新熊の脇の下から体を支えていた力は、重力に逆らうのをやめて行く。
(最後まで抵抗してやる!)
首のロープが完全に食い込む前に、出来るだけ息を吸い込んだ新熊は歯を食いしばり、顎を引き首で全体重を支えるようにいきみ、神経を集中する。
両脇から離れた金髪の坊主頭と角刈り頭は、息ぴったりに踏み台を新熊の脚が届かない場所までずらすと、
「そうだ!生きて見せろ!最後まであきらめるな!」
ヤクザ達のリーダーと思われる背の小さいパンチパーマが、涙ぐみながら新熊を応援しだす。その応援は茶化すような応援ではなく、本気で心の底から応援しているようだった。
その様子を、金髪の坊主頭は理解を超えたものを見て困ったような顔になるが、少し離れた所から耐える新熊含め呆然と見つめる。角刈りは煙草に火を付け吸い出していて、暗がりの中で角刈りが煙草を吸う度に火の光が強くなり角刈りの顔を照らし出した。
「おめら!明日は我が身だ!しっかり見て気い引き締めろ!」
「うす」
新熊は苦しい中でどうにか首が楽になる態勢を探し求めて、動かせる体の個所をすべて動かし捻るが、自分の体重とロープはぴったりと気道と血管を圧迫して、脳みそに残された酸素は着実に消費されていく。
生命の危機に、脳みそは走馬灯を新熊に見せる。
新熊は走馬灯を見ながら一課長に悪い事をしてしまったと思った。
(課長、すみません)
絶対に生きて見せると誓った心が嘘だったかのように、新熊の体に力が入らなくなっていく。
と、しゅるるるる、と風を切る音が響くと、バンと何かが弾ける音が建屋内に響き渡る。少し遅れて今度は新熊の体が地面を打ち、その音が構内に響くと、
「ぐわ!」
と、角刈りが情けない声と共に崩れ落ち、何が起こったか理解するより早く金髪坊主は懐から厚く長いコンバットナイフを抜いて、角刈りを殴り倒した陰に躍りかかっていた。
が、金髪坊主は強烈な光に照らされ何がどこにあるか分からなくなる。金髪坊主が浴びたのはアメリカの軍や警察で使われる強力なフラッシュライトで、暗がりでこれを食らうと瞳孔へ大量の光が注がれ脳みそが混乱し、吐き気を伴う目くらましになる。
「よ、ほ‼」
見えない中でナイフを振り回す金髪坊主だが、それよりも鋭く、強くナイフを持つ手が弾かれ、瞬間、鳩尾へ左手で支えられ固定された右肘が深々と突き刺さり、巨体が嘘のように弾き飛ばされる。
金髪坊主は弾き飛ばされる前、鳩尾に深く肘が刺さった瞬間に、鳩尾から送られる強大な痛みの電気信号で気を失っていた。
「先生!」
声と同時に建屋内に銃声が響く。
パンチパーマは金髪坊主と同じタイミングで懐から拳銃を抜いていて、金髪坊主を吹き飛ばした陰へ引き金を絞っていた。
金髪坊主へ当身が入った完璧なタイミングでの射撃に確信を得ていたパンチパーマは、間髪置かずフラッシュライトの男に標準を向けるが、同時に強力な光もパンチパーマを照らす。
パンチパーマはやみくもに光に向かって三発発砲した。
「残念じゃったな」
撃ち倒したはずの当身男がパンチパーマの右側面へ飛び込んでいた。
左手で拳銃、右手刀でパンチパーマの右肩を絡め捕り、左回転の体捌きで地面へパンチパーマを投げ落とす。痩身で着物姿の老人とは思えない体捌きで繰り出された投げ技の結果、パンチパーマは声も上げずに気を失っていた。
「危なかったあ」
フラッシュライトに銃弾が当たったようで、強力な光が数回点滅すると切れてしまう。持っていた男は、いつの間にか腕を天井に突き出す形でしゃがみ込んでいて、
「ケガは無いかね?」
と、着物男に声を掛けられるが、大丈夫ですと答えると着物男に駆け寄っていった。
「先生こそどうやって避けられたんですか?完全に銃口は先生を捉えていましたよ?」
「一杯稽古するとな、飛んでくる前に飛んで来るのが見えるんじゃよ」
着物男は落ちていた卍手裏剣を拾い、フラッシュライト男に渡す。
「えっと・・・どういうことですか?」
フラッシュライト男は手裏剣を懐にしまうと、着物男と地面に倒れ動かない新熊巡査を起こし、当身着物老人の間山堪治が活を入れる。
「が!ゲホゲホ!」
「顕蔵君も沢山稽古したら見えるようになるやもな」
「はあ・・・」
戸浦守人の父、戸浦顕蔵は命がけの場面を切り抜けたとは思えないような堪治の楽しそうな話しっぷりに、何か高級な手品でも見たような気持になっていた。
植芝盛平は弾丸を避けた言われています。
自分はこういう話が好きでたまりません。
実際、超人的な反応が出来る方に何人にも会っています。
皆さんは、こういう逸話をどう考えているでしょうか?
尾ひれがついた誇張話でしょうか?
誇張話としても誇張したくなっちゃうほど、やられちゃってる人が居るという事でしょうか。
それは弱さかもしれませんが、ロマンが尽きません。




