五話
(五)
「それは、先生の感想ですか?」
教科書に書かれている事しか授業で言わない。
機械先生。
学ぶことが一つもなくて、貴重な睡眠授業。
英語教師の鳴村が生徒に言われている陰口だった。
そんな鳴村へ真っ直ぐ向き、英語教材のまとめを読み上げた所に池尻明子は矢のような質問を飛ばしていた。
「私の感想では無いよ。しかしなるほどと思う内容だ。次に行くぞ」
鳴村の授業では生徒に英文を読み上げさせることや、英文の内容を訳すように指名する事などなく、授業時間中、生徒からの発言が無ければ鳴村が一方的に語り終礼を迎えるのが常だ。
「先生、この部分は六十年代のヒッピー文化や戦争などへの揶揄が込められていて、この説明は上辺をなぞるだけのものだと思うのですが、先生はどう思いますか?」
「個々人感じるところはあるだろうが、次に行くぞ」
明子は全く相手にされない事を悟り、次の矢をつがえていたが口をつぐむ。
英文の内容は、明子が好きなロックバンドの歌詞を六十年代のカルチャーの説明を交えつつ表面的に説明しているだけの雑誌か新聞の記事なのだが、当時の世界情勢を考えながら読めば大麻で頭がいかれたヒッピーとベトナム戦争で金もうけをする政府を痛烈に批判しているように取れる英文だった。
題材になっているロックバンドと戦争関係のノンフィクションを好む明子にとってこの授業の教材は、当時のにおいが英文から香ってくるような感覚になるもので、裏に隠された情景を説明しないのではこの英文がなぜ評価され教材になっているのか分からないのではないかと、憤った結果の発言だったが、
(相手を見て発言できるようにならなきゃ損する事になる、と鳴村先生は教えてくれているって思う事にしよう)
と、自分の胸のむかむかを落ち着ける事にする。
(ふざけやがって!何が自分の感想かだ!)
しかし、この教室で怒りの炎がメラメラと体の中に満たされていこうとする人間がいた。
パリッという音と共にチョークを握り潰した鳴村は、
「すまん、すまん。でここのstrong peopleってのがデモをする人とか国を守る人を指す事になるって説明されていて・・・」
何事もなかったかのように自分の気持ちを落ち着けようとするが、炎は勢いを増しているようで、
「なんかいつもの鳴村じゃなくね?」
「黒板に強く書きすぎ、ププ」
「池尻の質問に怒ってるんじゃね」
いつもの抑揚のない授業と違う事を敏感に感じ取る生徒たちは、仲の良い者たちでささやきだすが、鳴村は自分がいつもと違っている事に気付くことなく授業を終え、職員室に向かう途中の外廊下でカナブンが端に止まっているのを見つけると躊躇なく踏みつぶしていた。
鳴村は昔からなにか腹に据えかねる事があると、虫を殺す癖があった。
鳴村は勉強が得意だった。
だが、中学生の頃ある国語教師が“どんな本でもいいから何か読んで感想を書いてこい”と二週間国語の授業を丸まる読書感想文作成の時間に充てられることがあった。
鳴村は今まで読書感想文で、こう書けば間違いなく高得点がもらえるという書き方を心得ていたし、丁度読んでいた小説もあり、三日目には国語教師に感想文を提出していた。
「鳴村、良いんだがなあ。これじゃあだめだ。もう一度書いてこい」
その国語教師は感想文を受け取らなかった。
受けとられなかった事が理解できず、鳴村はパニックになった。
意味が分からなかった。
鳴村は読書感想文の書き方をもう一度確認するために、読書感想文の書き方を教える本を図書館で借り二日で読むと、鳴村の読書感想文の書き方と同じやり方がその本に書いてあった。
やはり合っていた事を確認し自信を取り戻した鳴村は、その本に書いてあった伝え方の順番を変えたインパクト重視の書き方でもう一度感想文を提出した。
「鳴村、上手いのは認めるよ。でもこうじゃないんだよ。“書いてある事だけじゃないもの”を感想に入れて欲しいんだ。もっかい読んで、下手で短くていいから書いてこい」
意味が分からなかった。
その日の帰り、家の近くの公園でアリの行列を見つけた鳴村は、気が付くと一心不乱にアリを潰していた。
各局、感想文は書けず、国語教師は及第点を鳴村に付けた。
それからの鳴村の成績は順風満帆で、大学を卒業し英語教師になった。
「はい、鳴村です」
潰れたカナブンを見ていた鳴村が電話に出る。
「そんなことがあったんですか。それは由々しき事態ですね。はい、はい?ああ・・・なるほど・・・」
少し言葉を切った鳴村は、カナブンを中庭の草むらに蹴り、
「それでしたら、一人心当たりのある生徒が居ます。・・・はい、私はその子しか考えられません。はい、また後ほど」
そう言うと、鳴村は今授業を終えて階段を下ってきた教室を見上げ、フフっと小さく笑い職員室へ歩き出した。
忙しさからか、カッとなって書いてしまっている感じがあります。
連載の難しさを最近は強く感じます。
期待せずにお待ちいただけたら幸いです。




