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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「利用された池尻明子」
41/66

十話

 (十)

 「いたああああい!はなしてえええ!」

 「先生、裏の草むしりしていたら、こそこそ敷地に入ってきたので捕まえました」

 竜神流柔術の稽古場の古参で四十半ばの人のよさそうな笑顔を湛えた涌井という男が竹内紀子を捕まえ、稽古場の入り口に連れて来ていた。

 「竹内、なんでここにいるの?」

 稽古場に居た、間山堪治、和仁、戸浦守人、その他大勢が涌井と竹内を見つめる中、白帯をしめ稽古場で使い古され少し黄ばんだ稽古着に身を包んだ池尻明子が紀子に驚き声を掛ける。

 「せんぱああい!いたあああい!」

 「涌井、稽古してない素人にそんなに技を決めちゃいかんぞ」

 見かねて間山堪治が声を掛け涌井は小さく「すみません」と言うと、素人目には何が痛いか分からない二の腕の裏のツボから手を離し紀子へ体の自由を返す。

 「痛くない」

 「すごいよね。私もこういう護身術みたいなの信じてなかったけど、本当に効くし身が守れるって知って驚いたわ」

 「こらこら、条件が揃わなかったらわしだってやられてしまうのじゃから、あまり持ち上げちゃいかん」

 堪治が誤解無いようにと訂正するが、他の門人は堪治の身に迫る暴力を捌けない状況を想像できなかったし、その状況が気になって動きが止まってしまう。

 「で、このかわいい子は入門願いかい?」

 「あ、この子は私が学校で入っている新聞部の後輩です。特に害は無いと思います」

 「まあ、もうちょい稽古があるから・・・そこに座って見学でもしていくかい?」

 堪治に聞かれた紀子はどう答えていいか分からず、明子に助けを求めるように目線を移すが、明子が“そうしなさい”と言うように頷くので、

 「見学させてください」

 と小さく答える。

 今さっき紀子の体の自由を奪った涌井が同じ人間とは思えないような柔らかい物腰で稽古場の隅へ案内してくれる。紀子には今の涌井の姿と、先程の笑顔ではあるが有無も言わさない対応をする姿のどっちが本当の涌井なのかわからなくなる。紀子にわかるのは、人の自由を奪うという行為をすることに、なんの躊躇もなく、感情を変える事もなくできる人であることは確かだった。

 こういう場所に始めてくる紀子だったが、なんとなく正座をして見学を始めていた。周りを見ると、体をほぐしながら雑談する数組、お互い遠慮なく体を畳に打ち付ける熱の入った稽古をする数組、静かに手を取り合い上げて解いている和仁と守人、老婆が後ろから抱き付き解説聞きながらそれを解く明子、全体を見回り話に加わり稽古に加わる堪治、そんな空間だった。

 稽古の流れが分からない紀子でも、部活の終わりのような空気を感じていて、もうすぐこの稽古場が閉じる事を感じていると、

 「竹内、待たせたね。和仁君が話のできる場所を用意してくれるって」

 「こっちです」

 「あたた」

 立とうとした紀子は、短い時間で足がしびれてしまったようで動けなくなってしまっていた。

 「最初はすぐ痺れるのに、人間なれちゃうのよね」と明子が言うと、

 「池尻先輩の呑み込みの早さを祖母が驚いていました」

 「本当?うれしい」

 「それに比べて戸浦は最近、技が変な方向に行きがちだって先生言っていたぞ」

 「しょうがねえだろ。俺は忍者だからな」

 「うちで稽古する以上しっかりやらないと。じいちゃん怒ったら怖いからな。しらないよ」

 「はい、和仁パイセン」

 紀子が立てるようになるのを待ってその部屋へ案内されるが、移動しながらの会話からもこの三人がとても親密な事が分かる。明子はいつもと違い力が抜けているようで、部活で見せる厳しい先輩然としたキリっとした印象はなりを潜めていた。

 「よくここが分かったわね」

 「竹内さんだっけ?池尻先輩の後輩って事なら同じ一年かな。まあ、忍者から見たら竹内さんの尾行はお話になってないから、ちょっと勉強した方がいいと思うよ。教えてあげようか?」

 「あら、バレバレだったのにそのままにしていたの?」

 「ふっふっふ。竹内さんが池尻先輩の後輩で、この三日間、特に昨日今日池尻先輩の事を心配して友達に聞き回っていた事も知っているし、今日階段ですれ違う時に和仁との会話で何か行動に移すかもしれないっていうのも全部、わたくし予想しておりました。そのうえで稽古の後に捕まえて事の次第を伝えるつもりでした」

 そう言うと、手をくるくると回しながら仰々しく三人に向かって守人はお辞儀をした。

 紀子は守人の滑稽を演じるお辞儀に、戸浦守人という人の面白さを感じると同時に、自分の事が調べつくされた上に思い通りに陽動されていた事に鳥肌が立っていた。

 「一体、あなた達は何者なのですか?」

 「忍者です」

 「柔術家です」

 「ジャーナリストです。あなたは?」

 聞き返された紀子は言葉に詰まるが、

 「カワイイ情報を届ける新聞記者?でしょうか?」

 「ここまで好奇心とか知りたいって言う気持ちに動かされて来たのなら、もうジャーナリストに片足突っ込んでいるのかもね」

 「え?」

 明子に言われたことがよくわからず紀子は聞き返すが、

 「竹内さん申し訳ないけど、池尻先輩がここに居ることが学校や世間にバレるのはまだ避けたい状況なんだ。説明するから協力してほしい」

 遮るように、守人が紀子へまず願いを伝える。

 体育館のような稽古場から少し離れて建つ古いが立派な家へ案内された紀子は、玄関を入ってすぐの部屋へ通される。

 座って待っていると間山堪治が、

 「待たせてすまんな。古参の一人が技の深いところに気が付きおって、ちょっと手間取ってしまったわい」

 と、ぱたぱたと部屋に入って来るのを合図に、守人が中心に明子が補足を加えながらこれからの事を紀子に説明した。

「それって、本当ですか」

 紀子は聞き終わり、堪治も含め全員が頷くのを見てまた体が鳥肌立つのを感じていた。

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