六話
(六)
屋上に登り切れないラガーマンが数人、後は背中に七、八人従えた鳴村教員は、授業では絶対に見せない威勢で、池尻明子と間山和仁に詰め寄る。
「見てわかるだろう!もう逃げる事は出来ない!大人しくカメ・・・ラ?その、どでかいレンズの付いたカメラを渡すんだ!」
鳴村のカメラの概念をも壊したオバケレンズカメラを、ヒステリックに口角つばを飛ばしながら喚くように声を上げると、
「よくも、礼子先輩の太ももを」
「先輩の太ももは我らの宝」
「崇高な我らのグラウンドを盗み見て、許されると思っていたら大間違いだ」
後ろに控えるラガーマン達は完全に鳴村教員に洗脳されているようで、ぶつぶつと相手を潰す事に躊躇しないよう刷り込まれた言葉を反芻していた。
「分かったわ‼話は学校に行ってからするわ!抵抗するつもりはない!大人しくするからこのカメラを片付けさせて!もしレンズを割ったら私はおじいちゃんに殺されちゃうの!何もしないからレンズとカメラを片付けさせて!」
「そ、そんなこと言って、データを消すつもりだろ!」
「ちょっと待って」
そう言うと、明子は操作ボタンが並ぶファインダー側を鳴村達に向け、慣れた手つきでメモリースティックを抜き取る。
「カメラとレンズを考えたら、メモリーカードなんてささいなものだわ。この中に今私が撮った動画のデータが入っているわ」
なんの躊躇もなく鳴村にメモリーカードを渡した明子は、
「私の・・・バイト代・・・」
呟き少し肩を落とすが、片付けていいかしら?と身振りで鳴村へ確認する。
「話が違う・・・」
「池尻さんが逃げるだろうから潰していいって聞いていたぞ?・・・」
「どういう事すか?みんなで取り押さえるふりして、持ち上げてあの細くてセクシーな体を触りまくれるって先輩言ってたじゃないすか?・・・」
ラガーマン達は鳴村から洗脳を受けた時に膨らませていた状況と、明子の毅然とした態度の差があまりにもあり、どうしたらいいのか分からず鳴村の様子と明子のスレンダーボディを交互に確認している。
「わ、わかった。だが変なそぶりを見せたら、すぐラグビー部の子たちが殺到するからそのつもりで」
メモリーカードを受けとりながら、鳴村はしぶしぶ了承する。
明子は一礼すると、片づけを始める。
ラガーマン達は明子の歩く後ろ姿を見て一斉に生唾を飲み込んだ。日頃のセクシー動作は無意識の動作にも表れてしまうほど刷り込まれていて、むしろ何気ない動作の中に垣間見えるものの方が美しいまである。
「・・・池尻先輩、このまま片付けながら聞いてください」
明子が鳴村とのやり取りをしている間に、和仁がレンズとカメラを入れて持って来ていたキャリーバッグの蓋を開けて待っていたのだが、そのキャリーバックから声が聞こえて来てくる。
鳴村達とは距離が十メーター程あるうえに風が強い為、バックからの声は聞こえないだろう。
「先輩、階段からは一番遠いビルの角にロープを仕込んであります。ちょっと危険ですが、そのハーネスを使って懸垂降下で逃げて下さい」
慎重にカメラをレンズから外しバックに入れるところで、逃げろと言われ明子は一瞬手が止まるが不自然にならないようバックの中を整えるふりをしながら聞く。
「鳴村教員の裏には何かかが居ます。捕まったらすべてを池尻先輩に被せて盗撮事件を終わらせるつもりです。調査委員会の動きを調べていたらおかしいことだらけです。このまま先輩は捕まっちゃダメです。信じて下さい」
明子は体に抱くようにレンズを持つと三脚のねじを緩め外し、ゆっくりバックの中に入れ蓋を締める。
明子は立つ勢いのままキャリーバックのダイアルロックを回し、
「間山君、このままバックをビルから投げてももう大丈夫だから安心して。逃げられたら、逃げてね」
「お気を付けて」
和仁が三脚をたたみ床に置くとスッと前に出る。
それに合わせて明子は階段から一番離れたビルの角へ走り出す。
「あ!おかしいぞ!」
「回り込め!」
「あ!」
離れた所に立っていたと思った和仁がいつの間にかラガーマンの集団に肉迫していて、回り込もうとしていた先頭のラガーマンを腕がらみで捉えている。
「いで!いでででで!」
単純な力比べでは敵わない和仁だが、柔術家らしく力の起点を捉え最小の力でラガーマンを制御してしまう。
「このやろ!」
近くのラガーマンが、和仁の捉えているラガーマンごとタックルを決めに行くが、肘関節から肩関節を取られた不安定な身体を迫るラガーマンへぶつける。
不安定な身体は重く、タックルに行ったラガーマンはもつれながら倒れてしまう。
と、小柄な選手が和仁の死角になりやすい角度から気配を消して下半身へ飛び込み、取り付く事に成功する。
和仁は腰を落としタックルの成功を阻止ながら体を捌いて、右手を選手の左肘の上から左手は右肘の下から捉え振り投げようと体を捌きだすが、手すりへ向かって振り投げてしまう事を風景から感じ取ると投げる動きをやめる。
小柄選手はよく足腰と感覚を鍛えていて、下から和仁の体を上手く捉えてくる。捉えさせまいと和仁も重心を左右に振りながら体を沈めるが、階段から見て撮影していた角と反対側の角の柵まで追い詰められてしまう。
そこへ他のラガーマンも殺到し、力と重さで和仁は抑え込まれてしまう。だが、上手く角度をずらしながら下からラガーマン達の重心を上げようともがく和仁を抑えるのに、七、八人は居るラガーマンから焦りが感じられた。
取り押さえられ、もがきながら明子が逃げるはずの角を見ると、丁度体をロープにカラビナで吊りビルの外に出したところで、目が合った明子は和仁へ小さく頷くと、和仁もうなずき返しそれを見た明子はビルを降りて行った。




