一話
(一)
池尻明子は一年の夏には新聞部の記事アンケートで一番の人気を得るようになっていた。それから二年の夏の現在までトップを走り続けている。
文武大付属高校の新聞部は実力主義だ。
アンケートで自分の記事の文字数が決まる。
将来、文を書いて食って行こうと考える人間には格好の練習場だった。
「池尻先輩、私の記事見ていただけませんか?」
池尻が自分の記事を書いているところに、池尻の美容の記事に憧れる後輩が目を輝かせながらメモリースティックを差し出している。
「ちょっと待ってて」
池尻は自分の手が止まる事に嫌なそぶりを毛ほども見せずに、パソコンに記事データを落とし後輩の記事を読む。
「この化粧水の紹介で、肌に吸い付くっていうくだりだけど、いつ使った時に感じた感想?」
「あ、そこの感想は商品の紹介サイトを調べていたら、ほとんどのサイトで書かれていて・・・」
「じゃあ自分で使って感じた事じゃないってこと?」
「その・・・次の記事を考えた時にこの商品に興味が沸いたのですが、私の周りでは手に入れる事が出来なくて・・・」
「それじゃあ読む人に伝わらないわ。化粧品とか健康法とかは実体験が一番強いのよ。もし書くネタがないときは、無理にネタを探さない方が良いと思うわ。むしろこの商品が気になっているみたいな書き方の方が、情報を受け取る側はあなたに親近感を覚えるはずよ。それで趣味が合う人は記事を読んでくれるようになると思うの。情報を持って来て、切り貼りした記事は分かっちゃうものよ」
「あの、すみませんでした!書き直してみます」
笑顔でメモリースティックを後輩に返し、池尻は自分自身が少し人とは違うのだろうなと思う。
今の後輩女子は、カワイイを根底のテーマに原宿界隈のカルチャーの記事を書かせたらこの高校で一番だろうと池尻は思う。
彼女の生きる世界は、いかにカワイイものを発見し発信するかが一番重要で、いち高校の新聞の隅を埋める記事という事を考えれば、ダメを出す前の記事でも十分だと池尻は分かっている。
彼女には池尻に書けない記事が書ける。
無難に「カワイイ記事ね。みんな興味を持つんじゃないかしら」と彼女に伝えていれば、数時間かけて商品を調べ、その商品がいかにカワイイを作る材料になるかを伝える為に考え頭をひねった時間は、いくらか浮かばれるだろう。
しかし、池尻にはそれが出来ないし、彼女もそれを望んでいないだろうと思う。
なぜならば、池尻に記事の確認を求めるという事は、池尻の書く記事に流れている立ち位置やテーマを彼女も感じ取っていて、そこを何とか池尻から掴み取ろうとしているから聞いて来るのだと思うからだ。
きっとどんなことでも真実を伝えたいのだ、と池尻は自分を鑑みる。
中学二年の暑い夏休みの一日が、池尻に真実というものの強さを心に強く刻みこんだ。
家の近くの公民館で開かれた、なんとなく気になった写真展だった。
写真には子供の上半身を血だらけになりながら胸に抱き、泣き崩れる老婆が写っていた。
大型の機関銃が乗ったトラックを、数十人の自分と同じような歳の男の子達が小銃を空に突き上げ、勝どきを上げていた。
瓦礫になった家の前に母がひざまずき、がれきから出ている二本の小さな脚に顔をうずめていた。
黒く焼けた塊は人間の形をしていた。
炊き出しの釜からスープを貰うため、写真で写らなくなるほどの列が伸びていた。
写真展を見終えて池尻は公民館を出ると、公民館に併設されている公園の木陰で五、六人の男の子達が携帯ゲーム機で遊んでいて、大声を出してはしゃいでいた。
その瞬間、池尻明子は大声ではしゃぐ子供に自分はなれない事を知り、世界で起きている事が世の中に広がらなくても、真実を伝える人間に自分はなりたいと思っていた。
池尻は文武大付属に入学し、新聞部に入りシステムを聞くと練習の為、美容の記事を書こうと思った。
どんな些細な場でもよかったが、発信する場所を得て、情報を発信する練習をしなければと強く思っていた。
人の目を引く分野で人の目を引く記事が書けなければ、自分のやろうとしている事は自己満足になってしまうと思ったからだった。
後になって、池尻は写真展から出てきたときの事を思い出すと、はしゃぐ子供を見て自分は怒っていたのだと分かった。
ペンは剣よりも強し。
しかし、池尻はその時の為にペンを研ぐことにした。
と、池尻の携帯が震え、画面を見ると生徒会長の田沼興三郎からだった、
練習の新聞部での活動ではなく、池尻にとっての“その時”が来たのを知らせていた。




