七話・八話・九話
㈦
図書室がある三階の廊下を歩いていると、ちょうど図書室の入口を挟んで向かいの廊下を黒と春香がこちらに歩いて来るところであった。
「なんであんたが居るの?」
図書室の前で合流したふた組であったが、鍵を開けながら黒が和仁と来た戸浦に露骨に嫌な顔をしながら話しかけた。
「そんな怖い顔するなよ、ちょいと調べたいことがあってね」
「図書委員長はこいつと知り合いなんですか?」
黒と戸浦が初対面でないことに和仁は興味を持つ。
「私も戸浦君とは初めてじゃないよ~」
と春香。
「私と春香とこの情報オタは同じ中学で同じクラスだったのよ。ただそれだけ」
それだけ言うと黒は図書室に入って受付の席に直行する。
「じゃ、お邪魔しま~す」
戸浦はなんでもないようで、お目当ての本を探しに本棚の林に消えて行った。
「戸浦君ね、昔、黒の写真を勝手に男子に売ってたの。クロっち結構、男子に人気だったんだよ」
春香が和仁に補足を話し出す。
和仁は、黒がもてる、という話に納得する。
黒の身長は160センチ前半、すらりと長い手足、そして切れ長の眼はきつ過ぎず優し過ぎず、なんともバランスのとれた顔立ちだ。
「それがクロっちにバレちゃって、怒ったクロっちが戸浦君のデジカメを踏み壊しちゃったの。それからクロっちは戸浦君に対しては厳しい態度を取るようになったの。そんな事があったのにあの二人不思議と険悪じゃないのよね~」
図書室の入口で春香は和仁にだけ聞こえる声で言うと、
「じゃあクロっち、私部活行くね。和仁君クッキーごちそうさま。クロっちから分けてもらったの~。じゃあね~」
と、春香は部室棟に向かって行った。
春香を見送った和仁は、図書室に入る。
すると、お目当ての本が見つかったのか、
「この本借りてくぞ~。あさってには返すから」
と戸浦が、逃げるように図書室を走り出て行った。
「ちょっ!守人!」
「追いますか?」
と和仁。
「あ、大丈夫。あいつ本は大事にするから」
「そうですか」
「あの、クッキー美味しかった、です。ありがとう。」
黒は、うつむき加減で和仁に眼を合わせないように話す。
「それは、良かったです。気持悪いって思われたらどうしようかと思ったのですが、喜んでもらえてこちらも嬉しいです」
和仁も、うつむき気味で話をする。
「ちょっとびっくりしたけど、気持悪くなんかないよ。下駄箱は守人から?」
「そうですね。でも中学のクラスメイトだとは思いませんでした」
「まあ、高校では他人であってほしいけどね」
和仁は、春香の言っていた事を思い出して、春香に嫌なことを思い出させたてしまったかと思い後悔する。
少しの沈黙を破って、黒が、
「ま、あいつのことはさておき。あの、普通なら目を合わせて話すのが礼儀だなと思うのだけど、前みたいなことになっちゃったら、ね。ごめんね」
「いえいえ。自分もそう思うので会話する時はこんな感じで行きましょう。こちらこそ、この前はすみませんでした」
「こっちもそんな気にしてないから、気軽にね。そうだ、お互い名前知ってると思うけど一応礼儀だし、自己紹介しとくね。わたし、図書委員長の高梨黒って言います。よろしく」
「あ、自分は間山和仁と申します。よろしくお願いします」
二人はお辞儀をし合ってその後言葉に詰まるが、和仁が「それじゃあ」と、いつも読んでいる剣豪小説と辞書を取りに本棚に向かう。
その後ろ姿を見ながら黒は、
(なんで緊張しちゃうのかな・・・)
と思う。
黒は親しい人でも初めて話す人でも気兼ねなく話せる性格なのだが、和仁と話すときはなぜか緊張を感じていた。
(あんなことがあったし、仕方ないか)
黒は気分を変えようと近くの窓を開け、そこから見える木の緑が風になびくのをしばらく見ることにした。
窓から吹き込む風が黒の長い髪を撫でて行く。
黒は乱れた髪を耳にかけながら、目を閉じ、風を心地よく浴びた。
戻ってきた和仁は、辞書と小説を抱えたまま黒に見とれてしまう。
それに気が付いて黒が顔を向けると、和仁がいつもの本を読む円卓に急いで座り、
「失礼しました!」
と言うと、仕事に追われる研究員のような慌ただしさで本を読み始めた。
それを見て黒は、
(やっぱり少し変な人なのかな・・・)
と思うのだった。
㈧
「まだ分からないのか?」
「申し訳ございません。一度対峙しましたが邪魔が入りまして・・・」
「気当りはしたのだろう?」
「いや、対峙はしましたが向こうにやる気がなく、気当りまでは。そのため実力が・・・私と同じ空手家ならば向かい合った時にある程度力量を感じ取ることはできるのですが・・・力があるのかないのか、技術があるのか無いのか、もう一度対峙しなけれなんともいえません」
「ふむ、では逃げられない状況にしてもう一度当たってみろ。手段は任せる。必要な人員がいるようなら、もうせ。」
「それでは・・・空手部から、こちら側の人間を何人か動かします」
「わかった。ぬかるなよ」
「はっ!“試力”のために」
㈨
(自分にとって柔術って何なのだろう・・・)
和仁は、屋上で弁当を食べた後、給水槽を支える鉄柱に背中を預けながらそんなことを思う。
空が綺麗に晴れ渡っている。
五月になり、木々たちの緑が一層栄えてきて、風が吹けばほんのりと草木の香りが屋上に運ばれてくる。
「うい。どうした?アンニュイな気分か?」
パックの牛乳片手に戸浦守人が、いつの間にか屋上に現れていた。
「まあ、そんなとこかな。そっちも屋上になんてどうしたよ?」
「いやね、教室で情報の整理するより、屋上の方がはかどると思ってね」
戸浦は牛乳を飲み干すと、和仁が座る柱の隣の柱に陣取り、ズボンの後ろポケットに入れていた新聞とメモ帳を取り出して、ペンを走らせ出した。
しばらく、空の蒼を見ていた和仁が心に浮かんだことを口にした。
「戸浦はなんで新聞を書き写すんだ?」
「なんだよ、おれが情報好きなの知ってっんだろ?」
メモを取る手を止めずに戸浦が答える。
「それは分かっているつもりだけど、その、集めた情報はなにに使うんだ?」
「特に・・・何にも使わないね。集めるだけ、かな・・・」
「ふ~ん。集めだしたきっかけはなんだったんだ?」
この質問を受けて戸浦はペンを止める。
少し考えて、
「なんだったかな・・・気づいたら集めてたみたいな感じだけど・・・一番最初は父親に新聞を書き写せばノートの一ページ分で百円くれるって言うから始めたんだったけかな~」
「それがきっかけか?」
「そんで気づいたら、これやらないと落ち着かない体になってたと」
ノートをひらつかせる戸浦。
「落ち着かない?なんで?」
「なんだろう・・・なんか自分が分からなくなっちゃうって言うか・・・情報を集めないと宙ぶらりんな感じになるって言うか・・・とにかく落ち着かないんだよ」
「なんで続けるかは説明できないか・・・なにかがそうさせてる感じとか?」
「う~ん、なんだか自分でもわからねえや」
そういうと戸浦は、またノートにペンを走らせ出す。
(情報は集めるけど使わないか・・・)
和仁は今の話で、自分と同じだなと思う。
(自分は・・・柔術の技は知ってるけど使わない・・・戸浦と同じだな・・・使わないのにそれをしないと落ち着かない・・・これも同じだな・・・)
和仁は寝る前の一時間は柔術の一人稽古をする。
体の移動の練習、木刀の素振り、技のイメージトレーニング、などなど、一時間はあっという間に過ぎてしまう。
和仁は一人稽古をしないと眠れない。
稽古を終えた後の疲労感、満足感が無いと眠れない体にいつの間にかなってしまっていた。これはもう欠かすことのできないものになっている。
(師匠、なんでこんなに好きな柔術の稽古をしてはいけないのですか・・・)
稽古場の出入りを禁じられてからの和仁は、何をしたらいいのか分からず、気持ちには靄が掛かって晴れる事がなかった。
空を見上げた和仁は、済んだ水にインクが広がるように、稽古場の風景が済んだ空に広がる。
靄を吐き出すように幾つも、幾つも記憶が空に吸い出される中で、和仁は稽古のある場面が強く再生される。
「使い方のわからない道具はただの物に過ぎないからのう、この技も使い方が分からなかったらただのお遊びじゃ。ひゃっひゃっひゃ」
師匠の勘治が稽古中に口癖のように言う言葉だった。
(やっぱり使い方なんだ。使い方を学ばなきゃいけないんだ)
和仁は立ち上がると真っ直ぐ歩きだす。
「どこいくんだ?」
という戸浦の声が聞こえていないのか、和仁は声に反応せずそのまま校舎に入っていってしまう。
(あいつどうしたんだ?)
と、首をかしげながら戸浦は和仁を見送った。
目的地に着いた和仁は、近くの人間を捕まえて高梨黒を呼んでもらう。
和人の目的地は一年一組で、
「どうしたの?」
目当ての黒が廊下で待つ和仁のもとに来る。
「委員長、お願いがあります。昼休みに図書室を開けてもらえませんか?」
「いいけど、なんで?」
「本を読んで・・・強くなりたいんです」
黒を含め、他のクラスの男子が女子を呼び出すめずらしい場面に出くわし、それとなく聞き耳をたてていた全員が、頭の中が?マークでいっぱいになった。
黒が、訳が分からない、というのがそのまま出たような、
「どういうこと?」
を和仁にぶつけると、
「ここではちょっと。図書室で説明します」
と周りをチラっと見ながら和仁。
「わかった、そしたら図書室で説明聞くことにする」
黒も、和仁との会話をそれとなく聞いている連中にあまりいい気がしないのか、和仁の意見に賛同することにして、二人はとりあえず図書室に向かうことにした。




