十四話
(十四)
(くそ!くそ!くそ!なんで自分なんだ!くそ!くそ!)
怒りに身を任せながら動く鳴村の下で年増の美女は悦んでいた。
「私に!そう!すべてを!すべてをぶつけて!」
叫ぶように喘ぐ美女だが、鳴村は怒りと自分の愚かさで心がぐちゃぐちゃになりながら、自分でもどう動いているか分からなくなりながら美女を責める。
(くそ!くそ!くそ!)
鳴村は会議室で池尻明子のカメラの中に保存されていた動画とメモリーカードのデータが違う事が確認され窮地に立たされていた。
「そもそも、データが違うという点はありますが」
明子はチラッと鳴村に目線を向けるが、そんな些細な事はどうでもいいとでも言うように目線を戻す。
「見て頂いて分かる方が居るかと思いますが、私がビルで取った動画と問題の発端となった動画は撮られている場所が違います。方角自体はそこまで違いはありませんが、撮影された高さが圧倒的に違います」
「こ、これは何かの間違えだ!誰かがこのメモリーカードのデータを・・・」
「鳴村先生、今まで提示されたビルオーナーの証言や生徒会から出された先生の音声を聞く限り、先生の調査は余りに独断的で断定的な調査と言わざるを得ない」
副校長が目線も合わさず、口の前で手を組みながら言う。他の教員たちも苦い顔をしながら腕を組んだりうつむいたりしていた。
「そんな、副校長。副校長がこの件に関して・・・」
「鳴村君!私は生徒会にも協力を仰いでおいてくれとは指示したが、このような調査をしろとは言った覚えはない」
なんのフォローもなく、電話の内容など無かったかのように鳴村を断罪した副校長を思い出し、いつの間にか涙を流しながら腰を振っていた鳴村だったが、やがて絶頂を迎え、およそ一人の大人の男が見せる事はないであろう女々しいすすり泣きを美女の胸の中で始めていた。
学校が鳴村に下した処分は、停職一か月だった。処分の上では停職だが、ここまでの事をしたことが明るみに出てしまっては、辞職しないわけにはいかなかった。
「なんだってんだ・・・全部俺に被せやがって・・・」
「大丈夫、大丈夫よ。全部上手く行くわ。大丈夫」
いつもアブノーマルな事ばかりする二人だが、今日は美女が聖母マリアよろしくすべてを包み込むような行為に鳴村は身を任せる事しか出来ない。
美女は胸で泣く鳴村を抱きしめ、
(私が愛した男は不幸にさせないわ)
と、心の中でつぶやく。
年増の美女こと、花本京子は自分を慰めてくれるこの惨めな英語教師を抱きしめながら、自分の境遇を思い、これからも自分は不幸になる事など一つもなく、止まることなく登り詰めていくのだと自分に確認する。
京子の家庭は片親で、貧乏で、水商売を生業とする母に育てられた。
酒に酔って朝帰ってくる京子の母は、外で気を張っていた反動か家の戸を潜ると人が変わったようになり、幼い京子へくだを巻きながら頬を張り暴力をふるった。それが終わるとこと切れたように眠り、夕方学校から帰り夕飯を作る京子へ「手伝うね」と気だるそうに起きて来る母は優しく、こんな男は信じちゃダメよと京子に諭しながら一緒にごはんを食べて、母は夜の街へ仕事に出て行く。
殴る母と優しい母に挟まれて十六になった京子は、家を出て東京でキャバ嬢になった。
経済的に学校へ行くことを考えられなかった京子は、夜の街で母が失敗した男選びで自分は絶対に失敗しないと心に誓い、男の見る目を付ける為の勉強をしながら働くことにした。およそ関係があるであろう心理学、人心掌握術、印象学、会話術の本を読み漁りながら店に来る男達を三年も見ていると、誰が本物で誰が偽物か分かるようになっていた。
「君を幸せにするよ」
「僕と人生を歩んでくれ」
「君が居てくれたら僕は他に何もいらない」
容姿にも恵まれていた京子が演じるキャバ嬢に数多の男達は心を奪われ、一生を誓う言葉を口にしていった。その中のほとんどは、一瞬の快楽を掴みとるためのものである事が京子には分かっていた。
のらりくらりと二十代も後半に差し掛かった京子の前に、外資系証券会社に勤めると言う男が現れる。この男が本物の金持ちであることをすぐ見抜いた京子は、この男とあっさり結婚し、息子を産んだ。
金があり、最高の病院で最高の待遇での出産は何の苦労もなく、普通の出産の苦しみに普通の家族の祝福に満たされ京子は幸せだった。
しかし、その男も他の男達ともれなく、一瞬の快楽と子孫を残す欲を満たすと、今度は仕事に一生を誓い家には帰らなくなった。
京子は貧乏ではなかったが、これでは母と一緒だと思った。
泣き疲れ横でスヤスヤと眠る鳴村の頭を撫でると、京子は携帯のキャバ嬢時代から登録されている古いメールアドレスを探し出し、メールを打ち出す。
(副校長を頼った私がバカだったのよ。私を裏切ったらどうなるかを見せつけてやるわ)
京子は携帯の画面に一心不乱に文字を打ち込む。暗がりで画面に照らされて浮かぶ顔は、本来の美貌を般若の面のように怒りの形に歪めていた。




