十話
(十)
「柴田さんと自分が稽古したのは小学校の頃だったよ。小学生の自分に年上で武道歴も長い柴田さんは敬語を使ってくれて、なんでも聞いてくる人だったよ」
ただの雑談だと判断した守人は生返事を返す。
「柴田さんは力が強いし軸も綺麗に使える人だったけど、力の出す方向が分からなかったみたいで、実家に来た時は空手で行き詰っていたみたい。それで、たまたまじいちゃんの演武を見てうちの実家に通い出したのだけど、守人より最初ひどかったからね。自分がこうだって思い込むとその形にしか動けない人で、言う事聞かないからじいちゃんとか古参の先輩とかにコテンパンにやられているのを何度も見たよ」
この辺になると、守人はペンを止め和仁の方を向いて話を聞く体制になっている。
「それで自分は、柴田さんと組むときはじいちゃんが言っていた事とかやっていることを解説するようにしたんだ。今考えると生意気な事してたなって思うのだけど、柴田さんもこままじゃまた行き詰るって思ったみたいでよく聞いてくれて、半年もしたらじいちゃんとか先輩たちと普通に稽古できるようになって、一年もしないで来なくなっちゃった」
「それから、この前の映画の待ち合わせの時まで何もなし?」
柴田の意外な過去を聞いて、空手道場での仕打ちを思い出し、怒りを覚えた守人はどんな人間なのかを判断するため質問する。
「会ったのは、この前が来なくなって以来だね。でも来なくなってしばらくしたらじいちゃんに手紙が届いたみたいで、そのコテンパンにした先輩と自分がじいちゃんの部屋に呼ばれて、手紙を読ませてくれたんだ。そこにはじいちゃんと先輩と自分への感謝の気持ちが書かれていて、大会で納得のいく試合ができたって書いてあったよ。守人には結構きつい稽古したみたいだけど、きっと考えがあっての事なんだろうと思うよ。もしかすると柴田さんのきつい稽古を体験してないと、守人は柔術を始めなかったかもしれないしね。なんにしても柴田さんの武道は厳しいものなのは感じるよね。一緒に稽古している時にじいちゃんが場を和ませても柴田さんは絶対に笑わなかったしね」
「そうか」
守人は武道に実直で誠実な柴田の姿に、自分の怒りがなんてちっぽけなものなのだろうと反省する。
友達である和仁との稽古が一か月経つ頃になると、守人の中には柴田の突きを受けられる自信とおごりがむくむくと広がっていた。
思惑通り、突きを捌くことに成功した守人だが、話を聞いた今となっては、なんて失礼な事をしたのだろうという恥ずかしさが守人の心に満たされていた。
道場へ赴くのではなく、柴田個人への復讐のような手紙を送り、公園で果し合いのような腕試しでは、あの気持ちの悪い武器使い達と同じではないかと守人は思った。
「柴田さんは、なんで強くなりたいって思ったんだろうな」
「自分もそこまでは聞いてないなあ。ただこれはじいちゃんからの受け売りだけど、稽古に来る人はみんな変わりたいから来るんだってさ。あそこまで自分を追い込んでいく人だろうから相当な理由がありそうだけどね。兄弟子の渡辺さんっているじゃん?守人はあの人と稽古したことあったっけ?」
「一度か二度あるかな。めちゃくちゃ厳しい技使うよねあの人」
守人は稽古で組む人によって技の味というか質のようなものが、全然違う事を思い出しながら答える。
「渡辺さんに自分聞いたことあるんだよ。なんでそんなに厳しく稽古するんですか?って。そしたら楽しいからって答えたんだ」
渡辺という兄弟子の技の質を考えると、守人には悪い冗談にしか聞こえない。
「信じられないでしょ?だからじいちゃんに渡辺さんの事を聞いたら、渡辺さんって麻薬捜査官をやってて、仕事柄、錯乱した人を取り押さえなきゃいけない場面があるから、稽古へ熱心に通っている人なんだって教えてくれたんだ。なんかさ、これ聞くと楽しいからって言う答えってかっこいいなって思えてさ。で、ここで思うんだ。技とか稽古とかでその人の事が分かっちゃうんだなって。きっと柴田さんにも戸浦の姿勢って言うか、そういうのが伝わってて、今日もそれに応えてくれたんだと思うんだ。じゃなきゃまたやろうなんて言わないと思うよ」
守人には、同い年の柔術の大先輩の言葉が、重く、心に染みていくのを感じる。
楽しい和仁との稽古はいちいち腑に落ち、今まで凝り固まっていた疑問を解決していくかけがえのないものになっているが、今の話を聞き、柴田の厳しい稽古の裏側にあった熱、真面目さを思い知らされ、守人は近いうちに柴田の稽古を受けに行こうと思った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
自分の妄想を物語にする作業は辛く、しばらく蓋をしてしまうことも多いものですが、なんとも魅力的なものだなとも感じます。
もし、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
また、妄想を書きたいと思っております。
それではまた。




