十六話
(十六)
「おはよう。需要と供給だよ、刑事さん」
気が付くと新熊実は手足の自由を奪われ、地面に寝ていた。どう固定されているのか、紐のようなものではなく全体的に手足を包まれ動かせないような感じであった。
「一体・・・なにが・・・」
新熊は頭のクラつきを感じながら周りを見回す。
どうやら、小型の船を扱っていたであろう廃造船場の建屋の中だった。埃っぽい地面から船を吊る為のごつい建屋の鉄骨、クレーンのレール、使われなくなってから久しい作業台、ロッカーなどが散乱している。
新熊は自分の最後の記憶から、海岸沿いにある海運会社の事務所からそう離れていないだろうと想像できた。
新熊はフィリピンのポルノ会社が発注したドローンの納品先を調べると、荷物は海岸地区のコンテナ荷造り場から行方知れずになっていた。そこで最後に管理していた海運会社へしつこく電話で聞き込み調査をしてもう一度書類を調べさせると、ドローンは製作会社が“製作物の不備の為”と言う理由で引き取っていったとの答えが返ってくる。ひるがえって制作会社に聞いてみると、そんなはずはなく間違いなく納品したとの事だった。
ここまで来ると現場に行って捜査したい欲に駆られるが、それを抑えながら新熊は、今度は金の流れを追う事にした。
そうしたらあっけないほど簡単だった。
ポルノ会社が制作会社へドローン相当の金を送っているのは間違いなかったが、なぜか電話で聞き込みをした海運会社にそれよりはるかに多額の金額が送金されていた。しかも毎月一定額が海運会社にポルノ会社から送金されていた。
完全に怪しいと思った新熊は、上司にこの調査結果を報告し早急に令状を取ってがさ入れをするべきだと訴えた。
「新熊、ダメだ。これは殺しじゃない。確かに金のために少女や少年達が気持ち悪い奴らに動画を撮られているのは認めるが、お前は警視庁のサイバー課を頼っちまったし、この事件は上が今、お鉢をだれが持つかで困っちまってる。この金額が動いていて殺しならもう動いているが、動いちゃダメなんだよ、新熊。分かってくれ」
「課長、お願いします!何とかしたいんです。この怪しい海運会社に俺、警察の捜査って事で電話しちまっているんです。自分のけつは自分で拭きたいんすよ。お願いします!単独で動くのなんか自殺行為なのは重々わかっています。お願いします。課長や諸先輩方の力を貸してほしいんです!」
頭を深々と下げる新熊だが、一課長は年季の入った太鼓腹の上で腕を組んで、困ったようにフンと鼻を鳴らす。
「新熊、来い」
新熊の上司は声のトーンを抑え、新熊の肩を抱くと自販機で二つコーヒーを買い休憩室兼喫煙室へ連れて行き、
「まあ飲め」
とコーヒーを渡し、他に休んでいる連中が居なくなるのを待つ。一課長の行動を知っている先輩連中はゆっくりではあるが無駄話は切り上げ休憩室から出て行く。新人と一課長が二人きりで休憩室へコーヒーを飲みにくる場合はとびきりの説教が始まる事を知っているからだった。
「新熊よ。お前はバカじゃない。しかも正義感を強く持っている。腐った先輩は沢山いる。この調査をするきっかけになった書類だが、そんな腐れ先輩どもなら読まずに捨てる奴がほとんどだろう。で、“問題の無い書類でした”と簡単に言うだろう。お前は今回そんな奴らと比べるのももったいないくらい、いい働きをした。お前の調査結果はもう上にあげてある。そうしたら、“調査ご苦労。動く際は協力を願うと思われる。それまで待機すよう”だ!」
一課長は、喫煙者用に設置されているタバコの空気清浄機兼スタンドテーブルを強く叩く。
「課長、それじゃあ腐れ先輩と同じじゃないですか!」
「しかし、だ」
新熊が声を張り上げた事になにも動じず、一課長はコーヒーを一口すする。
「俺の経験上、上は有象無象って言うのが正解だ。腐ってるやつも居ればお前みたいに正義感で動く人もいる。金で動く奴も居れば、権力が動機の奴もいる」
そこまでは目を合わせるわけでもなく話していた一課長だが、新熊がコーヒーを飲み終わるのを待って真っ直ぐ目を見つめて、
「いいか、お前の調査は良くできていた。現場に足を運ばず、張り込みもせず、空いている時間でここまでできていたら花丸満点だ。ここから先は上の政治的な力で事件をどこに持っていくかを決めている段階だ。俺の経験ではここで下手に動くと死人が出るんだ。分かるか?何かしら上は動いているんだよ。誰が敵で誰が仲間か分からねえ状況で動くとそいつに全部被せて事件が解決しちまうんだ。俺は今まで上がこんな風に答えてきた時に止められなかった新人と情報屋を一人ずつ無くしてる。だから頼む、新熊手柄なんかどうでもいいから大人しくしていてくれ」
一課長は大仰ではないが小さく頭を下げて新熊に、お前の仕事は最高だった、これで仕事は終わったんだ、ありがとう、と伝えていた。
新熊はその場ではわかりました、と答えた。
しかし、その日の仕事上がり、レンタカーを借りると調べていた海運会社へ車を走らせていた。現場に行けば何かわかるのではないか、何か証拠を掴めるのじゃないか、と思うと止まる事は出来なくなっていた。
そして、新熊は家へ帰って居ない事が分かっている一課長のデスクの電話へ伝言を残すと、広い海運会社の構内へ足を踏み入れていた。




